元旦のITVのチェルトナム中継の締めくくりに、司会者のエド・チェンバリン氏は2023年に英国競馬界が直面する課題を心に刻んだと告白した。
チェンバリン氏はまず「資金不足」を挙げ、「入場者数はここ数日マシになりつつありますが、依然として問題ですね。ほかにもBHA(英国競馬統括機構)が解決しなければならない出走頭数の減少、過多となっている競馬開催日数、海外に売却されつつある平地競走馬、鞭使用ルール、いまだ待ち続けている政府の報告書といった問題があります」と語った。
本紙(レーシングポスト紙)では、今年1年間で緊急に対処しなければならない競馬界の山積する問題について3部構成で検証している。チェンバリン氏が述べているように、コロナ禍のあとに経済が疲れ切ってしまいなかなか観客が戻ってこないという問題から、英国の競馬資産や馬主が海外に流出してしまう中で賞金を増やす必要性にいたるまで、さらにまたその中間にも多岐にわたる問題があり、解明すべきことはあまりに多い。
このような広範なテーマを考察するのは気が遠くなるようなものであり、妙に人間味のないものになってしまいがちだ。より実感できるのは、多くの人々にとって競馬を身近なものにし、社会に競馬の顕著な印象をもたらした人物に関してだろう。
競馬界は2022年に、レスター・ピゴットとエリザベス女王という偉大な人物を失った。そして2023年末までにはフランキー・デットーリ、すなわちピゴットに近いレベルの名声のある今日の競馬界随一の重要人物が"元ジョッキー"となる。
誰かが自分や業界のためにしてくれたことをしきりに評価するのは不作法に思われるかもしれない。ただデットーリと故エリザベス女王が、競馬にお金を使わない多くの人々の関心をこのスポーツに向けさせたということは否定できない。
王室の服色が今後も英国の競馬場で見ることができ、カミラ王妃が重要イベントを熱心にサポートしてくださることに、まずは安堵のため息をついた。しかし、ロイヤルアスコット開催のようなイベントに関する報道は国内外でほぼ減少する運命にある。それにチャールズ国王をはじめとする王室メンバーが競馬場に現れることで、海外の富と勢力を今後も継続して引き寄せられるかどうかは現時点ではわからない。
エリザベス女王が即位してからの四半世紀は偶然にも、あるいは偶然ではなかったかもしれないが、戦後の一大競馬ブームと重なった。
その一方、デットーリが競馬ファン以外の人々にも広く知られる男として君臨したのは、ほかのスポーツのテレビ中継が大幅に増加するのとは対照的に競馬人気が低下した時代だった。それでも強調しておきたいのは、デットーリが登場したのは一般大衆に広くアピールできる無料の地上波テレビがまだ主流だった時代である。
1月1日付の本紙で回想されていたように、フランキーがマグニフィセントセブン(1日7レース全勝)を達成したあの1996年9月の土曜開催はBBCにより生中継されていたのである。それ以来、デットーリがいなくなった検量室がどうなるのかをあえて想像した場合、競馬界で同じような人物が取って代わることが必要だと考えられている。
幸いにも、競馬界がこの2つの損失の影響を感じ始める10年以上前に、レースの本質が目に見えて変化していることを理解していた先見の明のある人々が政治権力の周りにいたのである。
13年前、競馬変革プロジェクト (Racing For Change: RFC)は競馬を見やすくするために10の提案を発表した。中でも注目されたのは、これまで分数で表示されてきたオッズを10進法で表示するという試行が大半のメディアに提案されたことだ。
RFCの後継であるグレート・ブリティッシュ・レーシング(Great British Racing: GBR)はそれから長い道のりを歩いてきた。そして今では競馬界の関係者の中で最も変化を嫌がる人々でさえも、21世紀に値打ちのあるものはタダでは手に入らないと認識している。
たとえ競馬界が第二のデットーリを見つける、あるいはエリザベス女王の幅広い人気と知名度と肩を並べられるパトロンが現れるという幸運にめぐまれたとしても、一般の人々に競馬とのつながりを作ってもらうためにはかなりの宣伝活動が必要だろう。
つまり多くの人々は、競馬が実際に存在するということは、競馬が制約の強まるレジャー費用を勝ち取ることができることなのだと認識する必要がある。
GBRの夏の大型キャンペーン『みんなのターフ(Everyone's Turf)』は上々だったようだ。競馬場で1日を過ごしてみようと思うような観客を引きつけるのに必要な要素を多く含んでいたのだ。
とりわけ平地のクラス6競走と障害のクラス5競走の最低賞金額が5,000ポンド(約80万円)に達したばかりの今では、160万ポンド(約2億5,600万円)というマーケティング予算は大金のように聞こえる。しかしほかのイベント主催者や放送局が使えるマーケティング予算と比較すると、色あせるものだ。
どのスポーツをも凌駕する巨大スポーツ、サッカーのプレミアリーグはそれ自体が売りになると思われているかもしれない。ところが、長年の放送パートナーであるスカイスポーツはシーズン開幕前に興奮を作り出し加入者を増やすために、毎年夏に巨額のマーケティング費用を惜しみなく投じている。
2022年にスカイスポーツが行った大キャンペーン『一度しかないライヴ(It's Only Live Once)』は、テレビとオーディオのどの枠でも流され、事実上見聞きしない日はないほどのものとなった。
『みんなのターフ』はクリエイティブな面では遜色ないものだったが、プロモーションの頻度は、人々が十分な回数を見聞きしてメッセージを真に受け止めるためにははるかに少なかったように思われる。元首相のメディア担当アドバイザー、アラステア・キャンベルがよく言うように、"もう一度言ったら病気になるかもしれない"と思うほどメッセージを繰り返してこそ、国民に伝わり始めるのだ。
そして、競馬界は何もしないという選択肢がない状況にある。
エリザベス女王の逝去とデットーリの引退によって"無料のメディアでの伝達の機会"が失われてしまった今、現状にとどまるだけでも投資が必要である。
穴を埋めるだけでなく競馬場の屋根を取りかえるなど、あらゆるところで資金は必要だ。しかし、今後数ヵ月のあいだに新たに再構成された上層部が新しい戦略を打ち出すときには、競馬というスポーツをプロモートするのに使える財源を強化することこそが最優先されるべきである。
By Scott Burton
(1ポンド=約160円)
[Racing Post 2023年1月2日「Queen's death and Frankie's farewell mean racing must spend big to stand still」]