せん馬であるシリュスデゼーグル(Cirrus Des Aigles)は母国フランスで凱旋門賞(G1)などのトップレースへの出走権がないため、英国のキングジョージ6世&クイーンエリザベスS(G1)へ出走することとなっており、せん馬をトップレースに開放している英国の方針は実を結ぶことになるだろう。
昨年のチャンピオンS(G1)でソーユーシンク(So You Think)を負かしたシリュスデゼーグルは、ワールドサラブレッドランキングにおいてフランケル(Frankel)とブラックキャビア(Black Caviar)に継ぐ3位だが、せん馬であるためコリーヌ・バランド-バルブ(Corine Barande-Barbe)調教師は海外で出走させ、フランスでの出走は少なくせざるを得ない。
5月27日のイスパーン賞(G1)で2着となったシリュスデゼーグルは、主な目標である7月21日のキングジョージの前にロイヤルアスコット開催のプリンスオブウェールズS(G1)かサンクルー大賞(G1)に出走予定のようである[訳注:サンクルー大賞に出馬投票したが、脚部不安で回避した]。
英国では主要競走の競争性を高めるため、1980年後半から2歳および3歳限定レースを除くすべてのG1競走をせん馬に開放した。米国では全く制限がなく、ケンタッキーダービーその他の主要レースにおいてもせん馬が勝つことが可能で、その結果、G1競走16勝を果たしたジョンヘンリー(John Henry)のようなせん馬のチャンピオンホースを生んでいる。しかし、フランスでは現在も断固として反対の立場を貫いており、バランド-バルブ調教師に大きなフラストレーションを与えている。
同調教師は、「古馬のせん馬にトップレースへの出走権を与えている英国は正しいアプローチを取っていると思います。世界一の馬がその国の最高のレースに出走できないとすれば、それは少しばかりおかしなことです」と語った。
そして次のように続けた。「シリュスデゼーグルに子孫を残す能力がないとしても、同馬にはファミリー(母系の直系が同一である複数の馬)があり、またこの馬が常に勝つわけではありませんので、同馬に勝つ可能性のある馬にとってはせん馬との対戦は有益です。今年の世界最高の馬がシリュスデゼーグルと仮定した場合、同馬と対戦しなかった馬は、ナンバーワンホースと対戦しなかったと言われるでしょう」。
「もし英国の牡馬がシリュスデゼーグルを打ち負かすか半馬身差で2着となったとすれば、たぶんその馬は種牡馬として市場価値が増し、シリュスデゼーグルと対戦していない馬よりも高い種付料で供用されるでしょう」。
「決してレースでの競争性を避けるべきではありません。フランスが取っている制度があるため、私はシリュスデゼーグルをキングジョージに出走させます。勝つことは重要であり、生産は大金を生みますが、何と言ってもそれは勝敗を競うスポーツのためのものなのです」。
BHB(英国競馬公社)競馬番組委員会元委員長のデヴィッド・オールドレイ(David Oldrey)氏は、英国は“せん馬除外が全く意味を持たない”ゴールドカップのようなレースの質を高めるためにその姿勢を変えたと語った。
同氏は次のように続けた。「その当時は、アメリカと全く同じ方式にするかどうかまでは決定しませんでした。せん馬にすべてのレースの出走権を与えれば、多くの馬の去勢を促進しすぎてしまうかもしれないと思われました」。
「シリュスデゼーグルに対するフランスの立場は、私たちにとっては有利であるかもしれません。フランスが方針を変える様子は全くなく、英国が方針を変える見込みもありません」。
しかし、チェヴァリーパークスタッド(Cheveley Park Stud)の場長であるクリス・リチャードソン(Chris Richardson)氏は、多くのトップレベルのスプリント競走に経験豊富なせん馬が出走することは、新しいスプリントの種牡馬の台頭をますます難しくさせると語った。
「スプリンターの3歳馬を所有していれば、どのレースに向かわせるでしょうか?8歳や9歳のスプリントのせん馬と戦わせることになるでしょう。事業者という見地から種牡馬の将来を考えれば、せん馬の出るそれらの競走に出走させないことが望ましいです」。
しかし米国のジョン・ゴスデン(John Gosden)調教師は、最良馬は最良馬と競うべきであると考えている。そして、「私はいつもレースが開かれたものであるべきであると考えています。私はこれまで保護主義の立場をとったことはありません。しかし、20ほどの重賞レースで管理馬がせん馬ジョンヘンリーに負けているチャーリー・ウィッティンガム(Charlie Whittingham)調教師にこのことを話せば、彼は違う答えをするかもしれません」と語った。
英国・仏国のせん馬に対するルールの相違
英国の見解
BHA(英国競馬統轄機構)のルース・クイン(Ruth Quinn)競走担当理事の意見
平地競走委員会(Flat Racing Committee)が4年ほど前に最後にこの問題を検討した時、委員たちは、G1競走からせん馬を除外する方針を引き続き2歳限定レースと3歳限定レースに留めることを確認しました。
委員たちは、馬主と調教師が調教の難しさから早い段階で馬を去勢することを過度に奨励することになってはならないと考えました。確かに平地競走委員会の目標の1つは、同委員会が質の高い生産や、強いサラブレッド作りにつながる競走計画の提供を目指すことであり、そのため、生産のあるべき姿と発展、そして長期にわたる競馬プログラムの健全化に関する報告の趣旨を考慮しました。
高いレベルの競走で健闘していても、せん馬は故障したり衰えた時にその価値はほとんどなくなる一方、同じレベルの牡馬は牧場入りでき、大きな価値があることに留意するべきです。この違いが、できれば馬を去勢しないままにしておきたいという強い動機を与えます。
もちろん、能力のあるせん馬の存在はレースの魅力を高めると言えますし、牡馬の競走能力の評価を誤らないようにすることができます。しかしこの論拠は決定的なものではなく、最終的には最も価値と権威のあるレースが、将来のサラブレッド生産を担う馬を決定し、高い評価を与えるのです。
フランスの見解
元フランスギャロ(France Galop)事務長のルイ・ロマネ(Louis Romanet)氏の意見
私たちは2000mと2400mのトップレースのほか、凱旋門賞に向けてニエル賞(G2)とフォワ賞(G2)をステップレースに使う馬をせん馬が負かそうとすることを防ぐため、これらのレースのステップレースは、せん馬を出走させないことにしています。したがってせん馬を凱旋門賞に出走させないこととする意味はありません。
私の父がオーストラリアに初めて旅行したとき、トミー・スミス(Tommy Smith)調教師が、競走生活を始める前の2歳馬のほとんどすべてを去勢しているのを目の当たりにしました。父はせん馬にしてしまえば調教は相当楽になると述べていました。その当時のサラブレッド生産は現在と同じやり方ではありませんでしたが、せん馬が調教するうえで有利なことは実に明白でした。
私たちは、トップクラスの競走にせん馬の出走を認めることは、調教の難しい馬の去勢を助長することになると考えたのですが、サラブレッド生産を保護することも意図しています。それは、生産の保護か最高のレースの提供かの選択なのです。
このことはフランスでは問題になっていません。おそらくシリュスデゼーグルは、私たちがこの決定を下してから初めてG1競走を勝ったせん馬です。せん馬のG1への開放について尋ねれば、半分は賛成し、半分は反対でしょう。生産者は反対し、馬主や調教師は賛成するでしょう。
昨年までこのことについての議論はありませんでした。また現在のところ、変更するつもりも有りません。私たちは、凱旋門賞を引き続きシーズン最後のサラブレッド生産のためのチャンピオンシップとして牡馬と牝馬だけの競走にします。
By Jon Lees
[Racing Post 2012年5月29日「King George plan for Cirrus shows benefits of policy on geldings」]