賭事についてのレビューが2020年に始められ6人もの賭事担当大臣が監督してきたことから想像がつくだろうが、4月27日(木)に発表された政府報告書は"その場しのぎ"のようなものだ。少数派である脆弱な賭事客を保護しつつ、多数派である責任ある賭事客の権利を守ることを目的とした一連の規制案だ。
これによりそこそこ妥当な勧告を生み出している分野もある。一方で、両立しないことを実現しようとしているような分野もある。
経済力チェックへのアプローチはその究極の例と言える。本紙(レーシングポスト紙)が過去数ヵ月間に何度も取り上げてきたように、通常の賭事客はこうした押しつけがましい経済状況に対するチェックを毛嫌いしており、国家が個人の支出決定に介入することに正当性はないと考えている。一方、競馬界はこのチェックにより何千人もの責任ある賭事客が馬券購入をやめたり闇市場に走ったりすることになり、競馬界へ割り当てられる資金が壊滅的に減少するとくり返し警告している。
部分的な常識の勝利として、政府報告書は表面上こうした懸念を認識して対応しようとしている。ただ決して保証されたものではない。以前のバージョンにははるかに厳格な経済力チェックが含まれていたと言われており、反ギャンブルの運動家は月にわずか100ポンド(約1万7,000円)の損失でチェックへと踏み出すよう求めていた。
政府は代わりに2段階からなる"摩擦なき経済力チェック"と言われる仕組みを選択した。第1段階は月125ポンド(約2万1,250円)または年500ポンド(約8万5,000円)[1日1.37ポンド(約233円)に相当]の損失で発動する「経済脆弱性チェック」と呼ばれるものだ。基本的にオープンソースの素行チェックであり、「破産」、「州裁判所の判決」、「居住地域に基づく平均的豊かさ」などを調べる。多くの人がきわめて低いと考えるようなレベルでこのチェックは発動することになるが、少なくとも正真正銘"摩擦なきもの"とすべきだ。通過できれば良しとしなければならない。
第2段階は別の話である。24時間以内に1,000ポンド(約17万円)あるいは90日間に2,000ポンド(約34万円)の損失でチェックが発動する。政府報告書では「強化された支出チェック」と表現されており、信用照会機関を通じて実施されるようだ。ブックメーカーが給与明細やP60(雇用者から被雇用者に毎年手渡される, 被雇用者の年間の総収入・納税額と国民保険に納めた額を証明する書類)の提出をずうずうしく求めるようなことにはならないと思われる。
しかし悪魔は相変わらず細部に宿る。政府報告書は賭事委員会(英国における賭事の規制と賭事法の監督を行う非省庁的な公的機関)が"強化されたチェックが実際面でどのように機能するか"を検討中であり、上述したことが"期待"に過ぎないことを認めている。さらに"情報を顧客から直接収集する必要がある"、すなわち"書類を提出してください"と言う状況もあるかもしれないと認めている。
ほかにも苛立たしいほど"答えていない"もしくは"曖昧なままで"放置されているものがたくさんある。軽度の"経済脆弱性チェック"でさえ実施方法が疑問視される。ブックメーカーは誰かが1ヵ月に125ポンド(約2万1,250円)の損失を出すたびにこのチェックの実施を求められるのだろうか。豪邸と社宅が共存する都心部では、「居住地域に基づく平均的豊かさ」はどう勘案されるのだろうか。
賭事業者がチェック結果をどのように解釈するかも不明である。政府報告書には"賭事客が収入のうち何割を賭事に使って良いのかについては、政府も賭事委員会も普遍的なルールを設定しない"と記されているが、ブックメーカーが判断することが求められていることは明らかだ。これまでの経緯から一貫性のない不透明な対応となり、賭事客がさらに不満を募らせることが予想される。
ベッティングショップの問題もある。政府報告書はオンライン賭事に焦点を当てているが、ブックメーカーの実店舗は数ヵ月前から経済力チェックを実施してきた。それは中止されるのだろうか?また上述の提案が賭事委員会との複雑な協議を紆余曲折を経ながら通過するまで、現時点でオンライン賭事客には何が起こるのだろうか。
騒動が収まってこれらをはじめとする多くの疑問に対する答えが最終的に与えられるとき、賭事に関するレビューの結果は間違いなく、賭事客にはいっそう制限的な規制環境、競馬界には財政的苦痛をもたらすこととなるだろう。しかし、反ギャンブルの運動家が求めていたような破滅的な運命にはならないはずだ。それでも、これは勝利というよりも一時的救済にすぎない。
ブックメーカーはいかにして自らの過ちが賭事客を崖っぷちに立たせることになったかを反省し、この瞬間を重要な転機としなければならない。そして彼らは過去の"やりすぎ"をしっかりと歴史に刻むという道徳上および商業上の義務を負っているのだ。ある日の午後に1年分の給料をギャンブルに費やし人生が台無しになったという話があまりにもたくさんあった。そのどれもが何よりもまず当事者とその家族にとって悲劇だが、何百万人もの責任ある賭事客によって楽しまれる趣味や娯楽の正当性に打撃を与えている。賭事は公正で安全なものでなければならない。そのように認められていなければ、将来的にもはや救済されることはないだろう。
競馬界もここから学ぶことができる。競馬界はコアな顧客である馬券購入者を常に尊重すべきなのにそうしてこなかった。中には賭事との結びつきを少し恥ずかしいと思う者さえいる。しかしBHA(英国競馬統括機構)の報告によると、競馬界に提供される資金のうち3億5,000万ポンド(約595億円)以上は賭事に直結するものだという。競馬界がこの重要な収入源を維持したいのであれば、いわば自らの健康記録のようにあらゆる点でしっかりと顧客を保護し、代弁し、守らなければならない。
それが特に重要なことなのだ。なぜなら政府報告書が決してこの問題の終わりではないからだ。それに"我々のお金の使い道への国の干渉が正当化されるか"という根本問題について政府がごまかしているのだからなおさらだ。だから今後数年間、賭ける権利に対してはより多くの視線が注がれることになるだろう。
By Tom Kerr
(1ポンド=約170円)
(関連記事)海外競馬情報 2023年No.5「ギャンブルに関する政府報告書:経済力チェックの意味(イギリス)」
[Racing Post 2023年4月27日「'Frictionless' affordability checks raise more questions than answers」]