賭事業界の賦課金支払額をほぼ2倍にすることには十分な理由があると競馬界が確信するのは、初めてのことではない。これは野心的な要求である。なぜなら ば、賦課金制度は賦課金収入の急激かつ大幅な増加を達成しにくいような仕組みになっている一方、映像権からの収入が増加すれば賦課金の大幅な引き上げの主 張が薄弱になるからである。
さらなる問題は、競馬賭事賦課公社(Levy Board: 賦課公社)への競馬界の提案書が、開催日割に関する競馬界の財務上の不手際をはからずも露呈していることである。
賞金を増額するために、競馬界は、賦課金の引上げに向けたキャンペーン活動をする必要があるだけでなく、費用のかかる公正維持業務に資金提供する方法を 変えるよう賦課公社を説得する必要があり、また競馬場からの賞金拠出額の増加を交渉するためにホースメングループ(Horsemen’s Group)の役割を利用しなければならない。
競馬界の見解
競馬界の見るところ、問題は賞金額レベルが不十分だということである。賞金額のレベルが不十分なのは、賭事業界が合理的な賦課金を拠出していないためである。
最近、状況は悪化している。大口馬券購入者の例外的な損失に助けられ、2007-08年には徴収された賦課金が1億1,500万ポンド(約161億円)を超えたが、2009-10年の賦課金は7,500万ポンド(約105億円)であった。なぜであろうか。
その理由は、ベッティング・エクスチェンジが公平な拠出金を支払っておらず、また大手ブックメーカーが、インターネット投票事業と電話投票事業を海外に 移転することにより拠出金の支払いを逃れ、また小規模ブックメーカーを支援するために設けられている賦課最低限度額制度を利用しているためである。
ブックメーカーはまた、海外競馬に対して行われる賭けに関して賦課金を支払っていない。競馬界は、このような“抜け穴”や“漏れ”がふさがれることを希望している。
競馬場に対して支払われる映像権料の引上げは、減少する賦課金を十分に補っていない。2つの収入源は、2007-08年に合計1億5,300万ポンド (約214億2,000万円)をもたらしたが、2009-10年にはわずか1億3,200万ポンド(約184億8,000万円)であった。
このような背景のもとで、開催日数は2001年の1,065日から2009年の1,426日へと34%の大幅増となった。その結果、馬は現在2,000 ポンド(約28万円)に満たない1着賞金を目指して競い合っており、失望した競馬関係者に開催ボイコットの検討を引き起こしている。
競馬界の提案書によると、2011-12年の妥当な賦課金収入は、1億3,000万ポンド(約182億円)から1億5,000万ポンド(約210億円) の間とされている。賭事業界の支払能力は“かなり高まっており”、また“競馬に対する賭けが相変わらず人気を持続している”が、賦課金、映像権料およびス ポンサー料を通じて支払われるブックメーカーの拠出金が競馬コストをカバーする割合は、2002年に比較して小さくなっていると競馬界は主張している。
競馬界の提案書は、“2011-12年の妥当な賦課金収入は、現行水準を大幅に上回ると認識されるが、これは、競馬界が長年にわたり合理的な基準に基づいて受け取るべき金額をはるかに下回る金額しか受け取っていなかったことによる”と述べている。
競馬界のリーダーは、公正な賦課金を要求するキャンペーンを開始し、レーシング・ユナイテッド(Racing United)の宣言書に署名するよう支援者に求めている。この宣言書は、“競馬界への資金供給が容認できないほどに減少したことに鑑み、賭事業界から公 正な収入を確保するよう” 政府と賦課公社に要求するものである。
ブックメーカーの見解
ブックメーカーの賦課金提案書は、競馬界の提案書とほぼ正反対の見解を述べている。ブックメーカーの提案書は、競馬界に対して支払われる映像権料の引上 げを考慮して、賦課金の低減を要求している。映像権料の支払いは、“賦課金を決定するアプローチにおいて十分に考慮されるべきである”と提案書は述べてい る。
ブックメーカーは、賦課最低限度額(この限度額に基づいて賦課金が減免される)が廃止されるのでなく、むしろ引き上げられ、賦課金がおよそ850万ポンド(約11億9,000万円)減額されることを希望している。
競馬界がブックメーカーの支払能力は高まったと主張している一方、ブックメーカーは支払能力が、主に英国競馬への賭けの減少およびテレビ放映料の高騰の結果、低下したと主張している。
2000年の賦課金とテレビ放映料は、利息支払・納税・有形固定資産償却・無形固定資産償却前で、英国競馬から得られたブックメーカーの所得の55%で あったが、2009年にはターフTV社(Turf TV)の発足の結果、賦課金とテレビ放映料は、英国競馬から得たブックメーカーの所得の111%を負担したとブックメーカーの提案書は述べている。
ブックメーカー委員会(Bookmakers’ Committee)の言い分によれば、「ブックメーカーの総収益に占める競馬の割合が2000年の55%から2009年の21%へ低下した事実にもかか わらず、英国の賭事運営会社、とりわけ場外馬券発売所は、賦課金と映像権料を従来以上に支払っている」。
「問題は、ブックメーカーの支払いが少なすぎることではなく、賦課公社が収入を超える支出をしてきたことである。賦課公社の問題は、“自業自得”である。つまり、過去における“発想のまずい”財務計画の結果である」。
賦課公社の新会長ポール・リー(Paul Lee)氏は、賞金額レベルを維持するために準備金を使用する決定を行ったことは“戦略的に欠陥があった”と最近認めた。
ブックメーカーの提案書は、競馬界が賦課金収入を増やしたいならば、出走取消馬の数に悪影響を与えている48時間前出馬投票ルールを廃止し、また合計レース数を維持しつつ開催日数を縮小すべきであると主張している。
しかし、真の解決策は、“軋轢を生じ、かつ敵対的な”賦課金制度を止めることである。
同提案書は、「ブックメーカーと競馬界との真に商業的な関係へ移行することが、賦課金に関係する問題の長期的解決を達成するための唯一の現実的選択肢である。賦課金は、終了すべきである」と述べている。
競馬界の着地点はどこか?
賦課公社が予想に反して10月31日までに合意に達することがない限り、スポーツ・オリンピック担当大臣のヒュー・ロバートソン(Hugh Robertson)氏が、2011-12年の目標賦課金収入に関して、文化・メディア・スポーツ大臣ジェレミー・ハント(Jeremy Hunt)氏に助言する任務を与えられる可能性がある。
これは、政府が歓迎する予想ではない。ハント氏は、自分の誕生日である11月1日に目が覚めたときに第50回賦課金制度が未決書類入れに入っているのは見たくない、と賦課金公社に対し無愛想に述べた。
ベッティング・エクスチェンジの賭事客の扱いを含む主要な問題のいくつかは、いずれにしても政府によって処理されなければならず、賦課金制度の政府への 付託は避けられないもようである。ハント氏は、競馬界が求めている1億3,000万ポンド(約182億円)ないし1億5,000万ポンド(約210億円) の賦課金を競馬界に供給する計画を採用するであろうか。
対立する主張の本質
2つの賦課金提案書に述べられている財務状況は、かなり異なっている。ブックメーカーの支払能力について述べる際、競馬界はブックメーカーのすべての収 入を考慮する。これは、競馬が依然として中核商品であり、それがベッティングショップに顧客を引き寄せ、結果として彼らが他の商品にも賭けるようになると いうことを根拠にしている。
他方、ブックメーカーは、賦課金のベースとなる英国競馬からの収入のみに焦点を当てている。ブックメーカーが主張するように、賦課金とテレビ放映料の負 担が英国競馬からの所得の100%以上となっているならば、ブックメーカーは競馬を他の商品の売上高の推進役として高く評価しなければならない。
また、双方は映像権料の扱いを異にしている。競馬界は、映像権料の現行水準に重点を置いており、他方、ブックメーカーは最近合意された契約に基づいて行われる今後の高額な支払い水準に重点を置いている。
双方とも筋の通らない態度をとることがしばしばある。たとえば、“競馬への賭けは、相変わらず人気がある”という主張は、それ自体としては真実かもしれないが、すべての賭事に占める割合として、競馬への賭けが著しく減少している事実を無視している。
ブックメーカー委員会は、賭事業界のコストがいかに上昇しているかを証明するため、マーケティング費用の急激な増加を指摘している。そして、“マーケティング費用は、イギリスと海外における競争市場を考えた場合、もはや裁量的支出ではない”と主張している。
ブックメーカーは、マーケティング予算を増額するのが望ましいと感じているかもしれないが、マーケティング費用は依然として裁量的支出であり、賦課公社と政府がブックメーカーの支払能力を評価する際、それを考慮することは期待できない。
競馬界の主張の欠点―開催日割の不手際
競馬界の提案書は、開催日割を拡大する費用についての記述を含んでいる。開催日割の拡大は、主として賭事業界の要求を満たすために講じられた措置であるが、そのための費用の大部分は競馬界によって提供されている。
保安委員および獣医委員、薬物試験ならびにカメラ撮影・写真判定費用といった項目を対象とする公正に係る費用は、“主に大幅な開催日割の拡大の結果”、 2002-03年の1,620万ポンド(約22億6,800万円)から2009-10年には2,500万ポンド(約35億円)へ増加した。馬主は、追加輸 送費として約650万ポンド(約9億1,000万円)を支払った。
追加された開催日割は、追加の賦課金収入をもたらしたが、競馬界の提案書は回収されない費用に焦点を当て、“賭金がこれらの開催日割から生じている損失 を少なくとも賦課金を通じて補うのは妥当である”一方、馬主の追加輸送費は“増加する賦課金収入によって資金提供を受けるべきである”と主張している。
この状況は、自分の車を3,000ポンド(約42万円)で売却し、その後に車は実際には6,000ポンド(約84万円)の価値があったと考えた男が、差額を支払うように買主に強制してほしいと第三者に嘆願するようなものである。差額の回収は、不可能なように感じられる。
主要な受益者であるブックメーカーが、予測される追加費用の公正な割合を支払うことに事前に同意するのを確保するために、どのような措置が講じられたの であろうか。競馬界は、開催日割の拡大が、現在自分たちが不満を述べている費用を伴うことを知りつつ、なぜ毎年のように開催日割を拡大し続けたのであろう か。
過去の支出を部分的に補うために賦課金の非現実的な倍増を要求する代わりに、106ページにおよぶ競馬界の提案書は、おそらく政府の同情を引く可能性のある賦課金の“抜け穴”に簡潔に集中するべきであった。
次に何がおきるか?
政府は付託される賦課金制度を決定する法的義務を負っているが、担当官と大臣が、自分たちに提出される相反する主張の詳細を検討・検証するために多くの時間を充てることを期待するのは妥当でない。
賦課公社における主要な人物は、大臣によって任命された3人の独立メンバー、すなわち会長のポール・リー氏のほか、ペニー・ボーイズ(Penny Boys)氏およびポール・ダーリン(Paul Darling)氏である。リー氏の助言は、ジェレミー・ハント氏が決定を下す際に影響力を持つ可能性がある。
とりわけ景気後退時に、ハント氏が現行の賦課金収入を2倍にすることを意図する計画を押しつける可能性は極めて少ない。同様に同氏は、競馬界が自発的に実施した開催日割拡大の費用を競馬界に補償するために賦課金が使用されるべきであるという点に賛同する可能性も少ない。
他方、同氏は賦課金をさらに減額してほしいというブックメーカーの訴えに同情しないと思われる。
競馬界は、競馬以外から得られたブックメーカーの利益がブックメーカーの支払能力を評価する際に考慮されるべきであり、“競馬への賭けに関係する”商品から得られた収益の分け前に預かる資格がある、と主張するのに成功するかもしれない。
賦課公社のコンサルタントをしているフィリップ・オットン卿(Sir Philip Otton)は2年前、「状況を総合的に判断すると、ハント大臣は、決定を下すことを余儀なくされた場合、固定オッズ発売端末(FOBT)から得られる総 収益を考慮する可能性があると私は考えます」と述べたが、この発言はかなり驚きであった。
賦課金制度は、その年政府に付託されなかったが、オットン卿の意見は再び蒸し返されるかもしれない。
現在ゲーム機が大手ブックメーカーのイギリスにおける小売総収益の3分の1超を占めているため、オットン卿の意見を前提にすると、大きな違いをもたらす可能性がある。
ブックメーカーの海外移転は、政府の税収入に打撃を与えている。政府は、この事態に対処したいと思っているが、政府がいっそう魅力的な税制度によってブックメーカーに国内回帰する気をおこさせない限り、明白な解決策は存在しない。
ハント大臣は、大手ブックメーカーが賦課最低限度額制度を利用するのをやめさせる措置を確実にとるであろうが、海外競馬に対して賦課金を再導入する主張 はそれほど強くなく、最近賦課公社による協議の対象であったベッティング・エクスチェンジに関する賦課金取決めに係る政府のスタンスを予測することは困難 である。
やがて明らかになる賦課金制度は、賦課金収入を劇的に増加させることはないと思われる。政府は、賦課金制度がいずれ終了することに備えて、実行可能な商業関係を確立するよう競馬界と賭事業界に伝える可能性がある。
競馬界は、次に何をするべきか?
競馬界は、2009-10年に賦課公社の支出のほぼ25%を占めた公正費用の全額に対して資金提供するのを止めるよう賦課公社を説得しなければならない。
競馬場は、公正費用を分担するべきであり、ホースメングループは競馬場が賞金額の削減によって対応しないよう保障する協定を交渉するべきであるが、とり わけブックメーカーに優しくて、競馬ファンに優しくない開催日割の場合には、この開催日割の主要な受益者である賭事業界から追加の資金供給を受けるよう交 渉するべきである。
満足できる合意に至らない場合、関係する開催日割は取り止められるべきである。
賦課公社は、賞金額を引き上げ、プレミアム開催を推し進め、シーズン終盤の平地競走開催を支援し、また実験的な“ブレット(bullet)”競走(訳注:1,000m未満の超短距離レース)を導入するため、公正費用の分野で節約された資金を振り向けるべきである。
競馬界はまた、賦課金が商業システムによって最終的に取って代わられることに備える必要がある。競馬界は賦課金制度の欠陥をいつも嘆いているが、賦課金制度廃止の予想には神経質である。
賦課金制度は収入の保障と相対的な確実性をもたらしているが、他方、法的に強固な商業的代替策を見つけるこれまでの試みは挫折した。
競馬場の映像権の売却は、商業システムにとって最も明白な財務基盤となるが、あらゆる賭事運営会社が競馬の映像を等しく必要としているわけではなく、またそのような商業システムは大手競馬場グループをいっそう強力にし、いくつかの小規模競馬場の存続を脅かすことになる。
しかし、これは競馬界が進んでいる方向である。このことは、一方において競馬場、SIS社(Satellite Information Services、衛星情報サービス)およびターフTV社間の交渉、そして他方において映像権収入の割当をめぐる競馬場とホースメングループ間の交渉が示 しているとおりである。
競馬界の賦課金提案書に述べられている代替策は、賭事運営会社に対して、競馬に対する賭けの受付けを許可する免許を取得することと、競馬に対して合意された支払いを行うことを要求することになりそうである。
競馬界は、救済のために賦課金の引上げに頼ることはできないが、試練の時には代わりの打開策があるものだ。
(1ポンド=約140円)
[Racing Post 2010年10月20日「Redirecting levy cash can help break the impasse」]