フロリダ州の獣医師、セス・フィッシュマン博士(50歳)は、全米の競馬場で違法かつ検出不可能な競走能力向上薬(PED)が広範に使用されたとされるセンセーショナルな馬ドーピング事件において、最初の裁判にかけられる関係者となった。2月2日ニューヨークにおいて、同博士に対し有罪の宣告(最長で20年の禁固)が下された。
マンハッタンの連邦地方裁判所において、陪審(女性8人・男性4人)は2件の訴因についてフィッシュマン博士を有罪とした。それは、(1)不純物混入・不当表示に関する法律違反の共謀、(2)堕落した調教師が金銭と名声のために競走馬に投与したPEDの製造の共謀だ。
メアリー・ケイ・ヴィスコチル連邦地裁判事は5月5日にフィッシュマン氏に判決を下すことになる。
サラ・モータザヴィ検事は判事に対し、検察は判決が出るまでフィッシュマン氏を勾留するよう求めると述べた。
評決は速やかに下された。陪審員は2月1日(火)遅くにこの事案を受け取り、1日(火)と2日(水)に約3時間にわたり評議を行った。裁判は1月19日の陪審員選定から開始され11日間続いた。
陪審員は、免許を有する獣医師として"動物の健康と幸福を保護する"という宣誓に従った行動だったとするフィッシュマン氏の抗弁を退けた。
ヴィスコチル判事は、裁判所の26階にあるウッドパネル張りの法廷に陪審員が入場すると、「陪審員は評決に達したと理解しています」と述べた。
すると陪審長は、それぞれの訴因についてフィッシュマン氏の有罪を発表した。
ブロンクスから来た陪審員の1人、ヴィクトリア・ロペスさん(61歳)は評決後のインタビューで、「私は動物も馬も大好きです。彼らがやっていたことは正しいことではありませんでした」と語った。
ニューヨークのダミアン・ウィリアムズ連邦検事は事務所から出したリリースの中で、「陪審員たちによるセス・フィッシュマン氏への速やかな有罪決定は、この裁判を通じて彼の有罪を裏付ける強力な証拠が示されたことを反映しています。フィッシュマン氏はうわべだけで動物のケアと保護を宣誓した獣医師です。嘲るかのようにその宣誓を破って悪徳調教師と利潤追求のために働いたのです」と述べた。
そして、「フィッシュマン氏の違法薬物ビジネスは、未審査で安全とは言えない不安定な薬物の販売を通じて詐欺と動物虐待の温床となっていました。本日の有罪決定は、フィッシュマン氏の犯罪に内在する危険性を適切に糾弾し、彼が犯したある種の虐待行為を当事務所が深刻に受け止めているということを明確にするものです」と付け足した。
米国ジョッキークラブ(TJC)のスチュアート・S・ジャニー(Stuart S. Janney III)会長もこの有罪決定に反応し、TJCが配信した声明でこう語った。
「連邦捜査官や検察官をはじめ、この事件に懸命に取り組んだ人々が費やした努力と時間が有罪決定により報われたことを嬉しく思います。ご尽力した方々に感謝いたします」。
「不正を働き競走馬と騎手を危険にさらす者に人生を変えるような重大な処罰が下ると知り、たいへん心強く思っています。この有罪決定は明らかに抑止力として作用し、競馬産業の真の変革を望む人々にも希望を与えます。最近さまざまな進歩が達成されていますが、今回の前進は競馬界のアスリートと顧客のために最高水準の公正確保と安全性を保とうとする私たちの確固たる決意を反映するものです」。
フィッシュマン氏は有罪決定が発表されたとき法廷にいなかった。ヴィスコチル判事は同氏がどこにいるのか公開法廷で言及しなかった。フィッシュマン氏の弁護士から判事への意味深な物言いから、同氏は病院にいるのではないかという憶測が流れた。
裁判が始まったころ、フィッシュマン氏にはリサ・ジャンネリ氏という共同被告人がいた。彼女はフィッシュマン氏と18年間一緒に働いており、検察は彼女がフィッシュマン氏の薬物の販売者だったと嫌疑をかけていた。1月24日、ジャンネリ氏の弁護士が新型コロナウイルスの陽性となったことで、ヴィスコチル判事は同氏の事案の無効審理を宣言した。
ウィリアムズ検事の事務所は約2年前、ニューヨーク・ニュージャージー・フロリダ・オハイオ・ケンタッキー・アラブ首長国連邦で共謀して馬にドーピングを行ったとして、フィッシュマン氏と獣医師6人、調教師11人、PEDの販売者とされる9人を起訴した。
2018年に捜査が始まり、FBI(連邦捜査局)と食品医薬品局の犯罪捜査官がその捜査を指揮した。
起訴された当時、その頃ニューヨーク連邦検事だったジェフリー・バーマン氏は「この事案は米国司法省史上最も広範囲にわたる、競走馬ドーピングに関する犯罪訴追手続きになります」と述べていた。
2020年3月の起訴を発表する記者会見で、FBIニューヨーク担当副長官のウィリアム・F・スウィーニー Jr. 氏は、この組織的ドーピングによりPEDを投与された馬の健康は危険にさらされたと述べ、「これらの馬にされたことは虐待にほかなりません」と語っていた。
起訴された者の中には、連邦検事が獲得賞金数百万ドルのマキシマムセキュリティに薬物を投与したとする、トップトレーナーのジェイソン・サーヴィス氏がいる。同馬は2019年ケンタッキーダービー(G1)で1位入線したが、他馬の走行を妨害したとして裁決委員により17着に降着とされていた。
被告人には、昨年共謀を認めて禁固刑5年を言い渡されたホルヘ・ナヴァロ調教師も含まれていた。検察はフィッシュマン氏の裁判で、ナヴァロ調教師がフィッシュマン氏にPEDのために数万ドルを支払っていたことを示す証拠を提出した。その中には、検察いわく「馬の血液を濃くしてより速く走らせる」というBB3という物質も含まれていた。
ナヴァロ調教師は、起訴されて有罪を認めた9人のうちの1人である。ほかにも2人が逮捕されていたが、彼らは検察側と不起訴の合意に至った。
フィッシュマン裁判では、起訴された1人、繋駕競走のロス・コーエン調教師が検察側と取引して協力的な証人になったことが明らかにされた。
サーヴィス氏のほか数人が無罪を主張しており、彼らの裁判はまだ行われていない。検察は裁判資料の中で、数人の被告人が名前を明かさずに司法取引の協議に応じていると述べている。
今回のフィッシュマン氏の有罪決定は今後の裁判に影響を与える可能性がある。
フィッシュマン氏にとって不利な証拠には、目撃者の証言、電子メール、テキストなどがあった。また、同氏が馬への薬物投与について話したり競走後検査でその薬物が検出されないことを自慢したりするのをとらえた盗聴録音もあった。さらに検察は、フロリダにある同氏の会社エクエストロジー(Equestology)から押収した薬物の入った何千もの小瓶を陪審員に見せた。
証言者の中には、繋駕競走のアドリエンヌ・ホール調教師とサラブレッド競走のジェーメン・ダビドビッチ調教師がいた。彼らは、フィッシュマン氏から入手したPEDを管理馬に投与したと証言した。ホール氏は政府との追訴延期合意の下で、またダビドビッチ氏は訴追免除が与えられたことで証言するに至ったのだ。
検察は陪審員に向けて、ナヴァロ調教師の薬物投与された管理馬エックスワイジェット(X Y Jet)が総賞金250万ドル(約2億8,750万円)の2019年ドバイゴールデンシャヒーン(G1)で勝った映像も事案の一部として流した。ナヴァロ氏はそのレースから1年経ってエックスワイジェットは心臓発作で死亡したと、その直後の声明で述べていた。
ナヴァロ氏は2019年ドバイゴールデンシャヒーンの直後、フィッシュマン氏とのテキストのやりとりでは「ありがとう、ボス。あなたはこれに大きく貢献してくれました」と述べていた。
By Robert Gearty
(関連記事)海外競馬ニュース 2021年No.48「組織的ドーピングを画策したナヴァロ調教師に5年間の禁固刑(アメリカ)」
[bloodhorse.com 2022年2月2日「Fishman Guilty in PED Case, Faces 20 Years in Prison」]