どのような結果を出しても、すでに目にしてきた事と比べると、きっと霞んでしまうだろうと思っていた。しかしフランキー・デットーリ騎手(52歳)とロイヤルアスコット開催となると、不可能はないのだ。
この日は、チャールズ国王の戴冠後初めてのロイヤルアスコット開催で王室の馬が初勝利を果たしただけでは物足りなかったかのようだ。デットーリ騎手はこれまで3戦しかしていなかったクラージュモナミでゴールドカップ(G1)制覇を成し遂げたのだ。この目で見なければ決して信じられなかっただろうが、実際に起こったことである。
この世界的に有名なジョッキーは現役最後のシーズンに、カールスバーグの空想的なコマーシャルシーンにでもなりそうなお別れツアーを楽しんでいる。最後の英2000ギニー(G1)と英オークス(G1)ではすでに勝利を収めていた。そして彼はふたたびチャンスをつかんで9度目のゴールドカップ制覇を達成し、観客の喜びは払戻金以上のものだった。
娘のタルーラと息子のレオを伴い国王夫妻からトロフィーを受け取ったデットーリ騎手はこう語った。「すごく感動的です。ゴールドカップを9勝したのです。なんと言えるでしょうか?驚くべきことで、言葉になりませんね」。
「チャールズ国王もカミラ王妃も素敵な方で、ゴールドカップで優勝してお二人からトロフィーを頂くのは光栄なことです。子どもたちもすごく喜んでいます。この18年間、子どもたちは私のことをただテレビに出ているペッパピッグ(訳注:英国の幼児向けアニメ)か何かみたいな人だと思っていたのです。しかし今では彼らは十分理解できるほど大人になり、私が何をしているのか本当によく分かっていますね」。
デットーリ騎手が本気になれば誰よりも自分自身を信じることを、家族は一番よく知っていることだろう。しかしそのデットーリ騎手でさえ、戦績のほとんどないクラージュモナミがゴールドカップで勝つには、何とかなると信じ切ることが必要だったと認めている。
「予想もしていませんでしたね。この5年間はストラディバリウスに騎乗していたから、プレッシャーがありました。この馬はハンデ戦出身でほとんどチャンスがないと思っていたのです。だけどジョン・ゴスデンは偉大な調教師なので、こんなことをやってのけるのです。ときどき信じられなくても、それを受け入れるだけなのです」。
「冷静に乗っていたら、うまく行ったのです。思いどおりに隙間を見つけて、素晴らしい末脚を見せてくれました。ラスト½ハロン(約100m)でオイシン・マーフィーが騎乗していたコルトレーンを振り切ることができず、"ダメだ。ここまで来たのだから、そのまま走り続けておくれ"と考えていました」。
そしてクラージュモナミはそのまま走り続けた。それは2021年と2022年のストラディバリウスを上回るパフォーマンスだった(訳注:ストラディバリウスは2018年~2020年にゴールドカップを3連覇したが、2021年は4着、2022年は3着に敗れていた)。先頭集団から離されたところから上がってきて、いくばくかの秘められた力を出し切って優勝したのだ。
デットーリ騎手はこう続けた。「スムーズに走れるように乗りたかったのです。なぜならこの馬のことをよく知らなかったし、その能力や最後まで粘れるかも分からなかったからです。スピードが上がっていくことは分かっていたので、直線で外に持ち出したかったのですが、ステファーヌ・パスキエのビッグコールにより内側に閉じ込められてしまいました。結果的にそのおかげで勝つことができました。最終コーナーで近道をして挑んでみようと思ったのです。そうしたらうまく行きました」。
まさにデットーリ騎手のための舞台が整ったのだ。観客は国王夫妻が所有するデザートヒーローがキングジョージ5世Sを制して騒然となっていたが、デットーリ騎手は現役最後となるゴールドカップの前に、国王夫妻から刺激を受けていたと明かした。
「事前にチャールズ国王とカミラ王妃とともにデザートヒーローの勝利について、そして私とエリザベス女王との関係について話していたのです。その直後ゴールドカップで優勝することができ、国王がトロフィーを授与してくれたのです。素晴らしいことで、本当にすごいことです」。
ジョン・ゴスデン調教師はゴールドカップ4勝目を挙げたが、息子のセイディ氏と組んでからは初めての勝利となった。セイディ氏がいなければ、クラージュモナミ(馬主:カタール首長のワスナンレーシング社)がゴールドカップに出走することはなかっただろう。
ゴスデン調教師はこう語った。「ただ楽しんでみようとこの馬をゴールドカップに参戦させたのではなく、セイディと(レーシングセクレタリーの)ピーター・シューマークのアイデアだったのです。私の考えではありません。この馬は厩舎では成長ぶりを見せていたのですが、調教しにくい馬でした。今回はこの上ない力を発揮していましたし、フランキーの騎乗も見事でした。フランキーは少しずつ経済コースを取り、スルスルと抜け出してきて、その大胆さは私以上でしたね。観客の盛り上がりに身を任せて、それに応えられるようなジョッキーなのです」。
デットーリ騎手がふたたびビッグレースで名騎乗を披露した後、この騎手が本当に引退すべきかどうかに脚光が当てられた。しかしゴスデン調教師はなぜこの偉大な友人が完璧なタイミングを計って引退するのかについて今一度説明した。
ゴスデン調教師は、「彼は正しいと思いますね。頂点にいるときに去りたいとはっきり言っていました。ボクサーがキャリアの遅すぎる時期にリングに戻ってくるのを見ることほどつらいことはありません。彼はちょうど絶頂期にいるときに去りたいのであり、ちょうど今そこにいるのです」と語った。
By Lewis Porteous