視覚は五感の中で最も頼りになるものであり、何か驚くべきことが起きたとき私たちは“実際に見てみないと信じられない”と言うが、一方で視覚は錯覚も生み出す。キャメロット(Camelot)が最後の1ハロン(約200m)でエンキー(Encke)をかわし切れなかったすべての原因に関して、セントレジャーS(G1約2900m)での敗戦から引き出される唯一の結論は、その競走距離がキャメロットの能力以上だったということである。
些末な要因でキャメロットの可能性が薄められてしまったが、一番の原因を見逃してはならない。同馬に加速力が欠如していたことは紛れもなく、その加速力は持久力勝負で奪われていた。同馬がセントレジャーSで力闘したように見えたのは目の錯覚で、エンキーを追い詰めさせたのはダービー馬としての格だけである。
この目の錯覚はよくあることである。アジダル(Ajdal)を覚えているだろうか?1987年に英2000ギニーに十分余裕のあるような走りで4着となりダービーに出走したが、1着のリファレンスポイント(Reference Point)から6馬身半もの差をつけられた。しかしアジダルはその年のジュライカップ(G1)、ナンソープS(G1)およびヘイドックスプリントカップ(G1)を制覇し、並外れたスプリンターであることを証明した。
アジダルは、1歳時に生産者が750万ドル(約6億円)でセリに掛けたものの主取となってしまった馬から、いつの間にかチャンピオン馬に変身した。同馬は皆に一杯食わせたのだ。
今年のセントレジャーSが施行される前、持久力が要求される同競走の特徴は、三冠馬を待望する雰囲気の中であまり話題にされなかった。それは大目に見てもよい見落としではあったが、その見落としによって、単に競走距離が長すぎただけだったにも拘らずキャメロットの敗戦の理屈付けがさまざまになされた。
セントレジャーSの距離は、それまでキャメロットが走ってきたレースよりも3ハロン(約600m)ほど長い。3ハロンの延長は、レースにおいては大きな意味を持つ。これは5ハロン(約1000m)と8ハロン(約1600m)のレースの相違であり、この2つの距離を得意とする馬のタイプは大きく異なる。さらにその中間の距離つまり7ハロン(約1400m)を得意とする馬もいる。
また、ジョゼフ・オブライエン(Joseph O’Brien)騎手が英ダービー(G1約2400m)に騎乗した際に、直線に至るタッテナムコーナーを回ってすぐにキャメロットに鋭く鞭を入れたことを思い出してほしい。それは、キャメロットが8ハロン半(約1700m)を走り切ったときであり、馬はすぐに反応した。オブライエン騎手はそのとき、キャメロットを5馬身差の勝利に導くこととなるエネルギーの高まりを感じた。
しかし、オブライエン騎手がセントレジャーSで残り2ハロン(約400m)の地点で鞭を振り上げたとき、キャメロットはすでにダービーの競走距離を超えていた。そのとき、我々が急に赤字を出して元気を失うようにキャメロットの鋭い加速がゆるむのを私たち皆が目の当たりにした。同馬はダービー馬としての走りを続けたが、その挑戦には疲れ切った様子が漂い、自信を欠いていた。
ホークウィング(Hawk Wing)が2002年ダービーでハイシャパラル(High Chaparral)に挑んだときにも同じような自信の欠如があった。ミック・キネーン(Mick Kinane)騎手はホークウィングの馬上ですっと腰を高く上げ次の瞬間鞭を入れたが、結果は出せなかった。その後同馬は競走距離をマイルに戻し、当然と信じられるやり方で、ロッキンジS(G1 約1600m)ではライバルを撃破した。
キャメロットに関しては、それはまったく単純なことであった。他のどのような弁明もあまり有効ではない。キャメロットは蹄を接触させて火がついてしまったというジョゼフ・オブライエン騎手の弁明は、興味深いものである。フランケル(Frankel)も、最も冴えなかったデュハーストS(G1)において序盤の接触で早目に気合いが入ってしまった。しかしキャメロットとの違いは、そのレースに勝ったことである。
それから、エイダン・オブライエン(Aidan O’Brien)調教師がペースメーカーを出走させていたならキャメロットが勝っていたかもしれないという状況を想像するのも難しい。G1競走に投入されるバリードイル勢の質の高いどのペースメーカーであっても役に立たなかっただろう。どっちみちレースのペースはダートフォード(Dartford)がつくり、ソートワージー(Thought Worthy)がそれに続いただろう。
フランケルのためのブレットトレイン(Bullet Train)のようなリードホースとは異なるペースメーカーについての重要な点は、キャメロットがゴールまで維持できるハロンタイムがありその作戦を十分にこなす能力があるとすれば、他の出走馬はペースメーカーを簡単に先行させることはないということである。
セントレジャーの5日前の段階でまだ登録されていたインペリアルモナーク(Imperial Monarch)ならば完璧にその役割を果たしただろう。その場合キャメロットはより強く走れたかもしれないが、セントレジャーS当日にキャメロットが見せた様子からすると、同馬の持久力はゴール地点でさらになくなっていただろう。同馬は勝てない状態だった。
キャメロットのような血統の馬にはそういう結果が生じる可能性はつねにあった。道中調子を上げていくことがほぼ確実であったエンキーとは違い、キャメロットの牝系は持久力には直接結びついていない。そして、持久力の主な源としてモンジュー(Montjeu)を挙げた人々は、モンジュー産駒のうち3歳以上でヨーロッパのマイル以上のG1競走を勝っている馬はキャメロットが唯一であることを思い出すべきである。同馬が英2000ギニー(G1 約1600m)を優勝した際に注意が払われるべきであった。
現在は、キャメロットの挑戦が頑張って凱旋門賞(G1)で力を発揮できるかそれとも期待を裏切るか、同馬の本当の能力が評価される4歳シーズンが問われているのである。同世代の馬に代役をさせることは同馬のためにはならないだろう。
By Julian Muscat
[Racing Post 2012年9月19日「Stamina long and short of it in case of Camelot」]