偉大な芦毛デイラミ(29歳)がアガ・カーン殿下のギルタウンスタッド(アイルランド)で死んだ。
アガ・カーン殿下により生産されたデイラミはアラン・ド・ロワイエ-デュプレ調教師に手掛けられ、2歳でデビューしてエロッド賞(L エヴリー)で優勝し、クリテリウムドサンクルー(G1)で2着に入った。デイラミの父は、殿下のもとでフランスと英国の2000ギニーを制したドユーンである。
3歳となったデイラミは仏2000ギニー(G1 ロンシャン)を制し、セントジェームズパレスS(G1)で3着、ジャックルマロワ賞(G1)で2着、ムーランドロンシャン賞(G1)で3着に入り、その年の冬にゴドルフィンのもとに移籍しサイード・ビン・スルール調教師に手掛けられることになった。
デイラミの服色はグリーンからブルーに変わり、競走距離は1マイル以上に延長された。そして、タターソールズゴールドカップ(G2 カラ)・エクリプスS(G1 サンダウン)・マンノウォーS(G1 ベルモント)を制した。
この不屈のパフォーマーは年齢とともに馬体が白くなっていき、フランキー・デットーリ騎手を背に5歳で絶頂期を迎えた。ドバイワールドカップ(G1)での不運な5着を挽回するようにコロネーションカップ(G1)を制し、キングジョージ6世&クイーンエリザベスS(G1)と愛チャンピオンS(G1)の両方で手堅い勝利を収めたのだ。
凱旋門賞(G1)では不良馬場で期待外れの結果に終わったが(訳注:モンジューの9着)、BCターフ(G1 ガルフストリームパーク)では完璧な走りを見せて優勝し、1999年の欧州年度代表馬と北米最優秀芝牡馬に選ばれた。
デイラミは、凱旋門賞優勝馬で優秀な種牡馬だったダラカニ(2021年没)の半兄である。2つの大手生産者、アガカーンスタッドとダーレーのパートナーシップのもと、数年間にわたりアガ・カーン殿下のフランスとアイルランドにある牧場で供用された。また南アフリカでも短いあいだ繋養され、クーラガウンスタッド(アイルランド・コーク州)で種牡馬としての仕事を終えた。
デイラミはここ数年、ギルタウンスタッドで引退生活を送っていたが、29歳の誕生日を迎える2週間前に"老衰"のために息を引き取った。
デイラミは種牡馬としてよりも競走馬として人々の記憶に刻まれるだろう。しかし、愛ダービー(G1)を制したグレイスワローやイタリアでいくつかのG1を制したヴォワライシ(訳注:2010年ジャパンカップでブエナビスタの16着)などを送り出している。
またブルードメアサイアー(母父)としても豪州のチャンピオンとなるピエロや、英セントレジャーS(G1)優勝馬ロジシャンなどを送り出している。また、ウェザビーズチャンピオンバンパー(G1)を制したシルバーコンコルド(Silver Concorde)の母父でもある。
アガカーンスタッドの声明にはこう記されている。「デイラミは種牡馬を引退して、生まれ故郷であるアイルランドのギルタウンスタッドに戻ってきて、幸せな引退生活を送っていました。担当厩務員であるジョー・ドイル氏が献身的に世話をしていました」。
「彼がいなくなってチーム全員が寂しく思うことでしょう。ギルタウンスタッドに記念碑を建てる予定です」。
By Racing Post Staff
[Racing Post 2023年4月4日「'He will be much missed' - death of globetrotting grey Daylami at the age of 29」]