ワイヤード(Wired)誌の編集長クリス・アンダーソン(Chris Anderson)氏は、2004年に"ザ・ロングテール(The Long Tail)"と題した記事を発表した。この記事は、たちまち同誌の歴史上最も注目を集めるトピックとなった。同氏は続いて、『ロングテール:ビジネスの未来は死に筋商品を売ることにある(The Long Tail: Why the Future of Business Is Selling Less of More)』と題した本を2006年に刊行した。この本において、同氏は"メディア・娯楽産業のための斬新な経済モデル"を提案し証明した。
同氏の見解によれば、大衆市場が多数の隙間商品(niche)の販売拡大を目指す傾向が強まっている。すなわち、"ビジネスの未来は、死に筋商品をより多く販売すること(future of business is selling more of less)"にある。インターネットを基盤とするビジネスは、この傾向を最大に利用できる。というのは、テクノロジーの進展により在庫の考え方が変化してしまった現在、"売れ筋商品(best seller)と死に筋商品(never seller)の差異はなくなったからである。
デジタル・ロングテール
ロングテール分布とは、本記事にある図表"デジタル・ロングテールの概念"で示されているように、商品を横軸に、販売数または人気度を縦軸にとって、販売数の多い順に並べたグラフを描いてみると、スキー場のスロープのような形になる。ヒット商品は大方、グラフの左寄りに、隙間商品は右寄りに表示され、カーブは右側にずうっと下がりながら著しく長く伸びていく。
アンダーソン氏は、「ロングテール理論は、次のように要約できます。つまり我々の文化と経済は、これまで需要曲線の左寄りのヘッドにある比較的少数のヒット商品を重視してきましたが、右寄りのテールに存在する莫大な数の隙間商品を重視する動きにあります」と述べている。従来型の小売業者は在庫スペースが限られているので、収益性を高めるためには、需要曲線のヘッドに注意と努力を集中させなくてはならない。これに対して、アマゾン(Amazon)のようなバーチャル小売業者やアイチューンズ(iTunes)といったデジタル小売業者は、そのような制約を受けることなく、テール部分の在庫も保有することができる。
アマゾンがバーチャル小売業者に位置づけられる理由は、同社がオンライン販売している商品の大部分が、実際には自社の在庫品ではなく、他社の在庫品だからである。アイチューンズはより優れた価格モデルを有している。なぜならアイチューンズはデジタル化された情報の小売業者であり、その在庫品はコンピューターのハードドライブに存在し、ブロードバンドによって納入できるためである。競馬場と電話投票運営業者も、ある意味でデジタル小売業者であり、需要に供給を正確にマッチさせることができる。
競馬のロングテール
競馬においてロングテール戦略を成功させるためには、コンテンツと通信ハードウェアの両面において積極果敢でなければならない。
すなわち、コンテンツの面では新規の賭事商品を追加して、ロングテールを長く伸ばすことが必要である。
ところが、北アメリカの競馬場と電話投票運営業者の大半は、新たな馬券購入者を引き付けたり、以前の馬券購入者を引き戻すような、新機軸のコンテンツを提供することにあまり積極的でない。その結果、これらの競馬場と電話投票運営業者は、顧客を引き付ける企業家精神旺盛なベンチャー企業に、魅力ある賭事でロングテール部分の需要のほとんどを取られてしまった。この現実は、アメリカ・カナダにおいて馬券の売上げが落ち込んでいる主な原因の1つである。
とりわけ、勝馬予想を面倒くさいと思ったり、あるいは勝馬予想に時間と努力をさきたくないというような心理的バリアに対して、わかりやすい賭け(simplified bets)の品揃えの拡大を工夫すべきである。例えば、過去の競走成績情報を入手し、勝馬予想することを面倒だと思う人には、払戻率を提示してゼッケン6番の馬がゼッケン2番の馬より先に入線することに賭けるタイプの賭けもある。このような賭けのわかりやすさは、国営宝くじとスロットマシンが持つ魅力のひとつである。
また、通信ハードウェアの面では、顧客のために接続性を改善し、ロングテールを(細く伸ばすのではなく)厚くすることが必要である。携帯電話、携帯情報端末、ノート型パソコンといった通信機器からのアクセスを容易にすることである。もちろん、さまざまな広告宣伝も必要である。
隙間商品の大量販売
ロングテール戦略の成功の秘訣は簡単である。第1に、テールに存在する隙間商品を掘り起こすためには、映画であれ、音楽・賭事であれ、提供可能なあらゆる商品を顧客に提供しなければならない。次に、顧客が求めているものを容易に見つけられるようにしなければならない。たとえば、アマゾンは顧客の購入履歴に基づいてその顧客に新たな商品を推奨している。競馬の場合も、顧客の好みを推測して、顧客が自分の好みの賭けを見つけたり、賭けの相手を探したりするのを支援することが必要である。
ある人が行うことのできる賭事商品の数が多ければ多いほど、その人が自分の好みに合った賭事商品を見つける蓋然性は高まることから、より多い賭事商品提供が勝馬投票の増加をもたらすことが今後明らかになるはずである。
ビジネス界では80対20の法則すなわち企業収入の80%は製品の20%によって生まれるという法則が尊重されている。戦略的に言って、勝馬投票のデジタル倉庫にスペースの不足が生じることのない競馬場や電話投票運営業者にとって、ミスリーディングな経験則である。80対20の法則によれば、見かけが些末な隙間賭事商品は取るに足りず、アクセスが多く売れ行きの良い賭事商品(high-traffic bets)が重要であるということになる。しかし少なくとも、掘り起こしに成功した隙間賭事商品は売上げ増加に寄与し、しかもほとんど追加費用なしで寄与することができるのだ。
標準化された大衆市場賭け(mass-market bets)というインターネット出現前のモデルによってものごとを判断する限り、北アメリカにおける競馬場の馬券売上げの衰退は、今後も続くのは確実である。需要曲線のロングテールにおける隙間賭事商品を掘り起こし、パリミューチュエル勝馬投票の商品構成を魅力あるものにすべきだ。
By William L. Shanklin
(1ドル=約120円)
〔The Blood‐Horse 2007年6月9日「Racing's Digital Long Tail」〕