本紙(レーシングポスト紙)の何万人もの読者のように、経済力チェックという概念そのものを屈辱的なものと見なしているならば、4月に発表された政府報告書は間違いなく"ごたまぜ"であると感じられただろう。忌まわしいチェックを正式な政策として定着させようとしていたものの、少なくとも一般的な賭事客への影響は穏やかなものになると約束していた。
賭事担当大臣であるスチュアート・アンドリュー氏は本紙の読者を安心させるために6月に紙面に登場し、経済力チェックの提案は釣り合いの取れたものであり、必要なものであり、競馬に最低限の影響しか与えないと述べた。何よりも重要なのは、大半の賭事客はチェックがされていることさえも気づかないと述べ、チェックがまったく"摩擦なきものである"とする政府報告書の主張を繰り返したことだ。
しかし私たちは7月下旬に現実を知ることになった。賭事委員会(Gambling Commission 英国における賭事の規制と賭事法の監督を行う非省庁的な公的機関)は文化・メディア・スポーツ省とも合意したものと見られる経済力チェックに関する詳細な提案を、協議文書として発表した。それは賭事に関する知識の欠如と、賭事を選ぶ人々に対する(無意識であったとしても)紛れもない軽蔑を露呈している。
政府に対して言える最も好意的なことは、"政府は賭事委員会の提案がどれほど侮辱的でお節介で有害なものかに気づいていないかもしれない"ということだろう。だからここに説明する。
賭事委員会の新たな提案には強く反対すべき要素が3つある。1つ目は、24時間以内に1,000ポンド(約18万5,000円)あるいは90日以内に2,000ポンド(約37万円)を費やした場合に発動する"過度のギャンブル"に対する極めて押しつけがましい経済力チェックの頻度に関するものだ。
今やこれは"強化された経済リスク評価"という名前にすり替えられて、6ヵ月ごとの頻度で実施される。ここでの理屈は、経済状況は変化するので賭事客が奈落の底に落ちないようにするために定期的にチェックをくり返す必要があるというものだ。
よくよく考えてみてほしい。クレジットで車を購入した場合、6ヵ月後にディーラーがふたたびやって来て給与明細をチェックするのだろうか?住宅ローンを借りるとき、貸し手はあなたが身分不相応な支出をしていないことを確認するために年2回の銀行取引明細書の提出を求めるだろうか?それなのに賭事については、あなた自身のお金で楽しんでいるのに政府はこうしたチェックを受けるべきだと提案しているのだ!
また、"賭事委員会はこの措置が誰を守ることになると考えているのだろうか?"という論点をはぐらかしている。6月には健全に賭事を行っていたのに12月には破滅して、結果として自らの賭事行動を分別をもって改めることができなくなった人たちの被害は、ギャンブルによる被害のほんの一握りにすぎないのではなかろうか。
賭事委員会が賭事客を見下していることがこれほど露呈した措置はないだろう。これは私たちは生来人生を台無しにするような無責任に陥りやすいので、年2回ほど財務監査を実施してあげようと考えていることを示唆している。しかしもっと悪いことがある。
それは払戻金に対する姿勢である。このことは本紙でもすでに大きく取り上げている。手短に説明すると、賭事委員会は、(24時間以内に)1,000ポンドの損失を出したときの介入については7日以上前に獲得した払戻金を無視し、(90日間に)2,000ポンドの損失を出したときの介入については90日以上前に獲得した払戻金を無視することを提案している。これは、純損失を出している状態を"算出する"ためである。
賭事委員会は協議文書でこのことを説明し、"数年前に高額配当金を手にしていたとしても現在直面しているリスクとは大した関係はないであろう"と述べている。そこから飛躍して、配当金を配当金と見なす期間は数年でも1年でもなく1週間と決定しているのだ。
これは賭事委員会が賭事を理解していないことを示す新たな証拠である。この提案は大口馬券購入者に依存するエクスチェンジ賭事の終焉の前兆になりうるかもしれないが、それ以上に不吉なのは賭事客を侮蔑していることだ。私たちが高額配当金を完全に無駄にすることはないと信頼されている期間はわずか168時間(1週間)なのである。
経済力チェックが真に"摩擦のなきもの"であれば、上記の事柄はまだ受け入れられるかもしれない。しかし協議はその3つ目の最もひどい反論すべき点において実態を現している。経済力チェックを実施するために、賭事業者はまず信用照会機関に対して"当座預金回転率(Cato)などの収支データ"を求めることになる。当座預金回転率は銀行が信用機関に提供している既存のデータであり、その名のとおり銀行口座の入出金に関する情報を提供するものである。金融機関はすでにこのデータを使って経済力を査定している。
給与のような定期的な収入源がある人々にとっては、これは虚構の"摩擦なき体験"をもたらすだけなのかもしれない。しかし自営業者・退職者・会社役員・個人富裕層・プロ馬券師など、そうでない人々にとっては、貯蓄・投資・不定期収入を無視したシステムはまったく機能しないだろう。このような幅広い層にとって、"摩擦なき経済力チェック"への道は閉ざされているように見える。
これが政府の経済力チェック戦略の真の姿である。つまり賭事客の銀行口座の用心棒となり、国が非難する"無責任"に屈していないかをチェックするために年に2回財務状況を詮索し、直近の配当金以外は無視する。多くの競馬ファンにとっては、ブックメーカーに機密性の高い財務書類を提出する以外に選択肢はなくなるのだ。
この陰鬱とした絵の中に見えるわずかな希望の光は、賭事委員会の提案があくまで提案に過ぎず、今後2ヵ月半のあいだに意見募集が行われるということだ。そのため賭事を行う人、競馬の将来を心配する人、適度なプライバシーと自由に対する個人の権利は保護されるべきだと信じる人は皆、その意見募集に応じて自らの見解を明らかにしなければならない。私たちが認識しているように、賭事の未来、そしてそれに依存する競馬界の未来が危機にさらされていると言っても過言ではない。
By Tom Kerr
(1ポンド=約185円)
(関連記事)海外競馬情報 2023年No.5「ギャンブルに関する政府報告書:経済力チェックの意味(イギリス)」、海外競馬ニュース 2023年No.19「政府報告書の"摩擦なき経済力チェック"は疑問だらけ(イギリス)」
[Racing Post 2023年7月31日「The Gambling Commission is waging a war on punters, and this is our last chance to fight back」]