海外競馬情報 2009年03月06日 - No.5 - 3
さまざまな効能があるうじ虫療法(アメリカ)【獣医・診療】

 病を治す古代の専門家は、一般的病気の治療と治癒に自然の力を利用した。現代科学はそのような民間治療の多くが真の医療効果を持つことを確認している。

 傷を清浄化するために古代から続いている治療法の1つにうじ虫を利用する方法がある。つい20世紀でさえ、戦場の兵士は治療を受けられないときに傷口に うじ虫を適用したという報告もある。うじ虫は生きている組織ではなく壊死組織だけを食べるため、傷口を清潔にして治癒を促進する。感染菌は壊死組織を貪食 している間にうじ虫に摂取され、うじ虫の消化管で殺菌され、傷口から除去される。

 1995年以降、カリフォルニア大学アーバイン校(University of California‐Irvine)は、医療目的でクロバエを培養して卵を採取し、無菌化処理を施している。これらの卵は無菌ガラス瓶に入れられ、宅配 便によって医師あるいは獣医師に一晩で送られる。目的地に着いた後に卵から孵化した500〜1,000匹のうじ虫が傷口に適用される。

 2004年、米国食品医薬品局(United States Food and Drug Administration)は医療等級の無菌うじ虫を“生きた医療用具”として初めて位置付けた。医師たちはより高度な治療法が成功しないとき、“気 色が悪い”ものの、うじ虫を治療の選択肢として再び利用し始めた。


蹄の感染症

 2003年、ルード・アンド・リドル馬病院の馬整形外科医療センター(Rood & Riddle Equine Hospital’s Podiatry Center)のスコット・モリソン(Scott Morrison)所長(獣医師)は、蹄内の頑固な感染症を治療するために無菌うじ虫(sterile larvae)を実験的に使い始めた。その後、同氏は数百件の蹄感染症をうじ虫療法(maggot therapy)で治療し、同氏とその同僚はその応用方法を講演するために世界中を飛び回っている。

 同氏は、「無菌うじ虫療法(sterile larvae therapy)は現在、非常に流行していますが、この療法は我々の病院から始まったのです。私たちは深刻な蹄感染症を治療するために無菌うじ虫を利用 し、きわめて良好な成果を収めています。同療法は我々と他の多くの人々に大きな成功をもたらしています」と述べている。

 同氏は今でも表層の蹄感染症では傷口を開き、蹄をエプソム塩に浸した湿布を巻き、排膿させる伝統的な方法を用いている。しかし、蹄の内部構造に達する刺創(puncture)といった深い傷に対してはうじ虫の助けを借りる。

 モリソン氏は、「感染症と広範囲の外科的創面切除による組織損傷は、蹄に対して構造的損傷を引き起こし、また場合によっては慢性跛行をもたらし、治癒が長期化することがあります。慢性跛行のため、反対側の蹄が蹄葉炎にかかることが時折あります」と述べている。

 外科的創面切除と異なり、うじ虫は傷口を通って感染部位まで進入して行くため、蹄に損傷を与えない。一群の小さなパックメン(Pac-Men:迷路の中 でモンスターを避けながら、餌を食べつくすテレビゲームの主人公。日本ではパックマンの名前で人気があった)のように、うじ虫は壊死組織と罹患組織を食べ つくすが、利点はそれだけではない。うじ虫は新しい結合組織の基礎を成す新たな血管と血球(繊維芽細胞)の形成を促すことにより治癒を早める。しかし、ま だその理由は科学的に解明されていない。


簡単な治療方法

 モリソン氏は感染症がうじ虫療法により治癒可能と判断した場合、患部に外科的創面切除を軽く施し、次に塩水を浸したガーゼで包み、うじ虫療法の準備をする。

 同氏は、「傷にうじ虫を適用する前の24時間は患部を殺菌剤で包まないことが重要です。これは殺菌剤の残留物がうじ虫を殺すことがあるためです」と述べている。

 傷口の外科的創面切除による出血が止まった後、モリソン氏はガラス瓶に入っている500〜1,000匹のうじ虫をガーゼの上に置き、それを傷の表面に当てる。その後、傷を多量の乾燥無菌ガーゼで覆い、その上に包帯を巻く。

 同氏は、「私たちは、ホスピタルプレート(蹄底を覆うように小ネジで止めたプレートが付いている蹄鉄)にうじ虫を入れることもあります。蹄に貫通性の空 洞が生じていることが多々あり、そこにうじ虫を入れます。うじ虫は、あらゆる割れ目と裂け目に進入していきます。驚くべき光景です」と述べている。

 うじ虫は傷の中に棲みつく。興味深いのは馬が蹄を地面につけていても、我々の想像とは違ってうじ虫が押しつぶされないことである。

 深部の貫通創の場合は、モリソン氏はうじ虫が感染部位に進入する通路を設けるために排膿孔を設ける。蹄ギプスを装着している馬の場合は、うじ虫が患部に入れるようにするためギプスに窓孔を開ける。

 うじ虫は、腹いっぱいになるまで5日から7日の間、壊死組織と罹患組織を食べ尽くす。追加的な壊死組織の除去を要する場合、新たに飢えたうじ虫が追加さ れる。健康な肉芽組織層を確認できるまでうじ虫療法は続けられる。傷が深すぎて内部を見ることができない場合、馬の苦痛が著しく改善され、うじ虫が傷から 出るまで、約1週間この療法を継続する。

 同氏はうじ虫療法に併せて、抗生剤の全身投与、あるいは止血帯を感染部位より上部に当てて、蹄の局所灌流を利用して大血管(感染症が存在する部位に血液を供給する血管)に抗生剤を局所的に注入する。抗生剤の全身投与も蹄局所灌流もうじ虫には害を与えない。


さまざまな用途

 モリソン氏とその同僚は一連の蹄の病気にうじ虫療法を行い成功を収めており、さらにその応用方法を模索し続けている。現在のところ、うじ虫療法は次の症例に適用されている。


・慢性蹄葉炎(Chronic laminitis) 慢性蹄葉炎にかかっている馬はしばしば膿瘍に悩まされる。膿瘍は蹄の内部組織をさら に不安定にし、激痛に見舞われている患部にさらなる苦痛を与える。この場合の外科的創傷切除は症状を悪化させ、最終的に安楽死が必要となることがある。う じ虫療法は多くの場合、馬の蹄に余計な損傷をもたらさずに膿瘍を治癒する。


・不治の潰瘍(Non-healing ulcers) うじ虫療法の最善の用途の1つは、不治の蹄潰瘍の治療である。人の場合、足の壊死した潰瘍部を切除して治癒を促す再三の試みが失敗した結果、足の切断手術を受けることがしばしばある。

 獣医師は馬に関して類似の問題を抱えている。不治の蹄潰瘍が発症するのは、患部への血流が不足するためである。最初は外科的に処置すること、すなわち創 面の壊死組織を切除し、患部を抗生剤と消毒包帯で包み、最善の結果を期待することである。この方法で繰り返し治療しても問題が解決しないときは、モリソン 氏はうじ虫療法を利用する。潰瘍が治癒するのに要する期間は2週間弱である。


・刺創(Puncture wounds) 刺創はとりわけ厄介である。その理由は、刺創がもたらす物理的な損傷に加えて、貫入物が細菌とその他の有害微生物を蹄の深部に取り込み、それらが軟部組織、そして時には骨を破壊し始めるからである。

 トウ嚢(深指屈腱とトウ状骨の間にある部位)の刺創は、速やかに治癒しないと、トウ嚢炎(navicular disease)が原因となる慢性跛行をもたらすことが多くある。この種の刺創が確認された馬は、貫入物の進路と骨への損傷を確認するためにX線検査を受 ける。獣医師は傷を消毒し異物を取り除き、創面を切除する。

 モリソン氏は、感染症が慢性跛行を引き起こすのを食い止めるため、抗生剤の全身投与や蹄の局所灌流、およびうじ虫療法を併用する。


・蹄の角質形成不全症(Canker) 蹄の角質形成不全症(いわゆる蹄癌)は、酸素がない場所で繁殖する嫌気性細菌による感染症である。 この細菌は蹄叉側溝(蹄叉の両側にある溝)に灰白色の滲出液を生じさせる。蹄の角質形成不全症と蹄叉腐爛(thrush)は異なるが、これらは同じ部位に 発症するため、2つの症状を混同する関係者もいる。蹄叉腐爛は悪臭をはなち、黒い分泌物を出す。蹄の角質形成不全症は腐敗したカリフラワーのような状態を 呈する。どちらの疾病も頑固である。

 蹄の角質形成不全症の場合、モリソン氏は蹄叉側溝の腐敗部を外科的に切除し、蹄を治癒させるために患部をうじ虫で包む。


・手術後の処置(After surgery) モリソン氏は、骨と関節の感染部からの損傷組織の除去を含めた確実な外科処置の後にうじ虫 療法を適用する。これらの外科処置は組織を除去することに加えて、組織の再生と治癒を促すために患部への血流を回復させることを目的とする。これらのケー スではうじ虫の適用が理想的である。その理由はうじ虫が損傷組織と有害微生物を傷から除去する作業を続行するだけでなく、付随的に組織の回復を促すとい う、“うじ虫効果”があるからである。


 モリソン氏は唯一、うじ虫がうごめき、組織を貪食することで馬に局所的な痒さまたは軽い苛立ちを与える可能性があることを指摘しているが、うじ虫療法は自然療法であるため、有害な副作用がない。

 

By Denise Steffanus


[Thoroughbred Times 2009年1月24日「Marvelous maggots」]