アーカンソー州競馬委員会(Arkansas Racing Commission:ARC)は4月20日、オークローンパーク競馬場の裁決委員の裁定を修正する決定を下した。これにより、シャーラタンは2020年アーカンソーダービー(G1)分割レースでの優勝を、ガミーンはアローワンス選択クレーミング競走での優勝を取り戻す(訳注:2020年アーカンソーダービーは2競走に分割されて実施された)。
裁決委員は2020年5月2日、オークローンパーク競馬場で競走後に採取した検体から局部麻酔薬リドカイン(lidocaine)、正確に言うと、その代謝物である3-ヒドロキシリドカイン(3-hydroxylidocaine)が閾値20ピコグラムを超えて検出されたため、それぞれのレースで優勝していたガミーンとシャーラタンを失格とした。両馬はいずれも殿堂入りトレーナーのボブ・バファート調教師により管理されていた。ARCは同調教師に当時科していた制裁も変更した。
バファート調教師は、裁決委員から15日間の調教停止処分を言い渡されていた。裁決委員はこの2つの陽性反応が同じ日に出たので、これらを1つの違反とみなした。ARCは4月20日にこの調教停止処分を取り消したが、バファート調教師にはそれぞれの違反に対して5,000ドル(約55万円)の過怠金を科した。
ARCの6人の委員は合計14時間以上つづいた2日間の審問を経て、4月20日に裁決委員による裁定を修正することを満場一致で承認した。議論終了後に、ARCの委員長で馬主でもあるアレックス・リーブロング氏は、裁決委員の調査結果を"支持する"、"棄却する"、"修正する"の発議を求めた。
唯一の発議は、競走後の薬物検査の陽性反応はそのままとし、バファート調教師に対する調教停止処分を変更し、ガミーンとシャーラタンの失格を取り消すというものだった。その発議が唯一審議され、採択された。
審問では、バファート調教師の弁護士たちが、競走後に採取した検体の取り扱いに関する一連の管理体制(Chain of Custody)に多くの懸念があると話した。また、これらの弁護士とマイケル・ルンド・ピーターセン氏(ガミーンの馬主)の弁護士は、陽性反応は調教助手のジミー・バーンズ氏が貼っていた痛み止めの湿布に関係する混入、あるいは厩舎外からの混入の結果かもしれないと主張した。
バファート調教師は4月20日に行われた証言において、管理馬2頭から出たリドカインの陽性反応は置かれた環境での混入によるものであり、必ずしも厩舎内の人間が原因ではないと確信していると述べた。
昨年の裁決委員による審問で、バーンズ氏は、馬のリドカイン陽性の原因となった可能性のある痛み止めの湿布を装着していたことを認めた。バファート調教師は4月20日の審問ではその可能性を完全には否定しないものの、シャーラタンが勝ったアーカンソーダービーの他の出走馬からも、閾値20ピコグラムを下回るリドカインが検出されたという新たな情報によって、厩舎外での混入があったのではないかという疑問を持つようになったと語った。
バファート調教師は4月20日の証言において、これまで裁決委員の裁定を受け入れて上訴しないこともあったが、このケースについては裁定に異議を唱えることが重要だと思ったと述べ、「私たちが何か悪いことをしたとは思えないのです」と続けた。
そして「"ピコグラム(1兆分の1g)"という極めて精密なレベルにいたる検査と、現実世界では十分に検証されていないと思われるガイドラインや休薬期間の組み合わせにより、調教師は結果的に"実験用ラット"のように扱われています」と語った。
バファート調教師は証言において、「その日に施行されたもう1つのアーカンソーダービー分割レースを制したナダルも管理していましたが、いかなる濃度のリドカインも検出されませんでした。バーンズ氏もナダルを直接世話していたので、この結果はおかしいです。それに彼は競走当日、痛み止めの湿布を貼っていませんでした」と述べた。
4月20日の審問では、フロリダ州で競走馬の薬物検査を監督しているフロリダ大学競馬研究所のシンシア・コール所長が「リドカインは多くの市販薬に含まれており、馬は極めて高い精度で検査されています」と証言した。そして、調教助手が痛み止めの湿布を使用していてそれが混入につながる場合、馬の最終的な保証人であるバファート調教師に責任があることを認めたが、検出されたリドカインの濃度であれば検査を実施する厩舎での混入により引き起こされた陽性反応の可能性もあると指摘した。
コール所長は「馬は隔離された環境ではなく現実の世界に生きているのです」と述べた。
そしてこう続けた。「私たちの研究所が数頭の馬を"リドカイン陽性"とする一方で、同じ競馬開催日に別の馬からある濃度のリドカインが検出されたなら、私は置かれた環境での混入の可能性を調査するよう勧めるでしょう」。
この混入がバファート厩舎以外で発生した可能性は、バファート調教師の弁護士が4月19日・20日の審問において主張した"一連の管理体制"を巡る議論を広く展開させるのに好都合だ。"一連の管理体制"とは、採取した検体の適切な回収・輸送・識別を確実とするために、規制機関や研究所が導入するプロトコルやルールのことである。
バファート調教師の弁護士であるクレイグ・ロバートソン3世は、以下の2点を含む"一連の管理体制"に関する多くの問題を提起した。
・ 最初の検体の取り扱いに関わった2つの研究所のうちの1つが、シャーラタンが実際には牡馬であるにもかかわらず、一時せん馬として識別していた。
・ その研究所、トゥルースデール研究所は、検体の入った2つのクーラーを受け取っていたが、下請けのインダストリアル研究所(コロラド州ウィートリッジ)に検体を送るときには3つのクーラーで発送していた。つまり最初のクーラーは開けられていた。
アーカンソー州競馬委員会(ARC)の顧問であるバイロン・フリーランド氏は、検体そのものは採取菅から取り出されたわけではないのでクーラーの個数は重要ではないと述べた。インダストリアル研究所のドーピング検査サービス部門の主任であるペトラ・ハートマン氏は、トゥルースデール研究所は検体を登録することはあっても、採取管の中の検体に手を加えることはなかったと語った。また同氏は、クーラーを開けただけでは大きな混入のリスクはないと後に回答している。
2つの研究所が関わっていた理由は、ARCが2020年の競馬開催の薬物検査を担当してもらうようトゥルースデール研究所(カリフォルニア州アーバイン)と契約したが、その直後にこの研究所が薬物規制標準化委員会(RMTC)からの必要な認定を失ったからだ。トゥルースデール研究所がオークローンパーク競馬場で競走後に採取した検体を検査し続けられなくなったため、ARCは2020年3月17日以降、同研究所が競馬開催終了まで下請けのインダストリアル研究所に検査を委託する計画を承認した。
奇妙なことに、検体はまずトゥルースデール研究所に送られた後、RMTCが認定するインダストリアル研究所に転送されていた。その後、トゥルースデール研究所はインダストリアル研究所の検査結果に基づいてデータパケットレポートを作成した。トゥルースデール研究所のジュリー・ハギハラ氏は4月19日の証言において、プロセスに追加的な措置を加えることは"一連の管理体制"の安全性にはプラスにならないことを認めた。トゥルースデール研究所のRMTCからの認定の喪失と、それに続くインダストリアル研究所との下請け契約は、ARCにとって懸念すべき問題を作り出していたことは確かである。
ARCのリーブロング委員長は制裁の変更が承認された後、双方にミスがあったと考えていると述べた。また、昨年は新型コロナウイルスの感染拡大により早急なプロトコルの変更や調整を余儀なくされたため、競馬において規制を遂行することは困難だったと付言した。
By Frank Angst