3月18日(土)のゴールデンスリッパーS(G1)が始まるまで、クリス・ウォラー調教師の輝かしいキャビネットに、この象徴的なレースのトロフィーは欠けていた。しかしクールモアの牡馬シンゾー(父スニッツェル)が目覚ましいパフォーマンスでこのローズヒルのG1競走を制したことで、ウォラー調教師はついにこの2歳戦の勝利を経歴に加えることになった。
素晴らしい血統をもつシンゾーは、このレースへの優先出走権を獲得していた。デビュー戦のキャノンベリーS(G3 1月28日)で3着となり、スカイラインS(G2 2月25日)では2着に入り、パゴパゴS(G3 3月11日)で優勝していたのだ。
このレースは"タイタンの戦い"と宣伝された。一流の競馬事業体であるゴドルフィン、クールモア、ニューゲートファームがぶつかり合い、しだいにゴドルフィン対クールモアの様相を呈し、最終的にクールモアが戦利品を持ち帰ることになった。
シンゾーの鞍上を務めたのは遠征してきたライアン・ムーア騎手だ。ムーア騎手はその午後はすでにランヴェットS(G1)をドバイオナー(ウィリアム・ハガス厩舎)で制してG1勝利を味わっていた。シンゾーに騎乗したこのレースでは、前半に好機が訪れるのをじっくりと待っていた。
コーナーを回るとムーア騎手はシンゾーを内ラチに沿って走らせ、一気にスピードを爆発させ、G2・2勝馬シリンダーを1¼馬身差で破った。さらに1½馬身うしろにこれまでのレースで好調を保ってきたキングズギャンビットが力強くゴールして3着を確保した。
しかしこのレースは波乱含みだった。チャドレー・スコフィールド騎手が残り400mの地点でそれまで無敗だった牝馬ラーニングトゥフライ(アナベル・ニーシャム厩舎)に振り落とされたのだ。それによりラザゴ(シンゾーと同じ厩舎の牝馬)の走行も妨害され、鞍上のケリン・マカヴォイ騎手が手綱を引くことになった。2頭は大きな事故を回避して、スコフィールド騎手も落馬後に特に怪我をしていなかったと報告されている。
この結果は、シンゾーとラーニングトゥフライの代表馬主であるクールモアのトム・マグニア氏を複雑な心境にさせたようだ。ラーニングトゥフライは跛行を発症していたが、大きな怪我の心配はなさそうだ。
マグニア氏はこう語った。「この瞬間を手放しでは喜べないですね。ラーニングトゥフライとチャドレー・スコフィールドが無事であることを祈るばかりです。アナベルについては悪いことをしたなと思っています」。
「しかしゴールデンスリッパーは勝ちにくいレースですね。今年どのレースよりも勝ちたかったのはたしかです」。
「ライアン・ムーアには急きょ遠征してシンゾーに騎乗してもらうように依頼しましたが、彼については何と言えばいいのでしょうね。すごくありがたい存在です。別次元ですね。とても我慢強いのです」。
ムーア騎手は世界中でG1を制しているが、今ではG1・170勝を挙げている彼にとって、ゴールデンスリッパーでの勝利は大きな意義があった。
「子どもの頃から、ゴールデンスリッパーは世界中の誰もが知っているビッグレースの1つでした。時代は変わったかもしれませんが、ニューサウスウェールズ州では常に最高峰のレースでした」とムーア騎手は語った。
このゴールデンスリッパー制覇で、ウォラー調教師は今や豪州の"グランドスラム(コックスプレート・コーフィールドカップ・メルボルンカップ・ゴールデンスリッパー)"を達成したことになる。パズルの最後のピースを手に入れた感動は調教師にとって大きかったことは明らかだ。
ウォラー調教師はこう語った。「若い頃から同年代の誰よりも多くのゴールデンスリッパーを見てきました。ニュージーランドにいるとき、ケンブラグランジ競馬場やニューキャッスル競馬場にいるときに見てきて、自宅で見たのは1回か2回でしょうか」。
「大変な快挙であることは分かっています。とても心が揺るがされることでもあり、それは確かにそうなのです。でも、グランドスラムが達成できるということを証明するためにこのレースに挑んだわけではありません」。
この勝利により、シンゾーはパゴパゴSでの勝利を経てゴールデンスリッパーの栄冠を獲得した4頭目の馬となった。直近では2005年にストラタムがこのダブル制覇を達成していた。
クールモアの自家生産馬シンゾーの母は、ブルーダイヤモンドS(G1)を含むG1・2勝をはじめ数々のビッグレースを制したサマレディである。2012年ゴールデンスリッパーでは3着に入っている。
サマレディ(父モアザンレディ)はG2勝馬ナイトウォーの半妹であり、2020年イングリス社チェアマンズセールにおいてマグニア氏により180万豪ドル(約1億6,200万円)で落札された。そのときお腹にはシンゾーがおり、すでにマジックミリオン2歳クラシック(L)優勝馬でG3勝馬のエグジラレイツ(Exhilarates 父スニッツェル)を送り出していた。2021年にはジャスティファイの産駒を受胎し損ね、2022年2月にアイルランドに輸出された。サマレディは現在米国におり、ふたたびジャスティファイと交配した。
By Alex Wiltshire/ANZ Bloodstock News
(1豪ドル=約90円)