オイシン・マーフィー騎手にとっても英国競馬界にとっても重大な分岐点に到達したのかもしれない。
英チャンピオンズデー(10月16日)のあとの月曜日にこのコラムでマーフィー騎手のトラブルについて書いたが、またそうしなければならないのはとりわけ残念だ。今回の事態にはある程度、既視感のようなものもある。しかし重大さははるかに上回る。
12月16日(木)に明らかになったのは、マーフィー騎手がBHA(英国競馬統括機構)により複数の嫌疑を掛けられていることだ。その1つは10月にニューマーケットで行われたアルコール検査での失格に関するものだ。そのようなことが起こったことは知っていたし、それに先立つ深夜の出来事についても聞いていた。
ただ5月のチェスター開催で、カタールレーシングの主戦騎手を務める彼が提出した尿検体から許容基準値を超えるアルコールが検出されたことは知らなかった。また、BHAのプレスリリースは、マーフィー騎手が2020年9月に競馬界のコロナ対策のプロトコルに違反しBHAを欺こうとしたことも明らかにした(これは彼自身の告白による)。
このリリースにはマーフィー騎手の言葉の引用もあった。彼はBHAが懲戒委員会への出廷を遅らせてくれたことに感謝し、健康問題に集中して取り組むために騎手免許を返上したことを明かした(当然のことながら事情は入り組んでおり、意図するところは疑いようもなく善意に基づくものである。それにしても、BHAが嫌疑を発表するのに騎手の言葉を引用するのはやや不適切かつ無思慮であるような気がする)。
マーフィー騎手はアルコールとの関係について、自身にとっても周りにとっても"きちんとした助け"を求める必要があることが明らかになったと語った。彼は10月に新聞報道がされたあとにもアルコールとの関係について話していた。
傷口に塩を塗るという意図で言うのではなく、マーフィー騎手は深刻な状況にある。何よりもまず、彼の依存症との戦いが首尾よく進むように期待されている事に違いはないのだ。ピーター・トーマス氏との最近のインタビューで、マーフィー騎手はアルコール依存症者の会に参加していることを話し、12月16日(木)にはリハビリに専念していると語った。彼の回復を願わない人がいるとは思えない。
騎手が免許を保持したまま騎乗活動を停止することを妨げるものはないが、免許の一時的な返上は効果的かもしれない。こうした動きはいつも新聞の見出しを飾ってきた。しかし実際のところ1年のこの時期、そしてマーフィー騎手のキャリアのこの時点において、この決断は大きな影響を及ぼさない。
通常の時世であれば、マーフィー騎手は大好きな日本で冬を過ごすだろう。ただコロナの状況に関係なく、昨年11月にフランスギャロの裁決委員が彼に下したコカイン使用による3ヵ月間の騎乗停止処分は、日本での短期騎乗を不可能にしていただろう。JRAの一般的な方針では、禁止薬物使用により処分を受けた騎手は5年間騎乗することができない。JRAのある担当者は、それがマーフィー騎手に適用されない明白な理由はないと述べている。
マーフィー騎手が英国での騎乗をいつ再開できるのかまだ分からない。最初のアルコール違反から考えると、ニューマーケットでの陽性反応は28ヵ月間で3回目であることが現在明らかになっている。36ヵ月間に3回の違反があった場合の騎乗停止処分は60日~180日で、標準期間は90日となっている。
それはかなり重い制裁が科されるようであることを示している。なおかつ、マーフィー騎手の行動が騎手のあいだでどのように受けとめられるかにも関係するだろう。SNSの投稿を見ると、マーフィー騎手に対して意義のある措置がこれまで取られてこなかったことに一部の古参ジョッキーたちが憤っているのは明らかだ。そうした憤りを知らしめるために投稿が行われたという事実も見逃せない。
フレディ・ティリキ氏とグラハム・ギボンズ氏の高等法院での訴訟(訳注:2016年のケンプトンでの落馬事故により騎手生命を絶たれたティリキ元騎手がそのレースで騎乗していたギボンズ氏を提訴した事案)では、騎乗中のギボンズ氏の息がアルコール臭かったことは騎手たちのあいだでは"よくあること"だったと私たちは知った。それでも、騎手たちはその情報を裁決委員にきちんと報告していなかったようだ。
それ自体、非常に残念なことだ。しかし酒気帯びの可能性がある騎手と一緒に騎乗したい騎手などいないだろうことを考えれば、なおさら理解に苦しむ。
それでも、競馬場での検査件数を大幅に増やす必要性があることは明確に示されている。今年から導入された禁止薬物のための唾液検査はすでに増加している。しかし、さらに多くの検査が必要であり、騎手のあいだからもそのような要望がある。そのためには資金がかかるが、その資金は有効に使われるだろう。騎手が検査を受ける機会は比較的少ないし、騎乗日数からみても頻度が低い。それゆえ、アルコールや薬物に関連した違反を犯している騎手をとらえる可能性は低い。それが心配の種である。
また、海外遠征から帰国したときにコロナ対策のプロトコルに違反して競馬場に出入りし、さらに過去の居場所についてBHAをだまそうとした事実によっても、マーフィー騎手の信用は同じように失墜している。
BHAを欺いた行為への騎乗停止処分は1ヵ月~3年であり、標準期間は3ヵ月である。現行のコロナ対策の違反に関しては、昨年ベン・カーティス騎手がニューマーケットで立入禁止地区に二度入ったとして28日間の騎乗停止処分(うち14日間は執行猶予)を受けている。マーフィー騎手がやったことはずっとひどい。
すべての競馬参加者は、パンデミックのあいだに競馬を継続できるかどうかは(つまり生計を立てられるかどうかは)、自らが責任ある行動を取ること、自らの安全のためにも実施されているルールに従うことにかかっていると心得ていた。それなのにリーディングジョッキーが競馬というスポーツと仲間たちに対するそのような本質的な義務を軽視していたかもしれないというのは、重大かつ憂慮すべきことだ。
こんなことを書くのはとても悲しい。マーフィー騎手はリーディングジョッキーに3度輝き、英国平地競馬界で最も卓越した仕事をし、一般の人々からもそれにふさわしい人気を獲得している。そのような偉業、そして26歳という若さにもかかわらず、これが彼にとって最後のチャンスであるような気がしてならない。
マーフィー騎手のことが好きで、その才能を尊敬し、競馬を盛り上げたいという彼の意欲を高く評価する者として、彼の目の前にまだ長くてハッピーで健全なキャリアが続くことを私は心から願っている。しかしまずは、彼が自ら犯した罪を償うことが大切だ。
By Lee Mottershead
(関連記事)海外競馬ニュース 2020年No.47「マーフィー騎手、コカイン使用疑惑を晴らすも3ヵ月間の騎乗停止処分(イギリス)」
[Racing Post 2021年12月19日「This cannot keep happening - Oisin Murphy may now be in the last-chance saloon」]