1996年、カリフォルニア大学デービス校(University of California at Davis)の著名な研究者グループは、競走馬の筋骨格系の致命的な損傷と前肢用鉄頭歯鉄(トークラブ:歯鉄)の関連を調査した。調査結果によると、前肢に歯鉄を装着された馬は管骨の球節部骨折を起こす可能性が17.1倍高く、球節の支持に働く靭帯や腱の故障を発生する可能性が15.6倍高く、また命を救うことが困難な予後不良の故障に陥る可能性が3.5倍高いことを示した。
作家で元調教師のトム・アイヴァーズ(Tom Ivers)氏は、1983年、その著書『健全な競走馬』(“The Fit Racehorse”)において、同じ危険性を指摘した。同氏は、「歯鉄は、蹄が着地後、滑走して適正な位置に止まるまでに、管骨や腕節へ強い衝撃を与え ながら、蹄を急激に止まらせます」と同書で述べている。
ペンシルベニア大学ニューボルトン・センター(University of Pennsylvania’s New Bolton Center)の臨床獣医学部長で、骨折予防の世界的権威であるデーヴィッド・ヌナメーカー(David Nunamaker)氏(獣医学博士)も予後不良の故障と歯鉄の関連に懸念を表明している。
同氏は、「歯鉄のことを一瞬でも考えるならば、“歯鉄はどのような作用をするのだろうか?”を問うべきです。歯鉄は地面を強く捉えるようにできていま す。その一方、歯鉄は大きな除雪機のような形をしていますから、歯鉄が着地時に地面に滑り込んだときには、その他の形状の蹄鉄よりも蹄が急激に止められることが想像できます」と述べている。
ヌナメーカー氏は、自分の理論を確かめるために、調教中の馬の蹄に加速度計を接着して、歯鉄が引き起こす急激な減速によって蹄に生じる加速度を測定した。この調査にはバーリントンの電子機器メーカー、マイクロストレイン社(MicroStrain Inc.)が協力した。
同氏は、「ある事例で、歯鉄を装着された馬が重力の450倍に相当する450G(重力加速度)を超える加速度(衝撃)を示したことを知り非常に驚きました。馬が一完歩ごとに、とてつもなく大きな衝撃を受けることを想像してほしいのです」と述べている。
しかし、このような情報が提供されているにもかかわらず、馬主・調教師の中には馬の前肢に歯鉄を使用することに固執している者がおり、また歯鉄の使用を許可している競馬統括機関もある。
歯鉄禁止の動き
グレイソン・ジョッキークラブ研究財団(Grayson-Jockey Club Research Foundation)とジョッキークラブ(Jockey Club)から協力と資金を受けている“競走馬の福祉と安全に関するサミット会議(Welfare and Safety of the Racehorse Summit)”は2007年、馬に与える歯鉄の影響を調査するために“蹄の保護と装蹄に関する委員会”を発足させた。同委員会の委員長は、ケンタッキー 州ヴァーセイルズにあるウィンスター牧場(WinStar Farm)の共同所有者で、サラブレッド馬主・生産者協会(Thoroughbred Owners and Breeders Association)の会長をしているビル・カスナー(Bill Casner)氏である。
現在、競走馬の前肢に歯鉄を使用することを禁止しているのは、カリフォルニア、ニューメキシコおよびインディアナの3州である。しかし、カリフォルニア州は、クォーターホース競走については、より具体的な調査を要求している同業界の意見を受け入れ、歯鉄を容認している。
カスナー氏の委員会は、さまざまな馬場における歯鉄の競走馬への影響に関して継続的な調査を行っている。高速度ビデオカメラを用いて馬の前肢の動きを1コマごとに分析することにより、前肢の正確な動きと、完歩ごとの蹄と馬場表面との関係を綿密に調べることができる。委員会は、異なるダートコース(レッドマイル・スタンダードブレッド競馬場、レキシントンのサラブレッド・センター、ポリトラック)でさまざまなタイプの蹄鉄[歯鉄、平坦蹄鉄(クイーンズプレート)、一文字鉄頭蹄鉄(スクエアトゥ)、卵型連尾蹄鉄(エッグバー)]を装着した馬を撮影した。
カスナー氏によると、このビデオ分析の結果、歯鉄は着地時のグリップ力を増大しないばかりか、蹄尖が路盤から浮き上がる結果、反回(蹄が離地する直前に蹄尖を支点に蹄が回転する動作)を遅らせることを示しているという。
同氏は、「本当に問題なのは、馬の肢が路盤に着くときに何が起こるかに関して、完全な誤解があることと、理解が不足していることです」と述べている。
高速度ビデオカメラによる分析結果
カスナー氏は、馬の蹄は蹄踵から先着するか、または蹄を平坦に踏着するときは、高速度ビデオで見ると、着地後に前に滑るように進むと説明している。
同氏は、さらに次のように述べている。「その後に蹄尖部が路盤に達した瞬間に、前進しながら浮き上がり始めます。この浮き上がりは、歯鉄によって促進されますが、これは歯状突起がクッション層の中で制動効果を発揮するためであり、その結果として歯鉄は抵抗が最も少ないところに向かって動くからです。つまり、歯鉄が馬場に接地してクッション層にもぐり込み、蹄が滑走するにつれて、蹄尖部は浮き上がり始めます。したがって、実際には歯鉄によるグリップ力の確保は起きていません。これは歯状突起が路盤から離れるためです」。
「歯状突起が路盤に達した瞬間には下肢部の関節に強い衝撃を与えます。蹄冠の周りにひずみが生じるのを高速度ビデオで見ることができます」。
カスナー氏は、馬の後肢は推進力をもたらし、この目的のために強大な筋肉を備えているが、前肢は主に腱、靭帯および最小限の筋肉がついている骨から構成され、次の一完歩を踏み出す準備のために馬の前躯を支える機能を有していると指摘している。
同氏は、「馬が蹄の反回を速くでき、また前肢が前躯をうまく支えられれば、馬はより速く走ります。とりわけ、長く、しかも地面に対しておよそ45度の角度の繋(第1〜第2指骨)を持つサラブレッドの場合、歯鉄を使うと、馬は反回のために余計な努力をしなければなりません。平坦蹄鉄(クイーンズプレート)を装着された馬はむしろ速く走ります。その理由は次のとおりです。平坦蹄鉄は、蹄が前に動くときに路盤との接触面積が大きく、蹄の滑走が少なくなるので、優れたグリップ力を提供します。また、蹄尖部の浮き上がりは少なく、蹄は容易に反回することができます」と述べている。
競馬界の反応
前肢の蹄鉄に歯鉄の使用を禁止しているのは現在のところ3州だけである。カリフォルニア州はクォーターホース業界の懸念を受け入れたが、インディアナ州とニューメキシコ州はクォーターホースにも歯鉄の使用を禁止している。
カスナー氏は、「ニューメキシコ州のクォーターホース競走は、国内で最高級の競走です。クォーターホース競走で歯鉄を着けなくても同じように速く走ることを証明することは容易であると私は考えています。実際に試してみれば、クォーターホースは歯鉄なしでもより速く走ることを示してくれるでしょう」と述べている。
委員会は古参調教師に歯鉄の使用を止めるように説得しているが徒労に終わっている。
同氏は、「一定のタイプの蹄鉄を装着した馬が優勝すると、みんな同じ蹄鉄を使いたがります。競馬には多くの迷信、多くの神話、そして多くの根拠のない伝説があります。先人の教えには精査に耐えるものもあり、私は年配の人々が守っていることを否定するつもりはありません。しかし、それが妥当であり、かつ一番馬のためになるかどうかを常に問わなければなりません」と述べている。
一流調教師にとっては、この種の話は別である。カスナー氏によると、国内の主要な競馬場に所属する一流調教師の90〜95%は、かなり前から前肢の蹄鉄に歯鉄を使用しなくなっている。
同氏は、「アメリカでトップ10の調教師で歯鉄を使用している者はいないと思います。私は、トッド・プレッチャー(Todd Pletcher)、ディック・マンデラ(Dick Mandella)、スティーブ・アスムッセン(Steve Asmussen)、オーエン・ハーティー(Eoin Harty)およびデール・ローマンズ(Dale Romans)の各調教師は歯鉄を使用していないと断言できます。事実、多くの一流調教師は歯鉄を使用していません」と述べている。
カスナー氏は、委員会は更に調査を行い、蹄と馬場表面に関して、馬を安全に保つために何をすべきかについて馬主・調教師を引き続き啓蒙するつもりだと述べている。
同氏は、「これは、進行中のプロジェクトであり、私たちは答えを求め続けます」と述べている。
By Denise Steffanus
[Thoroughbred Times 2008年1月26日「Push to scrap toe grabs」]