海外競馬情報 2008年07月04日 - No.13 - 4
世界の競走馬調教法(オーストラリア・ニュージーランド)【その他】

スピード馬を作るオーストラリアの調教、長距離馬を育成するニュージーランドの調教

 オーストラリアおよびニュージーランドの競馬をアメリカ、カナダおよびヨーロッパの競馬と比較した場合、明らかな相違点の1つは、半年ずれた種付けシーズンから生じる直接的な結果である。

 オーストラリアの繁殖牝馬は、毎年9月1日から種付けが開始される。ニュージーランドでも同じことが当てはまるが、ニュージーランドの牧場が9月1日に種付けを始めることはめったにない。3週間程度遅く開始するのが一般的である。

 これは、気候条件の違いによるものであり、オーストラリア産馬がニュージーランド産馬より短距離馬として優れている理由の説明にもなる。反面、ニュージーランド産の長距離馬は、表面的にはオーストラリア産馬よりも自然条件の上から優位に立っているようだ。

 ニュージーランドは、オーストラリアに比べて年中かなり寒くかつ風が強いが、このことが時間をかけた長距離調教を行う理由となっている。常に気温が高いオーストラリアでは、ニュージーランドに比べ馬は短い時間で短距離競走向けに調教されることのほうが多く、したがって短距離馬がたくさんいる。オーストラリアにおける平均的な調教距離は、約61/2ハロン(約1,300m)である。このように相違点を自然条件に帰するのが一種の定説となっており、結果がある程度証明している。

 オーストラリアではほぼすべての1歳馬は、7月までに馴致される。したがって馴致者が1歳馬の馴致にとりかかるときは、これらの馬は生後約18ヵ月になっている。また、オーストラリアの多くの馬(2歳馬の約30%)は、生後24ヵ月になる前、つまりクリスマスのかなり前に競走に出る。

 ニュージーランドでは状況は異なっている。同国の2歳馬の大部分は、9月までには馴致者の手に預けられるが、ニュージーランドの2歳馬のうちクリスマス前に競走に出るのは、約7%にすぎない。

 ニュージーランドの考え方は、2歳馬は成熟するためには長い期間が必要であり、したがって3歳、4歳、5歳そして6歳になっても調教を続ける可能性が高いということである。

 オーストラリアでは、すべての馬は芝馬場で走る。キャンベラにサンド/ダートコースがあり、成果を挙げているが、このコースは約1%のオーストラリア馬に利用されているに過ぎない。オーストラリアとニュージーランドのすべての主要な競馬統括機関は、芝馬場で競走を施行している。馬はオーストラリアとニュージーランドで調教を受ける場合、芝馬場で速い時計の調教を受ける以外にも、多くの時間と回数をかけて、基礎体力養成のための調教および持久力向上調教のため、ハッキング(逍遥騎乗)、ジョグ、キャンターおよびペースワーク(1ハロンごとに均等のタイムを割り当てる騎乗)がウッドチップ馬場、サンド馬場またはゴム敷設馬場で行われる。調教の妨げとなる雪が調教センターに降ることは決してない。

 オーストラリアではプール調教は、調教の主要な要素であるが、ニュージーランドでははそれほど行われていない。

 オーストラリアの調教師の考えは、より高い教育を受け、グローバルな視野を持った新進気鋭の調教師の台頭によって、緩やかにではあるが変化してきている。

 オーストラリアの大部分の馬が入厩しているシドニーおよびその周辺は、女性調教師のガイ・ウォーターハウス(Gai Waterhouse)が勝馬を出し続けている。同調教師は、オーストラリアの最も偉大で伝説的なT・J・スミス(T.J. Smith)調教師の娘である。T・J・スミス氏の調教哲学は、“骨と筋肉の鍛錬”であり、管理馬は調教において常に最初から筋力を生かしてスピードを出すことを叩き込まれた。そして、競走においてスピードを生かして好位置をしめ、そのままペースを守って走り続けるスピード馬になるよう調教された。

 ウォーターハウス調教師の夫で、億万長者のプロギャンブラーであるロブ・ウォーターハウス(Rob Waterhouse)氏によると、調教に昔と大きく変わったところはないという。同氏は、「馬の栄養に関する考え方は、長年にわたって変化してきたと言うのは正しいと思います。ガイは、すべての管理馬に対して最高の飼料を与えます。馬は、入手しうる最高のエネルギー源を必要としますが、調教に関する彼女の考えは父親のスミス氏の考えとほとんど同じです」と述べている。

 北アメリカに比べて、オーストラリアでは発馬機から全力で馬を飛び出させる必要性は余りない。このことが、たいていの場合、ウォーターハウス調教師の管理馬がスタートで他馬からせりかけられることなく容易に先行して、ゴールにむかって全速力で走ることを可能にしている。オーストラリアの競走で距離にかかわらずスピード争いを見るのは実際にまれである。一般的に、騎手は他馬が先行しようとした場合、先行することを止めて後方につけ、最後の直線で追い込もうとするからである。

 ウォーターハウス調教師は、スピード調教と能力検定試験(barrier trials)に熱心である。能力検定試験は、オーストラリアとニュージーランドでは、調教師にとって不可欠な競走である。この競走の特徴は、次の通りで ある。発馬機からスタートし、一般的に5ハロン(約1,000 m)以下の距離で行われる“ミニ競走”である。各競馬統括機関の承認を受けて行われ、裁決委員の立会いのもとで行われるが、賞金は交付されない。騎手は、希望する負担重量で騎乗することができる。馬は御すことができさえすればよく、馬を追い続ける必要はない。この競走は、いわば“能力検定試験”であり、ウォーターハウス調教師は他の調教師よりも多くこの競走を利用している。

 オーストラリアの馬は一般的に、競走に出られる状態になるのに8週間かかり、90%の馬は出走日前に能力検定試験を終了させている。

 オーストラリアでは、北アメリカに比較して、スピード調教が重要視されているとはいえない。ウォーターハウス調教師の管理馬でさえ、5ハロン(約1,000m)を60秒未満で調教されることは決してない。5ハロンを60秒未満で走らないのは、走ることができないからではない。オーストラリアにおける調教文化がそうさせているのである。

 競走馬の大部分は、競走が近づくにつれて、競走前に1週間に1回速いギャロップをたとえば、3ハロン(およそ600m)行う。また競走サイクルに入っているときは、1週間に1回キャンター走行が1ハロンを約38秒かけて行われ、馬が仕上がるにつれて、最高4ハロン(約800m)まで距離が伸びる。

 しかし、デビッド・ペイン(David Payne)調教師(南アフリカの元リーディング調教師で、20年間の調教師生活において98頭のG1勝馬を輩出している)は、上述したようなやり方を避けている。

 同調教師は、6年前にオーストラリアに移籍し、すでに1頭のG1優勝馬を出しており、2歳馬の調教能力は伝説的である。ライバル調教師達は、ペイン調教師の2歳馬で収めている成功に畏敬の念を抱いている。

 同調教師は、次のように述べている。「私にとって、2歳馬の調教は簡単なことです。2歳馬は、無理な仕上げをする必要はありません。ペースワークと適度な調教だけで、2歳馬を精神的に張りつめた状態に保つことができます。調教に多くの時間をかける必要はまったくなく、私は若馬にあまりにも多くのスピード調教を課す調教師にいつも驚いています。いずれにしても、オーストラリアの競馬場は、そのような調教に向いていません。私の知る限り、オーストラリア競馬は世界一流であり、また馬も一流ですが、馬場はそうでありません。オーストラリアの馬場は、馬に優しく作られておらず、またオーストラリア人の競馬のやり方も馬のためになっていません。馬は、オーストラリアの競走に慣らされており、緩やかなコーナー地点にあるゴールまで3ハロン(約600m)の標識付近から一斉にスパートをかけ、全力で走り出します。私はオーストラリアでの6年間で、南アフリカにおける20年余りよりも多くの馬を故障させました。しかし、これはオーストラリア競馬の文化なのです」。

 「ヴィクトリア州のフレミントン競馬場は、世界一流の競馬場です。長くてまっすぐな走路を備えていて、競馬場が本来あるべき構造をしています。馬は、コーナーを嫌いますが、きついコーナーのために馬をだめにしてしまう競馬場がオーストラリアにいくつかあります」。

 ペイン調教師は、南アフリカで5ハロン(約1,000m)の距離がある坂路で馬を調教していた。同調教師は、「このような調教馬場を利用すれば、どのような距離にでも勝つ馬を調教することが可能です。日本にはこれと同じような調教馬場がありますが、これが日本の長距離馬の優れている理由です。オーストラリアではまったく異なる構造をした競馬場に適応しなければなりません。オーストラリアで馬を仕上げて健康に保つのは難しい点もあります。馬に年中スピード調教だけを行うことはできないと認識している調教師が増えているように思います。競馬場がそのような調教を許さないのです」と述べている。同調教師は、一方でオーストラリア産馬は過去数年できわめて強靭になったと述べている。

 一般的にオーストラリア競馬は、北アメリカの競馬と大きく異なっている。発馬機を飛び出す際のスピードは北アメリカと比べると段違いに遅い。そして、ペイン調教師がオーストラリア競馬は、最終3ハロン(約600m)で一斉にスパートをかけると述べているのは本当である。

 馬の出走間隔も異なっている。オーストラリアの馬主・調教師は大多数の国に比べて馬を頻繁に出走させる傾向がある。

 ペイン調教師は、「南アフリカでは、3週間か4週間の間隔で馬を競走に出すことはめったにありませんが、オーストラリアでは馬がレースの3日後に再びレースに戻ってくるのは珍しいことではありません。多くの調教師は、毎週のように馬をレースに出しています。このようなことは、南アフリカでは行われていません。私は3日間隔で馬をレースに出すことはありませんが、オーストラリアに来てから1週間に1回馬をレースに出すことが時折あります。自分のやり方を環境や状況に適応させることが必要ですが、オーストラリアは世界のどこの国や地域とも非常に異なっています。オーストラリアでは、スピード馬の生産を目指します。したがって、調教師はレースで馬にスピードを出させますが、それは主にレース中盤からです」と述べている。

 では馬は一体どれくらい多くのレースをこなせるのであろうか。最近のオーストラリアの調査では、平均的な馬は、1年に24回レースに出走し、一生の間に出走回数が100回の大台に達する馬も多くいることを示している。

By Ric Chapman

[The Blood-Horse 2008年3月1日「Horses in Australia are trained for speed,while New Zealand generally produces more stayers」]