サイマルキャスト発売が、アジア競馬連盟(Asian Racing Federation: ARF)の加盟国にとって、賭事税の重い負担に耐え、海外ブックメーカーやベッティング・エクスチェンジとの競争に打ち勝つための救世主となると考えられているとするなら、そこには競馬運営者が避けるべき重大な落とし穴がある。
1月23日に第31回アジア競馬会議(Asian Racing Conference: ARC)ドバイ大会で行った発表で、トロントのウッドバイン・エンターテインメント・グループ社(Woodbine Entertainment Group)の最高経営責任者デーヴィッド・ウィルモット(David Willmot)氏は次のように述べた。サイマルキャスト放映が20年以上前に北米で最初に導入された際に、競馬界の多くの人々は特効薬になると期待したが、現実にはそのようにはならなかった。第三者であるサイマルキャスト運営会社が参入し、10%以上のリベート(馬券購入者へのキャッシュバック)の提供によって、競馬場から馬券購入者を奪ったが、これによって競馬界が事業の主導権を失ったことが問題である。
同氏は、「競馬界に対する最大の脅威は、競馬界の利ざやが侵食されていること、そしてパリミューチュアル・システムから客が漏出していることである」と述べた。
問題をさらに悪化させているのは、北米における合計勝馬投票売上高の不正確な集計であるとウィルモット氏は付言し、年間売上高のうち30億ドル(約3,600億円−総売上高の約20%)が重複計算されていると確信していると述べた。
同氏は、「全米サラブレッド競馬協会(National Thoroughbred Racing Association: NTRA)が発表している数字は、極めて不正確です。NTRAの発表には統計を歪曲しているかなりの重複計算があります」と述べた。同氏は、サイマルキャスト発売金がサイマルキャスト放映の送信側・受信側の双方で計算されていることに言及した。
同氏は、動物は水溜りの水位が低くなると、互いを見る目が変わり始めると述べた。同氏は、そして「競馬界にいる我々は今、互いに相手を異なる目で見始めています。しかし、競馬界が互いを競争者として見る時代は終りました。我々は1つの家族なのです」と付け加えた。
ウィルモット氏は、パリミューチュアル・システムからの客の漏出と利ざやの侵食を食い止めるために協力すべきこと、その手段として、競馬統計を収集する組織(競馬場とジョッキー・クラブ(Jockey Club)が設立したエクイベース社(Equibase)のような組織)ではなく、サイマルキャスト放映を販売するための単一の組織体を設立することを提案した。
同氏は、設立を提案した会社をサイマルコ社(Simulco)と名づけた。同氏によると、サイマルコ社は、競馬場向けサイマルキャストの放映料と第三者である賭事運営会社向けのサイマルキャストの放映料を別々に設定する可能性がある。現在、第三者である賭事運営会社は、放映料を割引され、キャッシュバックを提供するのに十分な利ざやを得ている。同氏は、マグナ・エンターテインメント社(Magna Entertainment)やチャーチル・ダウンズ社(Churchill Downs Inc.)といった公開会社を含む競馬運営会社は、主要なサイマルキャスト放映に対して高額な放映料を請求することを検討していると述べた。同氏は高額な放映料の請求は、サイマルキャスト受信競馬場にとって、高価格/低利ざやのサイマルキャスト放映が低価格/高利ざやのサイマルキャスト送信競馬場に取って替わる原因となるだけであると確信している。
同氏は、「高額放映料の請求により、顧客は放映を楽しむことが出来なくなり、その結果、顧客をインターネットへとさらに駆り立てることになる」と述べた。
第三者である賭事運営会社は、サイマルコ社のような会社は独占禁止法違反になると声高に叫ぶであろうが、かつて弁護士をしていた同氏は、独占禁止法は過度な利益を生み出す価格協定を対象としていると述べた。そして、「いかなる競馬場も、過度な利益を得ていることはありません」と付け加えた。
ウィルモット氏は、次のように述べた。「我々は生きるために闘っており、我々の事業の支配権を握らなければなりません。私が言いたいのは、闘いを挑んで闘おうということです。我々が闘わなければ、なぶり殺しにされてしまいます。問題を真剣に考えて直ちに対処しなければ、我々の将来は極めて暗いものとなります」。
共通サイマルキャスト放映の検討
「国境なき競馬(Racing Without Borders)」というARCのテーマは、多国間における共通サイマルキャスト放映の必要性に焦点を当てた多くのプレゼンテーションの最重要項目であった。南アフリカのフメレラ・ゲーミング・アンド・レジャー社(Phmelela Gaming and Leisure)のブライアン・メイル(Brian Mehl)副会長によると、共通サイマルキャスト放映は、「絶望の末に」サイマルキャスト放映を開始した南アフリカの重要な収入源となっている。オーストラリアの賭事運営会社であるタブコープ社(Tabcorp)の最高経営責任者エルマー・フンケ・クッパー(Elmer Funke Kupper)氏は、共通サイマルキャスト放映の目標は、サイマルキャスト放映を通じて10分ごとに賭事機会を提供することであると述べた。同氏は、「我々は、いつでもいかなる競馬場からでも世界中に競馬を提供したいと考えています。我々がこれを可能にしなければ、ほかの誰かが実現させることになります」と付言した。
しかし、サイマルキャスト放映の世界的配信の妨げとなる国境が存在する。香港ジョッキー・クラブ(Hong Kong Jockey Club: HKJC)は現在、サイマルキャスト放映を伴う競走を1年間に10回提供できるだけであり、また日本中央競馬会は、外国の競馬に賭けをすることを禁止する法律のもとに競馬を運営している。
HKJCは、ロビー活動の結果、賭事税を売り上げ課税から利益課税にし、減税させることに成功した多くの競馬統括機関の1つである。減税に成功したことで、HKJCは控除率を引き下げ、新たな種類の勝馬投票を提供し、かつ最高の顧客に対してキャッシュバックを行うことが可能となった。賭事税が減税されて以降、馬券発売高は6%増加した。
シンガポール・ターフ・クラブ(Singapore Turf Club: STC)も勝馬投票税が発売高の12%から粗利益の25%に変更された際に同じような経験をした。STCのコー・ユン・グアン(Koh Yong Guan)会長によると、売り上げ総額は33%増加し、そのうち80%はそれまで海外の違法賭事運営会社を利用していた馬券購入者からの分である。控除率の引き下げは、海外賭事運営会社の利ざやをなくし、その結果これら賭事運営会社の多くは事業を閉鎖した。控除率の引き下げはまた、STCが顧客に対して独自のキャッシュバックを提供することと、割引を行うことを可能にした。
By Ray Paulick
〔The Blood-Horse 2007年2月3日「One World」〕