海外競馬ニュース 2023年10月26日 - No.41 - 1
デットーリ騎手、キングオブスティールを勝利に導き英国競馬界を去る(イギリス)[その他]

10月21日(土)英チャンピオンS(G1 アスコット)

 サンタアニタパーク競馬場はおろか、フランキー・デットーリ騎手(52歳)が10月25日(水)に米国に到着して最初に向かう先はきっとハリウッドに違いない。彼は英チャンピオンSでキングオブスティールに騎乗し、オスカーを授与されるにふさわしいパフォーマンスを見せ、英国での37年間の騎手生活をおとぎ話のようなかたちで終わらせたのだ。

 昨年12月にデットーリ騎手が、英国チャンピオンズデーを英国でのラスト騎乗の日と定めてから10ヵ月が経っていた。この日アスコットに集まった老若男女はみな、世代随一のジョッキーが最後に見せる魔術を目にするためにやってきたようだった。

 このような舞台のために生まれてきたようなデットーリ騎手は、第1レースのロングディスタンスカップ(G2)でトローラーマンを先頭でゴールさせた瞬間から本領を発揮していた。またチャンピオンスプリント(G1)でキンロスに乗って惜敗を喫したときに、彼の心の中の炎は燃え盛った。

 英チャンピオンSが発走するころには、馬場は濡れて濁ってぬかるんでいた。しかしデットーリ騎手はここでショーを披露しようとしていた。フランク・シナトラの言葉を借りれば、自分のやり方(マイウェイ)でそれをやり遂げたのだ。

 デットーリ騎手は英ダービー(G1)2着のキングオブスティールと初めてコンビを組み、そのオッズは4倍(1番人気)に落ち着いた。だが出遅れて最後方からの競馬となり、濡れた芝生の破片を浴びせかけられることになった。

 最も忠実なデットーリファンの目にさえも、とうてい良い展開であるようには映らなかった。デットーリ騎手は残り4ハロン(約800m)の地点から仕掛けていった。先行勢は後続との差を広げられずにいた。そして残り2ハロンを切って初めて、夢のようなフィニッシュの可能性が見え始めた。

 終盤はスローモーションのように感じられたが、観客の声はますます大きくなっていった。うなり声は耳をつんざくほどであり、デットーリ騎手は鋭く追跡しつづけ、キングオブスティールは持ち直していった。

 大柄の芦毛キングオブスティール(馬主:アモレーシング)と勇敢な2着馬のヴィアシスティーナの着差はわずか¾馬身で接戦だったが、デットーリ騎手は思い出ぶかいホームであるアスコットで、最後の奇跡を成し遂げた。

 デットーリ騎手は両手で顔をぬぐいながら夢でないことを確かめてこう語った。「正直なところ、取り乱しています。信じられません。観客のみなさんがこの馬をゴールにたどりつかせたのです。全力でベストを尽くそうとしていましたが、とにかくすごい歓声をいただきました」。

 「みなさんのおかげで、このレースを優勝させてもらえました。素晴らしいことです。ハリウッドの脚本みたいでした。みなさんのことが大好きです」。

 40年近く感情を吐露してきたデットーリ騎手にとって涙をこらえるのは大仕事だった。しかし、まるで彼がアレクサンドラパレスの世界ダーツ選手権の会場にいるかのように観客が"オー、フランキー・デットーリ"と大声で歌い始めると、彼の声は一瞬震えた。

 「どのように感じとっていいのかわかりません。これって現実ですか?」

 デットーリ騎手でさえ、キングオブスティールが序盤で切羽詰まっているうちに勝ち目が消えていくのを恐れていたと認めた。

 「スタートから苦戦していたのですよ。彼はつまずいてしまったのですが、そのあと調子を上げていきました。ほかの馬が加速していき少し置き去りにされてしまいましたが、彼は立ち直って全力を尽くし、観客のみなさんのおかげでゴール板を先頭で駆け抜けました」。

 「おとぎ話のような終わり方ですね。アスコットはホームと言ってもいい場所ですし、正直、感無量です」。

 まさに"デットーリの日"とも言えるが、優勝トレーナーのロジャー・ヴェリアン調教師と優勝オーナーのキア・ジューラブシャン氏のことも忘れてはならない。キングオブスティールが英ダービー(6月3日)のラスト½ハロン(約100m)でオーギュストロダンに勝利を掠め取られたのを目にしたあとでは、今回の最終盤での急襲はさぞかし至福の光景であったことだろう。

 ヴェリアン調教師は、「おそるおそるレースを見ていましたが、力強いパフォーマンスでしたね。それに素晴らしい手綱さばきでした。この馬は大きなエンジンと肺機能、そしてとてつもない勇気を持っているのです。すごく頑張りました」と語った。

 ジューラブシャン氏はレース後、キングオブスティールの2週間後のブリーダーズカップ参戦や来年の現役続行についての可能性を否定しなかった。

 デットーリ騎手もBCターフ(G1 11月4日)での騎乗に向けてスタンバイしていると明かしたが、キングオブスティールが4歳も現役を続行するようであれば英国に戻ってくる可能性はあるかと尋ねられると、率直にこう答えた。

 「米国での冒険に集中しようとしています。あちらに毎日いなければなりませんし、今のところ戻ってくる予定はありません」。

 将来がどのようなものになるのかは誰にもわからないが、きっとこれを超える瞬間はないだろう。少なくとも現時点では、彼の英国でのラスト騎乗は最高傑作だった。ブラボー、フランキー。

By Lewis Porteous

[Racing Post 2023年10月21日「'Is this real?' - Frankie Dettori bows out of British racing with magnificent victory on King Of Steel in Champion Stakes」]