スティーヴ・アスムッセン調教師にとって現実はつらいものとなり始めていた。10日ほど前にフェアグラウンズ競馬場(ルイジアナ州ニューオーリンズ)のガンランナー馬房の前を通りかかり、この馬がもう帰ってこないことを悟ってしみじみしていたのだ。
もちろん、その虚無感はもっともな理由から生じていた。この馬房に住むガンランナー(父キャンディライド)はその競走生活の集大成となるペガサスワールドカップ(G1)で感嘆符がつくような勝利を収めるために、ニューオーリンズを発っていたからだ。そして1月27日(土)、ガンランナーは現役最後のレースを2½馬身差の圧倒的な勝利で飾った。アスムッセン調教師はその日の夕方、この馬について話すときはいつもそうだが、マイクをわざと床に落として偉業を称えた。これが最後となるだろう。ガンランナーは種牡馬入りするためにスリーチムニーズ牧場(Three Chimneys Farm)に向かう。
アスムッセン調教師と長年の助手スコット・ブラジ(Scott Blasi)氏は、1月28日(日)に最後となる朝の作業を行い、2017年米国年度代表馬がペガサスワールドカップから一夜明けて順調に回復しているか様子をうかがった。冷徹な目つきのボスはその時すでに、感情的にならないようにその場を立ち去ることを考えていた。厩舎の期待以上に活躍してくれたガンランナーが自身の手を離れてしまうことに耐えられなくなったのだ。アスムッセン調教師は作業を適当なところで切り上げ、空港に向かった。感謝の気持ちでいっぱいになっていた。
アスムッセン調教師は「ガンランナーが馬運車に乗って出発するところを見ますか?」と聞かれ、こう語った。「見ませんよ。それはサンタクロースがプレゼントを持ち去るのを見るようなものでしょう。スコットはまだ実感していないようです。私はニューオーリンズでぽっかり空いたガンランナーの馬房を見たので、すでにつらい気持ちになっていました。その馬房を通りかかり、彼はもう帰って来ないのだと悟ってしみじみしました。そしてスコットを呼んで、"この馬房にどの馬を入れたらいい?この忌々しい空っぽの馬房の前を二度と通りたくないんだ"と言いました。スコットがこれからどれだけ落ち込むか想像できません」。
この日、ガンランナーの態度よりも晴れ晴れしいものが1つあった。それは、19戦のほぼすべてにおいて期待に応えたガンランナーの貴重な瞬間を思い起こしていたアスムッセン調教師の笑顔である。ガンランナーが大外枠を克服し、いつものようにライバル馬のプライドをずたずたにしてから24時間も経っていなかった。厩舎スタッフは愛情をこめてこのG1・6勝馬のあとを追い、ニンジンを欲しがるままに与え、愛撫したりキスした後に、しっかりとハグをした。
手掛けた馬に別れを告げるのは、ホースマンの生活の一部だ。けれども、ガンランナーとの別れはそう簡単なものではない。アスムッセン調教師の中でほろ苦い感情が駆け巡る。しかしアスムッセン調教師はガンランナーを手掛けたために肩に重くのしかかっていたものから解放された者の虚勢を張りながら、普段の作業をし、周りにいる者たちを手伝った。
アスムッセン調教師はガンランナーのペガサスワールドカップ制覇についてこう語った。「調教生活において昨日ほど勝利を渇望したことがあったかどうか分かりません。ガンランナーは3年間で多くのファンを得ました。ただただ素晴らしいことです。多くの人々がガンランナーの勝利を喜び、このような圧倒的なパフォーマンスで優勝したことに満足しています。これにはどうしようもないほど感動させられました」。
ガンランナー(牡5 栗毛)
父キャンディライド(ARG)、母クワイエットジャイアント、母父ジャイアントコーズウェイ
キャンディライドはレーンズエンド牧場において種付料8万ドル(約880万円)で供用。
By Alicia Wincze Hughes
(1ドル=約110円)
[bloodhorse.com 2018年1月28日「Gun Runner Farewell Brings Out the Best of Emotions」]