肢から肢へ、また関節から関節へと移動するような不可解な跛行を示す馬はライム病[Lyme disease−鹿ダニ(deer ticks)によって伝染する細菌性感染症]にかかっている可能性がある。また、ライム病は馬の性質をいつもより気難しくすることがある。
コネティカット大学(University of Connecticut)の病理生物学准教授で、ライム病研究の第一人者の1人であるサンドラ・ブッシュミッチ(Sandra Bushmich)獣医学修士は、これらの2つの症状はライム病の典型的な症状であると述べている。
同氏は、「馬は、球節や飛節の痛みのために跛行を起こすことがあります。しかし、馬がある関節痛のため跛行し、翌日には別の関節痛のために跛行するのはきわめて異常なことです。その際、しばしば発現するもう1つの症状は行動の変化です。非常に意欲のあった馬が調教を望まなくなったり、また快活であった馬が大変気難しくなるのです。これは、微妙な変化ではありません。馬は大変気難しくなり、行動が劇的に変わります」と述べている。
ライム病は、中部大西洋地域からニューイングランドまでの東部諸州、中西部の五大湖地域およびカリフォルニア州(大部分はサクラメント周辺)で流行する。ライム病はボレリア・ブルグドルフェリ(Borrelia burgdorferi)という細菌に汚染された鹿ダニが馬を吸血することによって伝播される。この細菌が馬の体内に侵入して発病するまでの潜伏期間は少なくとも12〜24時間である。
鹿ダニは、通常犬に寄生する茶ダニ(brown ticks)に比べてはるかに小さい。成長した鹿ダニは、直径が約1.4ミリ、すなわち10セント硬貨の裏面に書かれている“ダイム(DIME)”の文字の“M”くらいの大きさである。幼虫期の鹿ダニは非常に小さいためほとんど目に見えない。幸いなことに、成長期の鹿ダニは見つけることができる。馬が最も感染しやすい早春と秋に一番活発になるため、飼主は1日に2回馬を念入りにチェックすれば、ライム病を引き起こす前に鹿ダニを駆除することが可能である。
難しい診断
ライム病の診断は、馬の跛行が筋肉や骨格の疾患が原因なのか、または蹄の疾患に起因するか否かを確認する徹底的な跛行検査による消去法によって行われる。しかし、ライム病診断の有効な手がかりは、前日に痛くて腫れていた関節が翌日には正常になり、今度は別の関節が痛くなり腫れるという症状を示すことである。
ブッシュミッチ氏は、「跛行部位が移動するのはよい手がかりとなります。というのは、関節から関節へと移動する疾病、そして馬の不可解な行動を伴う疾病はほかに多くないからです。馬を見れば、“これはおかしい”と感じます。このように感じた場合に、自分がライム病の流行地域にいるときは、その症状はライム病だと考えるべきです」と述べている。
馬の行動がなぜ劇的に変化するかは誰にも分からないが、1つの理論はヒトのライム病(遊走性紅斑と神経症状を特徴とする疾患)のように、馬は頭痛のほかに全身に痛みと苦痛を感じるのではないかということである。
ブッシュミッチ氏は、「馬が頭痛を感じるかどうかは私にはわかりませんが、一般的に馬は気分がすぐれなくなり、また怒りっぽくなります。私の推測では、馬にある程度の機能障害と不快感が生じて、多分馬は頭痛のようなものを感じます。馬の体に触ると痛がったり知覚過敏であることがしばしばあります。また、刺激に敏感であるか、背に痛みがあります」と述べている。
その他の症状には、微熱と全身のこわばりが含まれる。
馬はライム病の原因であるボレリア・ブルグドルフェリ菌にさらされた場合、たとえライム病の臨床徴候を示さなくても、同菌に対する抗体を獲得する。ライム病の病原菌に冒された馬のうち症状を示すのはわずか10%である。抗体の存在を確認するために2つの血液検査が利用される。1つは酵素免疫測定法 (enzyme-linked immunosorbent assay:ELISA 量的抗体検査)であり、もう1つは情報を多く提供するウェスタン・ブロット検査(Western blot test 質的抗体検査)である。
抗体の存在は馬がある時点においてボレリア・ブルグドルフェリ菌に冒されたことを意味する。そのため、検査の価値は馬が同菌に冒されたことがないことを示す陰性の結果が出たときだけである。
ブッシュミッチ氏は、「検査結果が陰性であれば、ライム病の可能性をほぼ排除することができます」と述べている。
残念なことに、馬の症状が活動性ライム病の感染によって明らかに起きたことを確認できる検査法は存在しない。
治療の際における注意
ライム病の標準的な治療は約1ヵ月間、馬の飼料に抗生物質のドキシサイクリンを1日に2回混ぜることである。経口ドキシサイクリンは錠剤とカプセルの形で入手することができる。錠剤は粉末に砕いて飼料に入れ、またカプセルは切り離して飼料に混ぜることができる。
ブッシュミッチ氏は、「馬が回復するのには時間がかかり、馬のダメージは一定ではないので、一般的に治療期間を延長することが賢明です。経口ドキシサイクリンを投与し終わった後で馬の反応がよくないか、または症状をぶり返した場合、我々はしばしばテトラサイクリンの静脈内投与を行います。
同氏は、テトラサイクリンの静脈内投与は経口投与より有効であるが獣医師によって投与される必要があるためにより難しさがあると述べている。これは馬が治療の間、おそらく入院の必要があり、静脈内テトラサイクリンの投与を容易にするためにカテーテルが静脈に挿入されなければならないためである。
ブッシュミッチ氏は、「馬に対して一度に大量の抗生物質を投与しなければなりません。つまり、ボレリア・ブルグドルフェリ菌が潜伏しやすい中枢神経系統、関節およびその他の部位に高いレベルの抗生物質投与が必要です。抗生物質の静脈内投与を1週間に何度も行い、その後に抗生物質の経口投与を3週間行わなければなりません。別の方法で抗生物質の投与を行っている人々もいます」と述べている。
治療の効果は通常2日ないし5日後に現れ、馬は後遺症を残すことなく回復する。
ブッシュミッチ氏は、ライム病の治療を受けた馬の約1%は、ハークシーマー反応(Herksheimer reaction)を示すと警告している。この反応は、多数のボレリア・ブルグドルフェリ菌の死が、蹄葉炎(蹄部の主要な骨である蹄骨を支える蹄皮膜内の結合組織の炎症)を引き起こすことのある毒素の放出をもたらすときに起きる。ハークシーマー反応はまた、治療開始後1日か2日の間、症状の悪化をもたらす。
同氏は、「私が勧めるのは、馬が治療を受け始めて4日か5日の間は1日に2回体温、脈拍および蹄葉炎の兆候を調べるために馬をチェックすることです。大部分の馬は大丈夫ですが、飼主が蹄葉炎の兆候に気づいた場合は直ちに獣医師を呼ぶ必要があります」と述べている。
馬は、ライム病に対する永続的な免疫力を獲得することはないので、いったんライム病にかかった場合、馬が当初の感染を再発したのか、または新たな病原にさらされたのかを確認することは困難である。
ブッシュミッチ氏は、「馬は、たとえ抗体反応が陽性でも、繰り返し感染することがあります。またヒトもそうです。細菌は、表面たんぱく質を少しずつ変化させて、多くの方法で免疫作用を免れることができるのです。したがって、馬は若干異なった別の変種細菌に何度も冒され、これを繰り返すことになります」と述べている。
体調の悪い馬、栄養不良の馬、絶えず健康上の問題を抱えている馬またはその他のストレスを持つ馬は、おそらくボレリア・ブルグドルフェリ菌に感染しやすく、またライム病を再発しやすい。したがって、抗生物質による治療に加えて、飼主は馬の健康を常に維持し、かつ馬の生活と環境におけるストレスを取り除くことが必要である。
馬のライム病に効くワクチンはないため、予防が唯一の方法である。ライム病が流行している地域の飼主は、牧草を常に刈り揃えることと、山積みになっているごみを片付けることが急務である。ダニ駆除剤の使用は、馬の頭、頸、肢、腹の部分および尾の内側にとりわけ推奨される。馬を頻繁かつ念入りに手入れして、ダニを駆除することもボレリア・ブルグドルフェリ菌にさらされるのを抑制する。
ダニを安全に駆除するためには、皮膚を刺す口器をピンセットでつまみ、ゆっくりと取り除くことが必要である。
By Denise Steffanus
[Thoroughbred Times 2008年7月5日「Puzzling Lameness」]