11月2日(土)午後に総賞金500万ドル(約7億7,500万円)のBCターフ(芝G1 デルマー)で13頭がゴール板を駆け抜けたとき、ジェフ・ブレア博士はゴール手前200m地点のあたりに立っていた。1着と2着のレベルスロマンスとローシャムパークを先頭に、入線後にクラブハウス付近でスピードを落とす13頭の様子を観察し、異常がないか見守っていた。
その後、向こう正面の出口に向かっていた馬群が馬場内の掲示板に遮られて見えなくなり始めたとき、ブレア博士は一頭の肢がガクガクになっているのに気づいた。
「ぐらぐらしはじめました。一般的によくあることです。騎手は飛び降り、馬は倒れました。数秒のあいだに、ちょうどそこにいた獣医師が馬の様子や脈拍がないことを無線で知らせてくれました。突然死でよく見られる症状です」とブレア博士は述べた。彼は評価の高い獣医師であり教育者でもあり、カリフォルニア州競馬委員会(CHRB)の馬医学担当理事を務めている。
ブレア博士はふとプログラムに目を向け、悲劇に見舞われた馬をフランス産の3歳牡馬ジェイアービーと確認した。最近ドラール賞(G2 ロンシャン)を制してこのレースに臨んだブライアン・ミーハン厩舎の所属馬だ。離れた場所にいた馬運車はすでに芝コースに向かって走りだし、まもなくジャイアービーの死体をカリフォルニア州動物衛生食品安全局(CAHFS サンバーナーディーノ)のフランシスコ・ウザル博士のもとに搬送した。CAHFSはカリフォルニア大学デイヴィス校獣医学部と協力して解剖を行う。
このような何らかの心血管障害による突然死は、予後不良全体のほんのわずかな割合しか占めない。しかし筋骨格系の故障とは違い、このような障害の原因は未解明のままである。
ブレア博士はこう語った。「2011-12年に5つの研究機関による論文が発表されました。一定期間の突然死200〜300件を調査したもので、診断に至ったのは約56%にすぎませんでした」。
「かなりフラストレーションがたまりますね。遺伝学、解剖学、組織学の面から突然死を調査しますが、最終的には"何が起こっているか分からない"という結論に達します。投薬履歴や調教パターンを遡って調べます。突然死の前に6本の追い切りや高速調教をしていて衰えのパターンが見られるという説もありますが、私たちがそこまで調査すべきだとはいえません。変数が多すぎるのです」。
ブレア博士は人間医学で理解されているような"心臓発作"を馬が起こすことはないと指摘した。なにしろ、競走馬はベジタリアンで運動量も十分だ。
「それに喫煙もしませんね」と博士は付け加えた。
「人間の場合、発症率を低下させることができるのは、原因が一般的に解剖学的な問題、つまり心筋症や高血圧だからです。しかし馬にはそのような症状は見られません」。
そのことがさらに答えを追求しにくいものにしている。2021年後半に有名なメディーナスピリットが急死した事例や、2023年にサンタアニタ競馬場でのブリーダーズカップ開催週に生じたプラティカルムーブの突然死のように、かなり徹底した解剖でも明確な結論を引き出せないことがある。
ブレア博士はこう指摘する。「ジェイアービーの解剖では毒物学と化学を結集し、心臓の12か所の部位を調べる完全で包括的な心臓評価が実施されます。これにより、あらゆる種類の明白な異常を特定するのです。心室中隔欠損症(VSD 出生時に心室間に穴が開いている状態)や僧帽弁不全症(mitral valve failure)の可能性もあります。また、心筋の壊死がないかを調べます」。
それでも答えが見つかるのは2回に一度ほどでしかない。だから"かなりフラストレーションがたまる"というのは控えめな表現なのかもしれない。故障を目にするのとは対照的に、馬が心不全で倒れる光景はほかに類を見ないほどいたましいものだ。1990年BCスプリント(G1 ベルモントパーク)の最中に心不全のために暴れてよろめくミスターニッカーソンの姿をとらえた稀有な映像は、一度見ると記憶から消すことができない。
クリス・アントレー騎手はその日、ミスターニッカーソンに振り落とされたときに鎖骨を骨折した。一方、ジェイアービーに騎乗していたショーン・レヴィー騎手は馬が速歩まで減速していたので負傷を免れた。
ブリーダーズカップ開催の一週間前、レディシェイクスピア(せん4歳)がウッドバインのタペタコースでのレース中に心不全を発症し、かなりスピードが出た状態で転倒した。内ラチの支柱に向かって投げ出されたエマ-ジェーン・ウィルソン騎手は骨盤を複数箇所骨折し、頸椎もひどく骨折したが、幸い麻痺にはいたらなかった。
ウィルソン騎手はこう語った。「手術室にいるとき、先生がジョッキーなのかと尋ねてきて、サンディ・ホーリーを知っているかと聞いてきたのです。もちろん知っています。エクリプス賞を受賞したカナダの象徴的な騎手ですから。先生は1996年にサンディの骨盤を治したと言っていました。だから名医に巡り合えたと安心しましたし、話し相手にも恵まれたと思いましたね」。
ウィルソン騎手はレディシェイクスピアが転倒する直前にストライド(完歩)のリズムに変化を感じていた。より一般的な肢や球節の骨折を発症するときとは異なるものだった。しかし筋骨格の構造的な故障とは違い、心臓機能の電気的要因によるものは明確な答えを導きだせない。
ブレア博士はこう語った。「死んだ馬の不整脈を調べるのは難しいものです。ほかに適切な表現がありませんね。心臓の房室結節を流れる電気は見えません。何らかの跳ね回るような電気があり、それが一度か二度心臓を跳ね回ると突然死に至るのでしょうか?」
ブレア博士は、権威ある機関による馬の突然死の現象を対象とした研究が急増していることを指摘した。それには、細胞代謝に着目したカリフォルニア大学デイヴィス校の遺伝学研究所のキャリー・フィンノ博士や、同じくデイヴィス校の西海岸メタボロミクスセンターが含まれる。
ブレア博士はこう続けた。「カリフォルニア大学デイヴィス校はコーネル大学と共同研究を行っており、遺伝学だけでなくバイオマーカーの観点からも突然死を調べています。また、ミネソタ大学も心臓の機能と異常についてかなり研究しています。ちょうど今週、プロジェクトを展開するにあたりデイヴィス校と会合がありました」。
ブレア博士は、HISA(競馬の公正確保と安全に関する統括機関)が始めたバイオマーカーの研究と毛根検体の採取、そしてグレイソン・ジョッキークラブ研究財団に提出された多数の研究申請を引き合いに出した。ブレア博士とその同僚は、現在人間のアスリートのモニタリングに使用されている生体認証センサーが競走馬にも応用できるのではないかと期待している。全米馬臨床獣医師協会(AAEP)がすでに生体認証センサー会社に資金提供を提案していて、早くも調教師が使用しているものもあると、博士は述べた。
「このセンサーはストライドの長さ、速度、加速度、減速度を測るだけではありません。馬が運動している最中に、心電図(EKG)をリアルタイムで測ります」。
「それに、今や携帯電話に接続できる聴診器があります。馬が疲れていたり、あるいは通常とは異なる乏しいパフォーマンスをしたりする場合、検査用の厩舎に送り込み、ただちに聴診器を当てて、リアルタイムの心電図を測定します。それこそ叶えたかった夢の実現です。調教中のリアルタイムのデータからパターンを見極め、心血管障害のリスクのある馬を特定できるのです」。
ブレア博士は、「筋骨格の障害にかなり力を入れて取り組んできました。しかし心不全は注目度の高いレースでよく生じているのです。調教パターンを調べ、剖検を実施し、できるかぎりのことを行います。しかしまだ手がかりは見つかりません。依然として暗いカーテン越しに見ているようなものです。ただ、少なくとも適切な人々が適切な質問を投げかけ始めています」と付言した。
By Jay Hovdey
(1ドル=約155円)
[bloodhorse.com 2024年11月15日「Sudden Cardiac Failure, a Puzzle Yet to be Solved」]