アメリカのコンサイナーとして、常に売上げ上位を占めているカークウッド・ステーブル(Kirkwood Stables)は、2007年に58頭の2歳馬を合計852万1093ドル(約9億3700万円)で売却し、売上げランキングで2位に入った。
サウスカロライナ州に拠点を置く同ステーブルは、競走馬のセリ上場の準備事業と休養牧場事業を運営している。事業の重点は1歳・2歳馬のブレーキング・調教と有望な2歳馬を調教セールに上場することである。同ステーブルは毎年、約100頭の1歳馬をブレーキングしている。そのうち約半数は、2歳馬調教セールに上場し、残りの半数は依頼主のために調教し国内の競馬場に所属している調教師の元へ直接送り出す。
1970年代後半からサラブレッド事業に従事し、カークウッド・ステーブルの経営者であるクリストファー・"キップ"・エルサー(Christopher "Kip" Elser)氏は、サウスカロライナ州カムデンにあるスプリングデール調教センター(Springdale Training Center)を拠点としている。州が所有する同調教センターは、1930年代に設立され、2つのダート馬場のほかに複数の芝ギャロップ走路と追い切り走路を備えている。同氏は、同調教センターは若馬のブレーキングと調教に好適な場所であると考えている。
一般に、ファシグティプトン社(Fasig-Tipton Co.)のケンタッキー7月1歳馬セレクトセールとニューヨーク州サラトガスプリングスの1歳馬セールで購買された1歳馬は、8月中旬にブレーキングが始まる。1歳馬の大多数は、ケンタッキー州で開催されるキーンランド協会(Keeneland Association)の9月1歳馬セールで購買され、その後にブレーキングプロセスに入る。1歳馬のおよそ半数は、公開セリで購買され、残りの1歳馬 は庭先取引で購買される。
エルサー氏は、若馬のブレーキング・調教の秘訣を語ってくれた。
同氏は、若馬が調教セールに上場されるか、または競馬場に直接送られるかにかかわらず、目標は基本的に同じであると述べている。
同氏は、「私たちは若馬を、自信をもって喜んで走る様に育てることを1つの目標にしています。したがって、精神の鍛錬は肉体の鍛錬と同じように重要です。それは難しいときもありますが、複雑ではありません」と述べている。
同氏は、現在セリで購買される1歳馬の大多数は、騎乗調教の準備過程として、十分なブレーキングを受けていると考えている。
同氏は、「上場準備過程を経た1歳馬は、予備的訓練をその他の馬より多く受けているので、ブレーキングするのにあまり時間はかかりません。上場準備過程では馬の背に負荷をかけることだけは行っていません。これは、誰かを背に乗せるということにすぎません。生産者から直接送られてきた馬で、上場準備を経ていない馬については、もちろんゼロから始めることになります」と述べている。
胴締め馴致
エルサー氏の好みは、まず若馬の全てに胴締帯を装着し、それに慣らすことである。胴締帯は、背に鞍が装着されたときに感じる圧迫に似た感じを胸部に与える。1歳馬は、胴締帯を着けてラウンドペン(円形遮蔽運動場)へ連れて行かれる。
同氏は、次のように述べている。「胸部に圧迫を感じながら元気よく前進歩行することに、1歳馬を慣れさせたいのです。セリで購買された1歳馬に関しては、口にハミを着けることにすでに慣れていますので、ハミにつながった手綱を胴締帯と連結します。その他の1歳馬は、まず胴締帯だけを着けて行います。馬は胸の周囲に感じる圧迫に慣れる必要があります。これは頭絡とハミを着ける前に、馬が胴締帯の圧迫を気にせず前進歩行することと、圧迫下の呼吸に慣れてもらいたいからです。つまり、馬が前進歩行する際にスムーズに呼吸するようにしたいのです」。
「私たちは最初に、胴締帯を装着してラウンドペンで調馬索調教(longe)を行います。馬に調馬索(longe line)を着けないでラウンドペンを利用して、非常に優れた調教をしている人がたくさんいますが、私は1本の調馬索を使って調教を始めます。これは私のやり方です」。
ハミ受け馴致
1歳馬のハミ受け(ハミを通じた騎乗者の指示を理解する)馴致を始める際、エルサー氏は"大きくて太いハミ"を好んで使い、細いハミの使用を避けるが、これは細いハミは鋭利すぎて馬の口角と口内(歯槽間縁:馬がハミをくわえる上下顎に歯のない部分)を傷つけることがあるためである。同氏は、ゴム製のハミを使用することに抵抗はないが、ゴム製のハミはすぐに噛まれて破損する欠点がある。1歳馬がハミ受けに関してもう少し訓練を要する場合、同氏はハミの両端の上下に枝の付いたハミを利用する。これは、その枝が手綱を通じた騎乗者の指示を左右の頬を圧迫する形で伝えることが出来るからである。ブレーキングプロセスの後半になって、馬が期待通りにハミをこなしていないように見える場合、エルサー氏は銅製のローラーが付いているハミを使用するが、必ずしもすべての1歳馬にこのハミを使用するわけではない。
多くの調教師は、ドライビング[馴致担当者が騎乗せずに2本の長い手綱(long lines)を馬の後で操作しながら馴致する]を好んで用いて1歳馬の馴致を始めるが、エルサー氏はあまり用いない。
同氏は、「私がドライビングをあまり用いないのは、それを信頼しないからではありません。ドライビングは、1歳馬の調教初期にすばらしい効果があります。ただ、騎乗馴致の大部分を自分で行っていたときに、馬の後ろについていくよりも、騎乗しているほうが口向き(ハミ受け)を作りやすいと感じたのです」と説明している。
カークウッド・ステーブルで1歳馬は、標準的なナイロン製の頭絡を着けてブレーキングと調教を受ける。エルサー氏は、「革製の頭絡のほうが好きですが、皮膚病を少なくするために、抗菌性石鹸で洗浄することができるナイロン製の頭絡を多く使用しています。ブレーキングを始める際に、馬が皮膚病にかかると、ブレーキングはかなり遅れることになります。さまざまな場所から来た馬が多数いる場合には、初めての環境にさらすことになるため、余計な回り道を避ける必要があります」と述べている。
セリ上場準備を経てきた馬は一般的に、ブレーキングが進んでいるため、鞍と頭絡を装着してからわずか2日後に騎乗者を乗せることができる。牧場から直接送られてくる2歳馬は通常、騎乗者を乗せるまでにおよそ7日間から10日間を必要とする。
騎乗馴致
最初の騎乗(馬の背に負荷をかける)馴致は、馬の最も居心地よい場所で行われるべきであり、それが馬房あるいはラウンドペンのこともある。エルサー氏は、「馬房のような狭くて囲われている場所にいるほうが安心する馬がいます。他方、もっと広い空間を必要とする馬には、ラウンドペンで騎乗馴致を始めます。私たちは馬の好みを重視します。ですから、私の好みで、どこで騎乗馴致を始めるか決めることはありません」と述べている。
同氏は、ラウンドペンの路面は重要であると述べている。馬の骨と関節に強い衝撃を与えるので、表層はあまり固すぎてはいけない。他方、馬が骨や筋肉を傷める恐れがあるので、表層は深すぎてはいけない。スプリングデール調教センターにあるラウンドペンの表層は、砂がベースになっている。
1歳馬の最初の騎乗馴致に際して、前に動かない場合、エルサー氏は馬の前方から引くのではなく、馬の後方からドライビングを行う。
同氏は、「騎乗者が馬に前進歩行の指示を与えている際、助手が馬の後ろからドライビングで前進歩行の指示を与えて、馬に教えこむようにします」と述べている。
これらの初期の基礎作りと騎乗馴致の課程は不可欠であるが、エルサー氏はいずれの課程もあまり長く続けて行うことを好まない。同氏は、「馬に非常に長い時間をかけて、基本的にすべての過程を1日で終わらせる人がいますが、私はそのようなことはしません。第一に、我々は多くの馬を管理しています。馬が騎乗馴致されていようと、調馬索馴致されていようと、馴致の1課程を約30〜40分としています。馴致内容が40分を超えるときは、無理をせず残りを午後の課程で行うほうがよいことに気づきました。覚えの悪い馬は、長い課程を1回で行うよりも1日の馴致で40分の課程を2回行うほうがよいと考えています」と述べている。
馬がラウンドペンでのブレーキングを順調にこなした場合、エルサー氏は馬をラウンドペンより広い角馬場へ移すが、これは馬を非常に狭い場所にとどまらせることにより、前進気勢を阻害したくないからである。
この段階の馴致・調教の大部分は、常歩と速歩で行われる。これは、速歩が若馬の最初の運動として優れた歩法だからである。1歳馬がこの段階でキャンター(緩駆歩)になったときは、騎乗者は馬を急いで止めようとしないで、楽にして速歩に落とすべきである。騎乗者が1歳馬にキャンターを実際に要求するまでには通常、3〜4週間かかる。
エルサー氏は、「前進気勢は非常に重要です。単に柵に沿って歩かせるのではなく、速歩で、8字形やS字形で歩かせます。少しでも馬が前へ歩き速歩するようになったら、充分な前進気勢を伴う自由でリラックスした常歩を求めます。前進気勢があってこそ馬を操ることができるのです」と述べている。
この時点で、ほかの馬を角馬場に入れ複数の1歳馬を大きな角馬場でグループになって歩行するように運動させる。同氏は、「馬が一列縦隊で進むのは好きでありません。それぞれの馬が自分の進む方向に視線を向け、ほかの馬が周りで歩いているのに慣れさせます」と述べている。
最終ステップ
1歳馬はこの段階を十分にこなすようになると、最終の課程に進む準備ができている。騎乗者は次に、馬を柵のない広い場所に連れて行き、そこで騎乗を続ける。
エルサー氏は、「馬を柵のある走路馬場で調教することはそれほど重要だと思いません。馬にかなりの距離を歩かせて調教している限り、初期調教のほとんどは走路馬場で行う必要はないと考えています。したがって、初期調教では、前進歩行することと、柵のない広い場所へ連れて行ってほかの馬と一緒に歩くことを覚えさせることに重点を置きます。馬が競走馬として成功するためには、初期調教は建設的な体験であることが必要です。これは、何よりもまして自信と意欲の問題です。もしこれが"楽しむ"ことを意味するのであるならば、それで結構ですが、ただ単に馬に好きなことをさせて"楽しんで"いて欲しいわけではありません。自分が馬にしてもらいたいと思うことを馬が喜んで行うよう調教します」と述べている。
同氏の調教計画は、毎週1歳馬が前週の最終日にしたことより少し多くのことを行うように立てられている。1歳馬が鞍を装着されてから6〜8週間で長い速歩をしながら時には森を通り抜け、また別の時には走路馬場で短いギャロップを行うのが典型的な調教計画である。約2ヵ月後、1歳馬はほぼ毎日1マイル(約1600m)のギャロップを行う。
2歳馬調教セールを目標にしている馬と競馬場に直接送られる馬の間に基礎的な体力づくりに違いはない。
エルサー氏は、次のように述べている。「唯一の違いは、調教計画の立て方です。調教セール上場を目標としている馬の場合、セール開催日から遡って、行うべき事柄を列挙した調教計画を立てます。最初の追切り(breeze)に続いて併せ馬で2分間のスピード調教(two-minute licks: 200mを15秒で1600 m走る)を行います。馬は仲間と一緒に走る場合はうまく走行しますが、調教セールでは単走できなければなりません」と述べている。
同氏はまた、「グループでの一定量の基本的な調教を行った後、調教セールを目指す馬は、単独で全速力を出すことを学ばなければなりません。調教セールできちんとしたパフォーマンスを見せるために、全速力を出す自信を身につけさせる必要があります。コンサイナーにとっては手間が増えるだけなので、私としては調教セールをグループで展示走行をさせた昔に戻すことができれば良いのにと思っています」と述べている。
優秀な調教スタッフ
ブレーキングプロセスの間、エルサー氏は同氏のもとで長年働いているスタッフの手を借りる。同氏は、自らすべての1歳馬に乗りたいのだが、それは不可能であり、若馬のしっかりとした基礎的な調教を騎乗スタッフに任せている。
同氏は、次のように述べている。「私のステーブルには私のもとで長年働いている優れたスタッフがいます。また私も何頭かの馬は常に自分で調教しています。テキサスで調教センターを経営しているキース・アスムッセン(Keith Asmussen)氏は、私の尊敬する1人です。同氏は今でも自身の若馬すべてに騎乗調教を行っています。同氏は、私たち全員にとって手本ですが、我々のステーブルの状況では、私にはすべての馬に毎日騎乗して調教する時間はありません」。
「初期調教計画を成功させるためには、熱意をもって仕事をし、かつ意欲的に若馬の馴致・調教を行う優れたスタッフがいなければなりません。まずその人の仕事に対する姿勢を見極めなければなりません。そして能力水準を確かめます。彼らが馬に感情移入をして仕事をきちんとしたいと希望する限り、それが男性であるか女性であるかは取るに足らないことです。ステーブルには幸運にも合衆国ポニー・クラブ(United States Pony Club)で選手として活躍した男女の騎乗者がおります。また、生まれつき馬の調教センスのある若者やかつて騎手をしていたものの、体が大きくなりすぎた年配の人も来てくれます。馬に対する姿勢とセンスは、私にとって性別や経歴よりも重要なことです」。
エルサー氏は、自分の初期調教計画は長年にわたり作り上げられてきたものであり、馬およびその調教に携わる人々の両方について馴致・調教プロセスを順調に進ませることを意図していると述べている。
同氏は、「私は馬の初期調教をこれまで延々と行ってきたかのように感じることもあり、また昨日始めたように思うときもあります。調教計画を作成するのに長い年月を費やしました。そしてこの調教計画は、長年成功してきました。この計画は、全体として1つのプロセスであり、そのいずれかが成功の秘訣であるとか、または正解であるということはありません」と述べている。
同氏はまた、所有馬の大多数が、所期の目標を達成していると述べる。調教中の事故について、同氏は何か重大なことが起きる前に、あるいは問題が深刻になる前に調教を中止するか、または緩めることが鍵であることを学んだ。
同氏は、次のように述べている。「大事なことは、基本的な優れたホースマンシップです。何が何でも調教を続けるということはしてはいけません。最も重要なのは、競走馬という商品を生産することであり、いつまでに生産するかではありません。時期が最も重要だとすると、商品である競走馬の多くが危険に晒されることになります」。
「私たちは、馬に付加価値を生み出すべく非常な努力をしているのであって、馬が競馬場に行くまでの時間を単に埋めているわけではありません。仕事をきちんとやれば、競馬場に行って競走に勝つ商品としての競走馬を作り出すことに繋がります」。
蹄の摩滅の観察
セリに上場される1歳馬は、ほぼ前肢に蹄鉄を装着している。エルサー氏は、馬の肢が十分に成長するまで、1歳馬の前肢の蹄鉄を着けたままにしている。肢が成長したとき、同氏は前肢を跣蹄にし(蹄鉄を外し)、しばらくの間肢に一切蹄鉄を装着しない。 同氏は、次のように述べている。「自然の状態で蹄がどのように摩滅するのかを見たいのです。肢が、成長して太くなり始めたとき、また放牧や引き馬だけのとき、摩滅が異なってきます」。 「私は、できる限り跣蹄にしておき、装蹄する前に1歳馬の蹄がどのように摩滅し、また欠損するのかを見ます。各馬を調べ、蹄鉄を必要としているように見える場合には、前肢に蹄鉄を装着します。多くの1歳馬は、しばらく調教してから後肢に蹄鉄を装着します。蹄鉄を装着せずに本格的な調教走行を行うことはほとんどありません。私たちのステーブルは、砂の多い地区にありますので、調教のたびに馬の蹄は小さな自然の摩擦器(やすり)がかけられているようなものです」。 |
By Cynthia McFarland
[Thoroughbred Times 2008年9月13日「Laying a solid foundation」]