様々な症状を示す非定型筋障害(atypical myopathy)は、スクミ(tying up)に似た症状を呈し、死亡率が90%に達する急性筋障害で、ヨーロッパでは重点研究項目になっている。1995年にドイツで発症した非定型筋障害は、2週間で100頭を超える馬の命を奪った。この警戒すべき非定型筋障害は2000年以降、ベルギーとフランスで発症しており、最近では2006年にオランダで発症し、多数の馬が死亡した。ヨーロッパ10ヵ国の獣医師は、たとえ伝染性はなくても非定型筋障害が脅威になっていると考えている。最近、オランダの ユトレヒト大学(University of Utrecht)の研究者が、なんらかの原因による脂肪燃焼プロセスの遮断が非定型筋障害の発病機序であることを究明したことは朗報である。
一方、アメリカでは春から秋にかけて放牧している馬がスクミ症状を起こす原因不明の病気があり、これを季節性牧草由来筋障害(seasonal pasture myopathy)と呼んでいるが、この病気の一部が、実はヨーロッパで脅威となっている非定型筋障害である可能性が指摘された。ミネソタ州の研究者が当 初、季節性牧草由来筋障害[マルバフジバカマ(white snakeroot)の中毒]と考えられていた14症例を見直した結果、非定型筋障害であった可能性があると判定したのだ。
2006年のアメリカ獣医学会誌(Journal of the American Veterinary Medical Association)の報告において、ミネソタ大学神経・筋肉研究所(University of Minnesota’s Neuromuscular Diagnostic Laboratory)の部長ステファニー・ヴァルバーグ(Stephanie Valberg)獣医学博士が率いるグループは、「ミネソタ州の14症例とヨーロッパで発症している非定型筋障害との間に類似性がある」と記している。
ヴァルバーグ博士は、「季節性牧草由来筋障害は、湿って、冷たくかつ風の強い天候ときわめて強い関係があるため、アメリカの一定地域で広く発症している可能性があります」と述べている。
1998〜2005年に季節性牧草由来筋障害の疑いでミネソタ州立大学に運ばれてきた馬の内、14頭は、赤色尿症(筋色素尿症)、全身衰弱、筋収縮()、および長時間の横臥の症状を呈していた。心拍数と呼吸数の上昇が見られ、これらの馬は当初、疝痛と診断されていた。
さらに、これら14頭の馬の獣医学的な検査を行った結果、筋肉損傷の証拠となるクレアチンキナーゼとアスパラギン酸トランスアミナーゼの血中濃度上昇がみられたが、筋肉は、スクミを起こしている馬の筋肉ほど硬くなく、また痛みを訴えなかった。
獣医師は、抗酸化剤と抗炎症剤による集中治療を行ったが、この治療で救うことができたのは、14頭中わずか2頭だけであった。
臨床獣医師は筋障害の原因として、栄養上の理由ならびにモネンシン(牛の飼料に入っている抗生物質)による中毒説を排除し、マルバフジバカマ(牧草地に広く生えている有毒な多年生草本)が原因であると考えた。しかしマルバフジバカマの毒素(トルマトネ)は、死亡した後解剖された12頭の馬の肝臓から検出されず、また生き残った2頭の馬の尿からも検出されなかった。
そこで、ヴァルバーグ博士は、「ミネソタ州の12症例は、臨床症状、死亡率、剖検所見、病理学的所見、ならびに天候状態・季節性などの疫学的見地から、マルバフジバカマが生育していないヨーロッパ諸国で報告されている非定型筋障害と酷似している」と報告している。
散発的に発症するミネソタ州の季節性牧草由来筋障害と異なり、非定型筋障害は同じ牧草地で100頭を超える馬が発症する可能性がある。非定型筋障害は、春と秋の間に湿っていて草の少ない牧草地で草を食む若馬に集中的に発症する。体調が普通かまたは悪い若馬は、非定型筋障害に最もかかりやすいと見られているが、成馬でも発症が確認されている。死亡は、最初の症状が現れてから72時間以内に起きることが多い。
ヨーロッパで非定型筋障害を研究している主なグループは、ベルギーのリエージュ大学(University of Liege)でドミニク・ヴォション(Dominique Votion)獣医学博士率いるグループおよびオランダのユトレヒト大学でコーネリ・ウェスターマン(Cornelie Westermann)獣医学博士率いるグループである。アムステルダムとフランスのヒト筋障害の研究者も非定型筋障害の研究にかかわっている。
ヴォション博士は、「馬主からまれに報告される非定型筋障害の兆候は、嗜眠、食欲減退、疝痛、筋肉硬化または跛行です。馬はしばしば横臥します。前日に何の臨床兆候も示さなかったのに、翌朝に牧草地で死亡しているのが時折発見されます」と述べている。
非定型筋障害または季節性牧草由来筋障害にかかっている馬の50%は、心筋が衰弱している。
ヨーロッパでも非定型筋障害は、春から秋の冷たくて湿った天候および草の少ない牧草地で草を食む馬の間で多く発症している。
ヴォション博士は、自然排水の不十分な牧草地と栄養価の低い牧草ならびに霧による日照不足と過度な降水量や過剰な湿度などの天候状態が共に重要な要因であることをつき止めた。
ウェスターマン博士のグループは最近、非定型筋障害を引き起こす生化学プロセス[多発性アシル‐CoA脱水素酵素欠損症(MADD)と呼ばれる脂肪燃焼プロセスの遮断]を究明した。MADDは従来、ヒトの小児医療で究明されていた。ヒトの場合、MADDは幼児の心臓、肝臓および腎臓への脂肪浸潤を引き起こす。このまれな障害を持つ幼児が生存するのは通常、わずか数週間である。
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同博士は、「この発見により、尿検体および/または血液検体を用いて、この非定型筋疾患を確実に診断することと、研究の重点をいっそう効果的な治療法に 置くことが可能となりました。ただし、脂肪燃焼プロセス遮断の可能性のある原因として、真菌毒素に関するさらなる研究は、依然として必要です。最終的に は、MADDの防止が可能になるでしょう」と述べている。
ヴォション博士は、「研究者は、非定型筋障害の原因をまだ特定していませんが、原因因子によってもたらされる新陳代謝障害のいくつかを究明しました。次のステップは、原因を特定することです」と述べている。
非定型筋障害にかかっている馬は、元気がないのが共通の徴候であり、障害や腸管障害が伴うことが多い。馬主には、馬が飼料を完全に飲み込めるかどうか確 認するよう勧めている。低体温も問題となることがある。とりわけ牧草地に寝ているのが見つかった馬、すなわち冷たくて湿った地面に何時間も横たわっていた 馬の場合は、馬体を麦わらで強くこすり、次に毛布で覆うことが馬を温めるのに有効である。
ヴォション博士は、「馬のすべての動きは、筋肉破壊を増加させるので、馬をあまり動かすべきでありません。他方、馬はすぐに地面に横になり、立ち上がれなくなります。なしうる最善の方法は、集中的な看護を受けることができる厩舎に馬を運ぶことです」と述べている。
同博士は、非定型筋障害の死亡率が高いことを考慮して、危険な状態に陥っている馬を馬診療所に連れて行くことを奨励していない。
同博士は、「深刻な臨床症状−横臥、立ち上がり不能、激しい低体温等−に基づいて非定型筋障害の診断の可能性がかなり高い場合においては、入院のための不要な長距離の輸送を避けて、馬を薬殺処分することもやむをえません」と述べている。
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筋肉損傷が原因で排尿できない馬もいるため、ヴォション博士は、「膀胱に尿がたまると、馬は痛みを感じるので、非定型筋障害の古典的な治療に加えて、導尿などにより膀胱を頻繁に空にすることが必要です」と述べている。
最近ウェスターマン博士が非定型筋障害にかかった馬にMADDを発見するまで、臨床獣医師は非定型筋障害の治療法が分からなかった。従来の治療法は集中的な抗酸化剤投与だけであり、病気と闘っている馬の症状を和らげて馬を励ますという補完的看護であった。
ミネソタ州の調査で述べられている2頭の生存馬は、馬主が最初の臨床兆候に気がついてから4時間以内に治療された。これらの馬の1頭は、フェニルブタゾン(非ステロイド性抗炎症剤(NSAID))およびビタミンE(馬運動ニューロン病の症状を和らげるのに効果があることが科学的に証明されている抗酸化剤)で治療された。非定型筋障害が発症してから6ヵ月後に行われた追跡調査で、当初の治療担当獣医師は、この馬に非定型筋障害の臨床兆候が残っていないことを確認した。
もう1頭の生存馬には、ビタミンE、セレニウム(筋疾患にかかった馬の標準的治療薬)、ビタミンC(抗酸化剤)、ジメチルスルホキシド(DMSO−浸透性を向上させる溶媒で細胞層の組織損壊を制御するのに有効)の静脈内投与、バナミン(NSAIDの一種)および静脈内輸液による治療が行われた。この馬の 追跡情報は、入手されていない。
[Thoroughbred Times 2008年4月12日「Acute muscle disease in U.S.」]