海外競馬情報 2009年02月06日 - No.3 - 1
馬の故障防止と対処方法に関する研究発表(アメリカ)【獣医・診療】

 2008年12月6〜10日サンディエゴで、馬医療の最高権威者たち が全米馬臨床獣医師協会(American Association of Equine Practitioners: AAEP)の第54回年次大会に参集し、画期的な研究を発表しあい、知識を共有した。今年のプログラムのメインテーマは、サラブレッド競走馬の故障防止と 対処方法であった。


競馬場における故障

 研究発表のうち4件は、競走・調教中の故障を減らす方法に関するもので、1件は故障が起きた場合の最善の対処方法に関するものであった。

 馬外科医でカリフォルニア大学デービス校の教授をしているスーザン・ストーバー(Susan Stover)獣医学博士は、競走馬の骨強度に影響を与える要素を確定するため、J.D.ホーイト獣医整形外科研究所(J.D. Wheat Veterinary Orthopedic Research Laboratory)とカリフォルニア理工州立大学(California Polytechnic State University)の技術者と共同研究している。この研究グループは、サラブレッド競走馬にとって最も優しい馬場は、ダート馬場、人工馬場および芝馬場のうちいずれであるか判定するため、これらの馬場の蹄に対する衝撃加速度(馬場の反発力)を測定した。

 同研究グループは、蹄着地時の衝撃加速度(蹄への最大馬場反発力=蹄への負荷)、蹄の振動(蹄が馬場を確実に捉えるまでの時間)を測定した結果、人工馬 場では比較的低い数値を示したことから、人工馬場にはサラブレッド競走馬の故障低減の可能性があることを示唆していると結論付けている。

 上腕骨(肩甲骨から肘まで伸びる骨)骨折を発症し、予後不良となった馬を剖検した結果、骨折をもたらした骨の強度不足の原因が、大骨折を引き起こす前の 微細な疲労骨折や骨の微細構造に欠陥があったことを突き止め、さらに、これらの遠因は馬の急激な調教歴にあることを解明した。要約すれば、急激な調教過程 を避けることを示唆したものである。

 同氏とグループは、「一般的には、距離が長くて速い走行によって、骨強度が向上します。ただし、距離が長くて速い調教と競走があまり頻繁に行われると、疲労骨折を起こし、骨を弱化させることもあります」と報告した。

 関連研究において、ストーバー氏のグループは、馬が休養から戻って調教を再開した直後に起きる上腕骨の骨折を調査した。具体的には、2つの異なる期間の 休養および2つの異なる調教計画―すなわち距離が長くて速いギャロップを1週間に1回行う調教計画および距離が短くて速いギャロップを1週間に2回行うこ とに重点を置いた調教計画―を比較した。

 調査結果は、長い休養+距離が短くて速いギャロップを1週間に2回伴う調教計画の方が馬の上腕骨に与える損傷の程度が少ないことを示した。

 また、イギリスとアメリカの科学者チームは、剖検またはMRI(magnetic resonance imaging: 磁気共鳴画像法)によって、42頭のサラブレッドの両前肢を調査し、これらの前肢が従来診断できなかった第3中手骨遠位端の外側顆骨折(lateral condylar fracture 従来のX線検査では発見できなかった骨折がMRIで発見できるようになった)の既往症があるか否かを解明する研究を行った。グラスゴー 大学(University of Glasgow)のティム・パーキン(Tim Parkin)獣医学博士およびコロラド州立大学整形外科研究センター(Orthopedic Research Center, Colorado State University)の所長ウェイン・マクルレイス(Wayne Mcilrwaith)獣医学博士が指導する研究グループは、サラブレッド競走馬の12%もが臨床症状のない外側顆骨折(subclinical lateral condylar fracture)をしている可能性があることを発見した。ただし、臨床症状のない外側顆骨折割合は高いが、MRIによる日常的な検査によって致命的な故 障は防止できると述べている。


競馬場における救急医療

 ケンタッキー州競馬委員会(Kentucky Horse Racing Commission)の馬医療部長メアリー・スカレー(Mary Scollay)獣医師は、熱中症や跛行などにより致命的な故障にいたる競馬場での緊急事態に対処するための青写真を示した。

 スカレー氏が強調したのは、次の3点である。(1) 競馬場所属のすべての獣医師はまず、さまざまな緊急事態の発生の可能性に対して、施設と計画が対応したものとなっているか評価すべきであること、(2) 獣医師はまた、発生する可能性のあるレース中の緊急事態のタイプおよびそれに対応するために利用できる人的・物的資源を熟知すべきこと、(3) 獣医師は故障の迅速な診断、キムジー・レッグ・セーバー・スプリント(Kimzey Leg Saver Splint)といった外固定具の使用、故障馬の保定法および救急車への積み込みと輸送の能力を磨かなければならないこと。

 スカレー氏は、「救急治療の支援を担当する職員に対する、馬の保定と人の安全に関する基本的訓練は有益です」と述べた。競馬場所属の獣医師が救急治療活 動を組織化し、救急治療に精通した職員を確保することは、救急治療を容易にし、またとりわけ馬がパニックになったとき、またはしっかりと駐立できないとき に安全性を高めることになる。

 必須の機器と備品としては、倒れている馬を載せるためのリフト付馬用救急車、防滑床、馬を取扱者から隔離する仕切りおよび輸送中に不安定な馬を支えるた めに使用できる可動式間仕切りがある。その他の必須の備品は、外固定具、蹄と下肢部をサポートする圧蹄用ブーツ、20フィートないし30フィートのロー プ、無口頭絡、ひき手綱、包帯および必要なものがすべて入っている救急医療バッグなどである。

 スカレー氏は、馬の物理的保定と薬物による保定に関して段階的な指示を提案し、「馬の故障の処置に当たって人間が負傷することは、あってはならないことです」と説明した。


フランク・J・ミルン記念講演

 馬が神経病と診断されることは、これまで死刑宣告と同義だと考えられていた。しかし、2008年のフランク・J・ミルン記念講演(Frank J. Milne State‐of the Art Lecture)で講演を行ったスティーブ・リード(Steve Reed)氏[レキシントンにあるルード・アンド・リドル馬病院(Rood & Riddle Equine Hospital)の臨床医で、馬神経病の世界的権威]のような科学者のおかげで、今では神経病にかかった馬の多くは高度診断法と革新的治療によって救わ れるようになった。

 リード氏は、馬の神経疾患をより効果的に診断し、治療する方法に関してかなりの進歩が見られたと述べた。

 同氏は、「たとえ重篤でも神経疾患を治療することにより、貴重な競走馬生命を救うなどしばしば満足な結果が得られることを認識すべきです」と述べた。

 研究発表の際、同氏は出席者に対して詳細な神経病検査について説明し、体の奇形や心的外傷といったものから西ナイルウイルス(West Nile virus)、馬原虫性脊髄脳炎(equine protozoal myeloencephalitis)および馬ヘルペスウイルス(equine herpesvirus)といった感染症の範疇まで、さまざまな疾病の原因を識別するのに役立つ微妙な差異について述べた。

 

By Denise Steffanus


[Thoroughbred Times 2008年12月27日「Hot Topics」]