タンパベイダウンズ競馬場は2002−2003年のシーズンに、競馬場に属さない場外馬券発売所(secondary pari-mutuel outlets: SPMO)の2ヵ所の賭金プールを、タンパベイダウンズ競馬場の賭金プールに合体することを認めた。これらのSPMOが同競馬場のピーター・ベルベ(Peter Berube)場長の注目を引くのに長い時間はかからなかった。
サラブレッド競馬保安協会(Thoroughbred Racing Protective Bureau)提供のデータによれば、SPMOの馬券購入者は、コンピューター投票(computer-robotic wagering: CRW)を利用して、1年間に賭金740万ドル(約8億8,800万円)、控除後570万ドル(約6億8,400万円)を投じ、800万ドル(約9億6,000万円)を超える払戻金がこれら2つの場外馬券発売所に支払われていた。
ベルベ氏は、「これら2つのSPMOが得ていた的中額とその頻度を見て、呆気にとられました。彼らは、賭金プールから230万ドル(800万ドル−570万ドル 約2億7,600万円)を他の顧客から獲得しており、これは投資額740万ドル(約8億8,800万円)の約30%にあたります」と述べている。
これまで成績の良い場外馬券発売所でもせいぜい1〜3%であったことから、同氏にとって30%という割合は驚異的であった。
ベルベ氏は、パリミューチュエル勝馬投票者は本質的に互いに賭け合っているのだから、勝馬投票の土俵を公平に保つ義務があると確信している。
同氏は、「私は、あらゆる馬券購入者を公平に扱おうとする考えに賛成です。公表されないオッズを知るために賭金プールをスキャンするコンピューターと馬券購入者が競う場合は、公平な勝馬投票とは言えません。それは、赤子の手を捻るようなものです」と述べている。
これらのSPMOは着実に賭けに勝っていたことから、 “払戻金受取組織(cash receiving organization: CRO)”と呼ばれていた。大口馬券購入者がこのCROを利用する利点は、主としてリベートとCRWの利用である。他方、大口馬券購入者が一貫して賭けに勝ったことにより、開催競馬場およびサイマルキャスト映像を受信している他の競馬場の場内馬券購入者への払戻金が減少していた。
2004年にウッドバイン、タンパベイダウンズおよびオークローンパーク競馬場は、これらの状況は公平でないという理由から、大口馬券購入者に対して、もはや取引を停止することを発表した。これは競馬事業において先例のないことである。
大口馬券を扱う場外馬券発売所からの多額の投票の受付けを拒否したことに、競馬界は注目した。
長期的に見ると、これらの3競馬場はCROの排除によって新たに多くの馬券購入者を競馬に引き寄せ、場内馬券購入者の信頼を高めることができると確信している。つまり場内顧客は競馬の未来を開く鍵であると信じている。というのは、場外顧客(その一部は海外のリベートショップを通じて馬券を購入している)資金よりも、場内顧客からの資金の方が競馬場と競馬関係者に利益を与えると考えているからだ。
この措置によりウッドバイン競馬場とオークローン競馬場の売上げに顕著な変化は認められなかったようだが、タンパベイダウンズ競馬場では2004〜2007年まで総売上げが毎年増加し、2006年の場内売上げも2003年に比較して700万ドル(約8億4,000万円)増加した。また、タンパベイダウンズ競馬場のエキゾチック馬券の払戻金額は劇的に上昇した。3連単の平均払戻金額が、前年の803ドル(約9万6,360円)から28%増加して1,028ドル(約12万3,360円)になったのだ。
一方、アリゾナ大学競馬産業プログラム(University of Arizona Racetrack Industry Program)の調査では、CROの排除と払戻金額の上昇との間の相関関係は疑問視されている。
競馬場の賭金プールから締め出されたことに気づいた大口馬券購入者は、競馬場によるCROの排除を批判している。彼ら自身は、 SPMOを通じて競馬に必要な資金をつぎ込んでいると主張している。そして、大口場外馬券購入者は賭けを通じて競馬に対して数百万ドル(数億円)の資金を投入しているのだから、リベートで報いられるべきであると考えている。
また大口場外馬券購入者は、CRWは新たな形態の勝馬予想による投票にすぎず、歓迎されるべきだと主張し、大口馬券購入者を排除すれば、彼らを国内の勝馬投票から追い出すことになると付け加えている。CRWを行う数人の馬券購入者がそれぞれ1年間に約1億ドル(約120億円)を賭け、十数人がそれぞれ500万〜1,500万円ドル(約6億〜18億円)を賭けているものと推定されている。
フロリダ州の証券トレーダーで、2003年にNYRAの馬券購入者小委員会(Players’ Panel)に参加したデーヴィッド・クスクナ(David Cuscuna)氏は、アメリカ繋駕競馬協会(Harness Tracks of America)とサラブレッド競馬協会(Thoroughbred Racing Association)の2004年合同年次会議において、「CRWのやり方は以下のとおりです。まず、CRWを行う馬券購入者がコンピューターに馬のオッズと手元資金の額を入力し、次に賭けに対してどれくらいの払戻金を希望するかを入力すると、コンピューターはいくら賭けるべきか回答してきます」と説明している。
ユーベットコム社のチャック・チャンピオン(Chuck Champion)社長は、CRWを行う馬券購入者はそれでもやはりリスクを冒しており、コンピューターは賭けを行う際に手助けとなるだけであると主張する。
同社長は、「数式を利用する者は、入手できる競走データとあらゆる馬のハンデキャップのすべてを統計的基準に基づいて検討し、馬がどのような最終賭率になるかをこれらの統計に基づいて決定します。コンピューターは、馬券発売の締切り約2分前まで状況をモニターし、利益があがると判断する場合に賭けを行います。ある意味でこの方法は、他の予想屋が行うことと異なりません。CRWによって、大量のデータをより早く処理し、多数の賭けを迅速に行うことが可能となります」と述べている
CROを排除した競馬場は、いずれは、より広いファン層を構築できると確信している一方で、他の競馬場は、大口馬券購入者を排除するといずれその代償を払うことになると信じている。
長年の賭客であり、また、現在ノースダコタ州ファーゴに本拠を置くSPMO、プレミア・ターフクラブ(Premier Turf Club)の共同所有者ジョー・リッデル(Joe Riddell)氏は、違法なことを行ったり、業界による自主検査を拒むようなCROを排除することには賛成すると述べている。しかし、同氏は的中率が高いCROを業績だけに基づいて排除するべきでないと考えている。
同氏は、大口馬券購入者の上位10%が賭金プールの約80%を占めていると確信しており、このレベルの馬券購入者は賭けに勝つか、あるいは負けてもその損を速やかに取り戻すと述べている。そして、賭けに勝つ者はリベートで賭けを奨励されるべきであって、排除されるべきでないと付言している。
同氏は、「これらの大口馬券購入者は、競馬産業の救済者です。彼らがいなければ、売上高は60%低下するでしょう。彼ら少数の賭客は、上手に賭けを行うために喜んで時間を費やす人たちです。あらゆるデータを揃えており、必要なのは不運でないことのみです。彼らは、勝ち続けるでしょう」と述べている。
リッデル氏は、自らをキーンランド競馬場の毎年の春季開催と秋季開催における大口馬券購入者であると話す。同氏によると、「勝ち続ける大口馬券購入者は、競走馬の調教タイムを計測する個人から情報を収集し、ラゴジン社(Ragozin)やサラグラフ社(Thoro-Graph)などから最高の情報を購入し、また自身の個人データベースを保持し、最高の勝馬予想ソフトウェアを使用するというように、他の馬券購入者より優位に立つための努力を惜しみません」と述べた。
同氏は、次のように付言している。「大口馬券購入者は、自分たちが享受している強みを得るためにかなりの資金を費やしています。おそらく情報料として1日当たり200〜300ドル(約2万4,000〜約3万6,000円)を支払っていると思います。彼らは、競馬場の出馬番組表を購入している者と賭けを競い合っています。一般的な出馬番組表には、大口馬券購入者が希望する情報の10%くらいしか載っていません」。
リッデル氏は、場外馬券発売所が排除された場合、馬券購入者はそれらの資金を賭金プールに入らないブックメーカーに鞍替えするであろうと述べている。また、同氏はアメリカの馬券購入者は、42ヵ所の異なる海外違法サイトを通じてベルモントSに賭けることができると述べている。これらの海外違法サイトのいくつかは、アメリカの馬券購入者が資金を預金し引き出すための方法を掲載しているが、これは海外違法サイトとの取引は、違法インターネット賭博禁止法(Unlawful Internet Gambling Enforcement Act)の規制対象となっているためである。
サラグラフ社(Thoro Graph)のスピードフィギュア(speed figures−競走馬の走破タイムを偏差化したもの)の考案者ジェリー・ブラウン(Jerry Brown)氏も、高い勝率をあげているSPMOを排除することに反対している。
ブラウン氏は、「これは、競馬というスポーツにおける保守的精神構造の特色をよく示しています。つまり“我々は、あなたが勝つことを望みません”と言っているようなもので、これほどばかげたことはありません」と述べている。
ブラウン氏は、勝ち続けている馬券購入者は賞賛されるべきであると付け加えている。
ブラウン氏は、「ポーカーが人気のある理由の1つは、獲得した多量のチップをテーブルに積んでいる一流プレーヤーをテレビで映し出すためです。人々は、自分がそのようなプレーヤーになることができると信じたいのです」と述べている。
ブラウン氏は、競馬の控除率がサッカー賭事などのスポーツ賭事の控除率の約3倍となっている。このようなシステムのもとでは、リベートを提供することに意味があり、そうしなければ馬券購入者はより有利な条件を提示する他の形態の賭事に集中するであろうと述べている。
ブラウン氏は、「ブックメーカーのリベートショプが・・・人々のために賭けを機能させる方法を見出したのです。私たちが賭金プールからこれらの大口馬券購入者の1人を失うたびに、巨額な売上金が失われています」と述べている。
ブラウン氏は、高額のサイマルキャスト受信料を要求する競馬場を問題視しておらず、プレミア・ターフクラブは、今年受信料が7%に増額されることや、今後2年間で8%に増額されることに反対しないであろうと述べている。しかし、同氏は利益をあげている馬券購入者にサイマルキャスト受信を利用させることに固執している。
リッデル氏は、「私たちは、優良な顧客に対して『ほかのところへ行ってくれ。あなた方を必要としません』と言っているのようなもので、墓穴を掘っているのです。大手競馬場は、数百万ドル(約数億円)を失っています。大口馬券購入者を排除したいのならば、どうしてあらゆる馬券購入者を排除し、賞金額をゼロにし、そして名誉賞のリボン飾りを獲得するために馬を出走させないのでしょうか」と述べている。
ウッドバイン競馬場のウィルモット氏は、勝ち続ける大口馬券購入者は一般的に場外にいて、小額のサイマルキャスト受信料を支払っている場外馬券発売所で賭けをしているという構図を好まない。サイマルキャスト受信料が低額であるために場外馬券発売所が10%超という不合理に高額なリベートを大口馬券購入者に支払うことが可能になり、これは長期的に競馬場に損害を与えるとし、「私たちは、サイマルキャスト配信の支配を取り戻し、すべての関係者が納得できるような料金を要求しなければなりません。私たちは誰かからお金を騙し取ろうとしているのではなく、競馬の施行費用および競馬場施設と厩舎地区の維持費用を分担して欲しいと考えているのです。現在のやり方は、改められなければなりません」と述べている。
北アメリカの二大競馬場所有者であるマグナ・エンターテインメント社(Magna Entertainment Corp.: MEC)とチャーチルダウンズ社(Churchill Downs Inc.: CDI)は、CROを排除していない。しかし、両社は映像の価格設定方法を変更し、競馬場に属さない場外馬券発売所に対し高額のサイマルキャスト受信料を要求している。サイマルキャスト受信料の引き上げにより、SPMOは今後は高額のリベートを提供することが困難になる可能性があるのだ。
By Frank Angst
(1ドル=約120円)
〔Thoroughbred Times 2007年6月30日「Getting rid of the CROs」〕