海外競馬ニュース 2009年05月14日 - No.19 - 2
ギブン調教師の企業努力(イギリス)[その他]

 リンカーンシャーを拠点とし、従業員たちのレベルアップに熱意を注いでいるジェームズ・ギブン(James Given)厩舎のトイレの壁には1枚の紙が貼ってある。この紙は、共用トイレのトイレットペーパーの取替え方とそれに纏わる啓蒙文がしたためられている。

 使用済みロールを取り外して新しいロールをペーパーホルダーに挿入するように指示している手順の説明文の次に、次の文章が続いている。“この手順を踏む ことに困難を感じる者は経営管理者に申し出ること。その者はさらにトレーニングが課され、ものぐさとして笑い者になるだろう”。

 このことは確かに多くのことを物語っている。しかし、アンドレックス社(Andrex トイレットペーパー製造会社)の新しいトイレットペーパーについ て、この調教師があれこれ言っている訳ではない。ギブン調教師はスタッフ育成において大きな成果を上げている。これが最も重要なことだ。同調教師が厩舎ス タッフから最高のものを引き出そうとしていることは、競馬場での競走成績によって一層明らかである。

 ギブン調教師の人材育成にかける情熱がはっきり分かる事例がある。それは、かろうじて目に付くような農村地域のウィロートン(Willoughton) にあるギブン厩舎に、最近イギリス競馬学校(British Racing School)の上席コーチであるリチャード・パーハム(Richard Perham)氏と助手のローラ・ホワイトハウス(Laura Whitehouse)を迎えた日の霧の深い朝の出来事だ。その日、ギブン厩舎のスタッフは競馬学校の教官が与えた素晴らしい専門知識や技術を吸収した。

 ギブン氏と競馬学校のおかげで、山はマホメットに近づいた。(諺:山がマホメットに近づかないならマホメットが山まで歩かなければならない。If the mountain will not come to Mohammed, Mohammed must go to the mountain.)

 ギブン氏は自身のスタッフに、より良い調教厩務員になってほしいと願っている。自身が理事を務める競馬学校にスタッフの一団を送ることが理想的ではある が、ニューマーケットはリンカーンシャーから遠く離れているので、ギブン氏は厩舎に競馬学校の教官を招く手配をしたのだ。

 ギブン氏は、「スタッフのなかで最も優秀な調教厩務員を選び出し、その者と同レベルの人材を作りだせば、管理馬をより周到に仕上げて、勝馬を増やせま す。それにより、さらに多くの馬主をひきつけ、調教料収入を増やすことが出来るでしょう。この見通しは実現しつつあります」と語った。

 同氏は次のように付言した。「マイケル・スタウト(Sir Michael Stoute)調教師がニューマーケットで最も優秀な調教厩務員を雇い、ゴドルフィン社(Godolphin)がその厩舎のために国外で優秀な調教厩務員 をスカウトしていますが、その理由は同様です。彼らのような方法が取れなければ、何か別のことをしなければなりません」。

 ここにギブン氏が取組んだ方法を紹介しよう。一言で言えば、彼は競馬学校の出張授業に対して公共職業訓練機関が企業向けに提供している“トレイン・トゥ・ゲイン(Train To Gain)”というプログラムの適用を申請し、50%の資金援助を確保した。

 同氏は「トレイン・トゥ・ゲインの担当者は、競馬についてよく知りませんので逐一説明しなければなりませんが、政府は訓練事業が特定の産業に結びつくことを望んでおり、私たちはそれを強調したのです」と説明した。

 「地域レベルでも国レベルでもさまざまな助成金が利用可能ですが、トレイン・トゥ・ゲインの助成金もその1つです。私は1回500ポンド(約8万 5000円)で4回の授業を競馬学校に予約しました。したがって、私は1000ポンド(約17万円)を負担し、1000ポンド(約17万円)の助成金を得 ました。調教作業は1日休みとなりますが、スタッフたちは外部から多くのことを吸収します。スタッフが1%でも能力を伸ばすために努力する気になってくれ るなら、やってみる価値はあります。実際に、彼らはそれ以上のものを得ています」。

 ギブン氏はパーハム氏とホワイトハウス氏にこの出張授業で、馬の手前の理論と馬に手前を変換させる指示についての授業をするよう依頼した。

 ギブン厩舎の10名は、まずアメリカのレースのビデオで騎手の巧みな手前変換を、次に競馬学校の管理馬を使ったパーハム氏によるその騎乗法の実践を見て、価値あるノウハウを得る。

 ダートフィッシュ社(Dartfish ビデオソフトウェア会社)のハイテクのソフトウエアを止めていったん授業を終え、スタッフは全員馬に駆歩をさせ るために外に出た。調教厩務員たちは交代で騎乗し、始めは右手前で乗ってから、その後途中で左手前に変換するために体重を移動させた。

 この技術の修得の程度は調教厩務員ごとにまちまちだったが、全員は室内に戻り、パーハム氏とホワイトハウス氏が録画した各人の駆歩のビデオ映像を見た。

 このビデオ映像はダニー・ボイル(Danny Boyle ランカシャー州ラドクリフ出身の映画監督・映画プロデューサー)氏が見ても満足するだろう。もちろんギブン厩舎が駆歩を行うルートは、グラン ドナショナルのベッチャーズ・ブルック(グランドナショナルの3大難所の1つ)のような凄いものではないので、その映像も、BBCがグランドナショナルで 撮るようなものでないことは言うまでもない。

 これは間違いなく値打ちのある実習である。ギブン氏は、「皆が上達します。最も難しいことの1つは、熟練した調教厩務員の数人にこれが価値のあることであると納得させることです」と述べた。

 「授業の開始にあたりタイガー・ウッズ(Tiger Woods)でさえもコーチがついていたことを話しました。ウッズといえどもトレーニングを受けることの利点を分かっているのだから、私たちはなおさらです。頂点に立っている人でさえ、改善の余地があるのです」。

 少し改善しただけで、大きな効果が期待できる。この日の授業もその例となる。今回の授業によって、ギブン厩舎のスタッフは、管理馬に手前変換を覚えさせ、筋肉を付け、うまくいけばコースが左回りでも右回りでも同様の走りができることを証明するだろう。

 パーハム氏は競走の終盤に素早く手前を換えることができる馬は、更に加速でき、すぐに1馬身半ぐらい先着できることを確信している。

 厩舎でそのように調教された馬は、競馬場でその技を繰り返すのは簡単だろう。

 僅かな差で勝負が決まる競馬においては、どんな些細なことでも勝利を得るために役に立つ。ギブン氏はこれに気づき、実践しているのだ。

 他の多くの調教師たちも、同様のことを行おうとしていることは間違いない。種を蒔かなければ実は採れないのだから。

By Lee Mottershead

[Racing Post 2009年4月24日「Training with the hope of gaining that decisive edge」]