競馬場で馴致・調教される若馬
ここ数十年間、南アメリカの馬が北アメリカに移籍して、強靭で耐久力のあるG1馬に成長していくのを見てきた。これらの馬がアルゼンチン、ブラジルおよびチリから来た多数のスター馬の一部なのか、あるいはウルグアイとベネズエラからたまたま出た駿馬だったのかにかかわらず、南アメリカの馬は米国のみならず、いまではドバイにおいても恐るべき競争相手であることが証明された。
南アメリカ全土から、米国でチャンピオン馬に輝いた馬が出ている。すなわち、年度代表馬と牡古馬チャンピオンになったインヴァソール(Invasor、ウルグアイ)、3歳牡馬チャンピオンになったキャノネロII(Canonero II、ベネズエラ)、2回古牝馬チャンピオンになったバヤコア(Bayakoa)とパセアナ(Paseana)(ともにアルゼンチン)、古牝馬チャンピオ ンになったリボレッタ(Riboletta、ブラジル)ならびに芝馬チャンピオンとなったクーガーII(Cougar II、チリ)とルロワデザニモー(Leroidesanimaux、ブラジル)である。加えて、過去10年間に米国で活躍した馬として、ジェントルメン (Gentlemen)、キャンディライド(Candy Ride)、ピコセントラル(Pico Central)、サンドピット(Sandpit)、サイフォン(Siphon)、リドパレス(Lido Palace)、ホスト(Host)といった馬がいる。米国のホースマンがますます南アメリカに馬を探しに行くのももっともである。
これらの馬をそれほど有能にし、強靭にしかつ持久力をつけさせる理由は何であろうか。
ウルグアイのサラブレッド血統書を発行する会社の社長で、著名なオーナー・ブリーダーであるアリエル・ヒアノーラ(Ariel Gianola)氏は、「馬を生産するための最高の土壌がアルゼンチンとウルグアイにあります。アルゼンチンでは、1メートル掘ると、黒い土が現れてきます。隣国同士のアルゼンチンとウルグアイでは、土壌にミネラルが豊富で、これが骨の成長を促し、健康な馬を作ります」と述べている。
アルゼンチンのサラブレッド売買仲介業者リカルド・ゴンザレス(Ricardo Gonzalez)氏は、「アルゼンチンは、良質の牧草と好適な天候で知られています。これは、馬にとって非常に重要です。アルゼンチンは、パンパス(大草原)で有名ですが、ここの牧草はケンタッキー州のブルーグラスに匹敵するでしょう」と述べている。
アルゼンチンとウルグアイの馬は、北アメリカと類似した方法で馴致されるが、いくつかの点で差異がある。馴致方法はかなり似ているが、馴致する場所に関する考え方は、まったく異なっている。北アメリカの若馬が牧場で馴致されて、牧場にある調教馬場かまたは近くのトレーニング・センターで初期の調教を受けるのに対して、南アメリカの馬の大多数は競馬場で直接馴致されるか、または競馬場のすぐ近くで馴致される。
アルゼンチン
アルゼンチンの三大競馬場であるサンイシドロ競馬場、パレルモ競馬場とラ・プラタ競馬場が世界的な大トレーニング・センターと見なされている。これらの3つの競馬場はすべて、ブエノスアイレスまたはその近郊にある。サンイシドロ競馬場には、2,000頭を超える馬を収容することができる。ブエノスアイレス市内にあるパレルモ競馬場は、1,000頭分の馬房があり、またラ・プラタ競馬場は、約400頭を収容できる。
ウーゴ・ミゲル・ペレス(Hugo Miguel Perez)調教師は、次のように述べている。「私たちは、サンイシドロ競馬場(芝馬場1本とダート馬場4本がある)で管理馬を馴致します。馴致を始めて約1ヵ月して、馬に鞍を装着します。その後、さらに3〜4ヵ月かけてレースに出るための準備をします」。
「各ダート馬場は、表面のタイプが異なっており、各馬に対する調教内容に応じて、速い馬場と遅い馬場を使い分けます。各厩舎には、馴致を行う厩舎スタッフがいます。実際に出走するのと同じ馬場で馬を馴致させるのは、有利であると考えています」。
北アメリカの人々の中には、南アメリカの馬が北アメリカに来て鞍なしで調教されていたことを思い起こす人がいるかもしれない。鞍なしの調教は現在も行われてはいるが、昔ほどではなくなった。
ペレス調教師は、「装鞍せずに調教するのは、時代遅れとなりました。今の考えは、馬に鞍を着けて調教する方がよいということです。昔は下乗り騎手は、今の騎手より重かったため、鞍なしで馬をギャロップさせる方がよかったのです」と述べている。
しかし、現在でも鞍を着けないでギャロップをする馬もいるが、追い切りの場合にはすべて鞍を装着している。
ゴンザレス氏は、「馬は背中に鞍があると感じると、追い切りが始まると分かるのです。鞍を着けられていない日は、馬は落ち着いていますが、これは普通のギャロップだけしか行われないことを馬が知っているからです」と述べている。
ウルグアイ
ヒアノーラ氏は、次のように述べている。「北アメリカでは、牧場は専用の育成施設を持っており、すべての馴致と初期調教はそこで行われ、その後、馬は競馬場に送られます。しかし、これはウルグアイではできません。ここの牧場には育成施設がないので、馴致と初期調教のすべてを競馬場で行わなければなりません。初期には競馬場のラウンドペンで2頭の馬を一緒に調馬索運動をさせます。若馬は、競馬場の敷地内またはその近くにある個人厩舎で、競走馬と一緒に厩舎に収容されます。若馬は、まず、人が乗らずに調馬索運動をさせ、次に馬の背に乗って現役馬の調教が終わってから馬場に入れ、2時間ほど馴致と調教を行います。私たちは、合計で約600頭の馬を競馬場に入厩させており、ほかの800頭を競馬場の近くに入厩させています」。
「ウルグアイには、ほかにラス・ピエドラスという小規模の競馬場があり、そこには800の馬房があります。そこからマローニャス競馬場への行き帰りに付近を馬が歩くのを見るのは心地よいものです。競馬場で馬を馴致するのは、将来そこで経験するあらゆる事柄に慣れさせることになるので、競馬場での馴致は優れた調教環境を提供すると考えています」。
ウルグアイでは、すべての調教情報は、インヴァソール誌(Invasor)やマローニャス競馬場の出馬表のいずれかで入手することができる。“チクタ ク”ロドリゲス(“Tick Tock”Rodriguez)という名前の専属の調教タイム計測係が、この出馬表で毎日調教コラムを執筆している。
アルゼンチンとウルグアイの類似性の1つは、厩務員が調教騎手を兼ねていることであり、各厩務員が世話するのは通常、3頭である。
ブラジル
ブラジルにおける調教は、同国の二大競馬場であるサンパウロ競馬場とリオデジャネイロ競馬場の立地が違うため、事情は異なっている。リオデジャネイロ競馬場は海抜の低い地点に位置し、暑さが厳しくなるため、馬は海抜の高い山手にあるトレーニング・センターで調教し、競走当日の朝に競馬場に輸送する。内陸にあるサンパウロ競馬場には、約2,000の馬房があるが、入厩して同競馬場で調教を受けているのは約1,200頭だけである。サンパウロから約70マイル(約113 km)のところにあるカンピナスに700頭を収容する大きなトレーニング・センターがある。
ウルグアイと異なり、ブラジルでは若馬は牧場とトレーニング・センターで馴致するが、これは米国と同じである。
ブラジルで生まれ、カリフォルニア州でここ数年間最優秀調教師になったパウロ・ロボ(Paulo Lobo)調教師は、「私たちは昔、競馬場で馬を馴致していましたが、現在ではしなくなりました。今では、若馬は牧場とトレーニング・センターで馴致されるほうがよいことが分かっています。もう1つの変化は、今でも馬に鞍をつけずに調教する者もいますが、鞍を着けた調教がますます多くなっていることです。馴致は通常、若馬の状態および将来性をみて、およそ3〜4ヵ月くらいかけて行います」と述べている。
サラブレッド売買仲介業者で、ケンタッキー・オークス(G1)の勝馬ファルダアミーガ(Farda Amiga)の共同馬主であるホセ・デカマルゴ(Jose DeCamargo)氏は、「一般的に言えば、ブラジルの若馬の調教はアルゼンチンより遅く始められます。ブラジルには優れた馬がいます。これらの馬は、米国に比べて遅い段階で調教を開始し、故障発生を抑えつつ持久力を高めるよう調教されるので、私はこれが馬にとって役に立っていると確信しています。私は、調教の早い段階でスピードを重視するのは、馬にとってよくないと考えています。ブラジルは、競走馬の血統を改良し、優れた競走馬を生産できるようにな りました」と述べている。
リオデジャネイロ競馬場には大きな厩舎地区があるが、馬房は主に当日輸送馬のために使用されている。
ロボ氏は、「山手におよそ20ヵ所のトレーニング・センターがあり、レースに出馬投票した馬は、朝の3時頃そこから輸送します。競馬場に入厩している馬もいますが、85%は山手のトレーニング・センターにいます。その他、約800〜1,000頭が入厩している小規模のタルマ競馬場、およびサンパウロ競馬場とリオデジャネイロ競馬場に輸送するには少し遠すぎる小さなクレスタル競馬場がある。そこの馬たちは通常入厩している競馬場でレースに出ています」と述べている。
同氏は、ブラジルとアメリカの調教の主な違いは、ブラジルではアメリカのように800メートルや1,000メートルの追い切りでなく、長い距離(1,400メートルないし1,600メートル)のゆっくりとした追い切りに重点が置かれていることであると付言している。
By Steve Haskin
[The Blood-Horse 2008年3月1日「Many runners in South America receive their early lessons at the racetrack, not at farms or training centers」]
次号(10号)には「世界の競走馬調教法(ヨーロッパ)」を掲載