フレディ・ティリキ元騎手は12月21日(火)、人生において最も重大な勝利を収めた。2016年のケンプトン競馬場での落馬事故をめぐってグラハム・ギボンズ元騎手に対して行った申立てが高等法院により支持されたのだ。この事故によりティリキ氏は半身不随となっている。
5日間の審理を経て出された判決文(全26頁)で、カレン・ウォルデン-スミス裁判官は「ギボンズ氏はティリキ氏の安全を無視した無謀な行動をとった」と裁定した。問題のレースで、ギボンズ氏はゴールまで残り½マイル(約800m)の地点にあるコーナーを回っているときに騎乗馬マダムバタフライを内側に寄せ、その結果、ティリキ氏が騎乗していたネリーディーンはスペースを失い、前肢がマダムバタフライの蹄踵に接触した。
ギボンズ氏の代理人は、当日の裁決委員による審議によってギボンズ氏は無罪とされ、ティリキ氏にはインコースを突くのに十分なスペースがなかったと主張していた。しかしウォルデン-スミス裁判官はこれらの論点を退け、代わりにこのレースで騎乗していたジム・クロウリー騎手とパット・コスグレーヴ騎手の証言と、レース当時豪州にいたライアン・ムーア氏による専門家報告書に依拠した。
ウォルデン-スミス裁判官は問題となる4秒間を特定し、その間、ギボンズ氏は騎乗馬の½馬身うしろの内側にライバル騎手がいることを知りながら、あるいは知るべきであったにも関わらず、それを無視し無謀な騎乗を行ったとした。そして、「ギボンズ氏はコーナーを回っているとき、マダムバタフライが同じ進路を取り続けられるようにするための単なるコントロールだとは言えないようなことを行った」と判断した。
裁判官はこう語った。「ギボンズ氏は、マダムバタフライにネリーディーンの進路を遮らせるために実質的に右の手綱に力を込め、一度衝突してもなお内ラチに近づけるのをやめませんでした。信憑性に欠けますが、たとえギボンズ氏がティリキ氏の『ギボ!』という叫び声を聞くまでネリーディーンの存在に気づかなかったとしても、その時点でティリキ氏とネリーディーンの存在を気づいていたのは確かです。しかし彼はティリキ氏にチャンスを与えるためにマダムバタフライを内ラチから引き離す様子を一切見せませんでした」。
さらに裁判官はこう続けた。「ギボンズ氏の行動は単なる判断の欠如や誤りによるものではありません。これは数秒にわたる一連の行動であり、状況次第では短い時間と見なされるかもしれませんが、ジョッキーが瞬時の判断を求められるレースの真っ最中では...熟練した騎手が判断を下すのに十分な時間です」。
「もちろん、ギボンズ氏がネリーディーンに乗るティリキ氏が内側にいることを実際に認識していたとは断言できません。しかし私の考えでは、どちらかと言えばおそらく、ティリキ氏がそこにいることが分かっていたと思います。ジョッキーは他馬がどこにいるのか認識しなければなりません。先頭にいるジョッキーがすべての後続馬の状況を把握することは期待できませんが、ジョッキーはそばで何が起こっているのかを認識しているはずです」。
ムーア騎手はどうやら裁判官にかなりの好印象を与えたようである。裁判官は同騎手を「自らの専門知識を審理を進行させるために使ってくれるきわめて率直な証人」で、「適切な場合には譲歩するとても思慮深い証人」と評価した。またムーア騎手、コスグレーヴ騎手、クロウリー騎手を「堅実で明晰で完全に信じられる」とする一方で、ギボンズ氏が最初の証人陳述で2016年以降にレースで騎乗していない事実をはっきりさせなかったこと、そしてその理由を説明しなかったことを批判した。
クロウリー騎手やティリキ騎手らがいない中で2人のジョッキーにしか話を聞くことができなかったことを考えると、裁決委員が当日に審議を一時中止することを選択しなかったのは「とても驚くべきこと」だと裁判官は述べた。こうした状況にあったので、走行妨害が偶発的なものであると考えた裁決委員よりもはるかに多くの証言を聞いたことで、裁判官は異なる結論に達することができたのだ。しかし困難な状況下で裁決委員が取った方法を批判するのは「厳しすぎる」と裁判官は感じていた。
ギボンズ氏の保険会社が賠償金として支払わなければならない金額はこの判決では決定していない。裁判官は基本的な責任問題を扱うことだけが求められていたからだ。賠償金の額は両者間の私的な問題にとどまっている。最初の請求書類には600万ポンド(約9億円)という数字が記載されていた。
ティリキ氏は弁護士事務所スチュアート-ムーア・ソリシターズを通じて発表した声明の中で、この判決に対する喜びを表明しこう語った。「今日の結果でようやく終止符が打たれたので、すべてを過去の出来事にし、人生を前向きに生きていきたいと思います」。
「しかしこの判決が、危険を伴う競馬のようなスポーツで競うことが競技相手の安全を無視した無謀な戦術を正当化するものではないということを思い起こさせることを願っています」。
この判決は今後入念に精査されることになるだろう。騎手が競走中の事故をめぐってほかの騎手を相手に損害賠償を請求して勝訴した最初のケースだからだ。デール・ギブソン氏は騎手協会(PJA)を代表して、「現在、とりわけこの時期に私たちが大きな同情を感じているPJAの元メンバー2名のことを心配しています。これ以上のコメントをする前に、判決文の全文に注意深く目を通す必要があります」と述べた。
BHA(英国競馬統括機構)のスポークスマンはこう語った。「高等法院の判決を詳細に検討し、英国競馬界に及ぼされるかもしれない影響を業界関係者と話し合いながら慎重に評価していくつもりです。また審理の全記録により、審理のあいだに提起されたほかの関連事項についても検討することもできます」。
By Chris Cook
(1ポンド=約150円)
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