海外競馬情報 2013年08月20日 - No.8 - 3
大多数の騎手にとっては、騎乗の過酷さに見合わぬ低い待遇(イギリス)【その他】

 英国の騎手は、国内でも最もひたむきで勤勉なプロスポーツ選手であるが、その中では最も収入が少ない部類に入る。

 トップレベル騎手に与えられる報酬は依然として巨額を保っている。フランキー・デットーリ(Frankie Dettori)騎手は競馬によって億万長者およびスポーツ界一の有名人になり、またトニー・マッコイ(Tony McCoy)騎手はその収入源の中で、気前の良い億万長者JP・マクマナス(JP McManus)氏からの報酬を受けている。

 しかし、現役騎手の多くは生計を立てるのに苦心しており、競馬での進上金収入と競馬場への移動費の帳尻を合わせるために割に合わない戦いに挑んでいる。

 その1人であるジャン-ピエール・ギヤンベール(Jean-Pierre Guillambert)騎手によれば、騎手の80%は金欠病にかかっている。

 来週施行されるロイヤルアスコット開催は、史上最高の賞金総額500万ポンド(約7億5,000万円)の争奪戦となるが、そのうち騎手への進上金は5%強の27万4,000ポンド(約4,110万円)に過ぎず、誤って憶測されている根拠のない10%の進上金からは程遠い。

 最高賞金のプリンスオブウェールズS(G1)かダイヤモンドジュビリーS(G1)を優勝すれば、騎手への進上金は7.5%の2万1,000ポンド(約315万円)となるが、2着の場合は2着賞金の3.5%と定められているので3,700ポンド(約55万5,000円)にしかならない。これらの額を銀行に預金できるのは一部のエリートに限られ、トップ20に入らない413人の平地騎手や障害騎手の大多数は、平日の競馬開催における少ない分け前を奪い合うことになる。

 デロイト社(Deloitte)の今週の経済影響調査によれば、英国の騎手は、他のスポーツのトップレベル選手に比べて相対的に少ない経済報酬のために毎日長時間働き、長距離移動し、怪我のリスクに晒されている。

 また、騎乗手当と進上金からなる騎手の年収は、2012年において平均3万5,000ポンド(約525万円)であり、これに対して、チャンピオンシップ(訳注:イングランドのプロサッカーリーグで最上位のプレミアリーグに次ぐ第2部)に出場するサッカー選手は35万ポンド(約5,250万円)、プレミアシップ(訳注:イングランド・ラグビー・ユニオンのトップリーグ)に出場するラグビー選手は10万ポンド(約1,500万円)、クリケット選手は4万ポンド(約600万円)である。その上、競馬場が英国各地に散らばっているため、移動費が収入のかなりの割合に及ぶことは、会計士も認めるところである。

 2008年に騎手協会(Professional Jockeys Association: PJA)が実施した調査によれば、騎手は年間平均4万マイル(約6万4,000km)移動しており、ガソリン代その他の経費を差し引くと、平地騎手に関してはその日の騎乗手当として6.21ポンド(約932円 税引前)、障害騎手に関しては46.83ポンド(約7,025円 税引前)しか手元に残らない。これはガソリン代1リットルの平均価格を1.19ポンド(約179円)として算出しているが、今日のガソリン代は無鉛ガソリン1.34ポンド(約201円)、ディーゼル燃料1.39ポンド(約209円)に値上がりし
ている。
 

騎手協会(PJA)の取組みも成果なし

 PJAの当時のCEOジョシュ・アピアフィ(Josh Apiafi)氏は、レースや騎手の格付により増加する最低騎乗手当や移動費を馬主が負担する支出制度の提案をまとめたが、馬主の代表との交渉は何も進展しなかった。

 アピアフィ氏は、「騎手の収入増加は、専属医師を得ることに次ぐPJAとして2番目の優先事項でしたが、実現させることはできませんでした。経済不況の真っ只中で、より多くの支出を要求しても、だめでした」と語った。

 そして次のように付け足した。「すべての騎手が望んでいるのは、できるだけ多くの馬、それも勝馬に騎乗することであり、それが実際にどれだけの支出を要するか計算することはありません。現状維持あるいは優良騎乗馬の獲得につながることを願って、利益のない騎乗も引き受けます。ただ騎乗を重ねることだけを考えているのです」。

 現在騎乗手当は平地で116ポンド(約1万7,400円)、障害で158ポンド(約2万3,700円)である。騎手は1開催日平均2鞍に騎乗し、往復約200マイル(約370km)移動し、平地では年間2万3,500ポンド(約352万5,000円)、障害では3万ポンド(約450万円)の税引前の収入がある、とPJAは推定している。

 騎手は個人的な事情の詳細について打ち明けたがらないが、日々の経費が急激に上昇している一方で賞金額が停滞していることに懸念を高めている。多くの騎手はたった1鞍のために競馬場に行っている。競馬場は48時間前出馬投票制度の導入でメディア権料収入が増加している一方、騎手は結果的に増加した出走取消のために収入に打撃を受けている。他方賭事産業は繁栄し続けている。

 次第に騎手は、団体あるいは個人でのスポンサー契約、メディア契約、副業あるいはより高額な賞金で経費を賄うことのできる海外での騎乗を通じて、主要な収入を補う他の方法を見つけなければならなくなっている。

 ここ2シーズン英国でそれぞれ35勝しているラブ・ハヴリン(Rab Havlin)騎手は次のように語った。「困難な状況であり、多くの騎手にとって状況は悪くなる一方です。私は過去2年間少しばかり賞金を稼ぎ収入を上げることができて幸運でした。週末にドイツ、スイスおよびイタリアで騎乗させてくれる何人かの調教師と懇意にしているおかげで助かっています」。

 「騎手もバレットと同じように、毎日競馬場に現れるだけで参加謝礼金を受け取っても良いと思います。たとえ20〜25ポンド(約3,000〜3,750円)であっても、ガソリン代を支払うのに役立ちます。おそらく競馬場はテレビ放映収入をそれに充てることができるはずです。多くの騎手がそれを強く要求していますが、競馬場にテレビ放映収入の一部を支出させられるかに掛かっています」。

 「騎手は競馬開催日に重要な役割を演じていますが、そこに行く費用全てを自己負担しなければなりません。そのうちのいくらかは競馬場が負担できると確信しており、それは大した額ではありません。生活費は上がり続けているのに、何も変わっていないようで、困窮している騎手は絶対にたくさんいると思います」。


騎手であり続けるための出費

 英国での過去5年で最高勝利数が31勝のサム・ヒッチコット(Sam Hitchcott)騎手は、次のように語った。「100ポンド(約1万5,000円)ほどしか稼げない日もあれば、騎手であり続けるために出費しなければならない日もあるので、少しでも収入の足しにするために、勝利を何とか手に入れたり1日2〜3鞍の騎乗をしたりするのを当てにするようになります」。

 「私は全く幸運です。昨冬をドバイで騎乗し、今年の冬も遠征を望んでいます。ドバイではほとんど移動なしで高額な賞金があり、5着以内の騎手は10%の進上金を得ることができます。冬全体をドバイで騎乗したことで、お金が足りずに稼ぎに奔走するということなく金に余裕をもって英国でシーズンを始めることができています」。

 「私はシーズンでせいぜい20〜30勝しか挙げていませんが、ミック・シャノン(Mick Channon)厩舎のような優秀な厩舎の馬に騎乗しているので、軽い負担重量でセリングレース出走へ可能性のある優良2歳馬と出会うことができ、当面のチャンスを得て良いシーズンを送ることができます。私よりも困窮している騎手は沢山います」。

 アピアフィ氏が新しい騎乗手当制度を提案した一方で、同氏の後任ケヴィン・ダーレー(Kevin Darley)氏は出走取消手当について馬主協会(Racehorse Owners Association)と交渉した。しかしそれを施行するルールがなかったためポール・ストラザース(Paul Struthers)氏がPJAのCEO職を引き継ぐときまでに交渉は頓挫し、メンバーである騎手の出費を軽減することに当初の重点が置かれることとなった。ストラザース氏は、商業収入の増加が現役引退保険計画(Career Ending Insurance scheme)の費用軽減に役立ち、他の出費削減と合わせて最終的に15万ポンド(約2,250万円)以上が確保されることとなると語った。

 そして次のように続けた。「騎手にとっての最大の問題が、進上金の割合、彼らの出費、騎乗停止処分および出走取消により受ける影響であることは疑いありません。賞金額の問題でいえば、クラシック競走で2着となれば当該馬の関係者たちが9万ポンド(約1,350万円)を手に入れる一方で、騎手は3,800ポンド(約57万円)しか受け取れず、おかしな話です。他の国では9,000ポンド(約135万円)は手にしています」。

 「出費についての好例はバレットです。バレットは、騎手がその日の騎乗でいつも以上の働きをするよう素晴らしいサービスを提供しています。また、騎手が正しい負担重量で騎乗し、パドックに時間通りに行けるよう手配しており、騎手の世話だけでなく競馬全体がうまく運営されるための一助となっています。それゆえ、これらのコストは競馬産業内で分担されるのが正しいと思われます」。

 「出走取消については、以前の提案を再度主張することを検討するつもりですが、変更を行うには土台となるルールが必要となります」。

 「答えは簡単には出せませんが、全体としてさまざまな財政問題を検討してみる意思はありそうなので、私たちは今年の後半もこれらの話し合いを進めるつもりです。動きがあることを望むすべての分野において、一夜にして何かが変わるわけではありませんが、事態改善に乗り出すことはできると考えたいです」。

 ストラザース氏は次のように付言した。「デロイト社の調査によれば、トップの立場にある騎手はおそらくこれまでと同様にやっていけますが、トップから離れれば離れるほど、より困難になることが分かります。第三者の見解がこの状況に大変同情的だったことは確かに役立ちますし、報告書を依頼したBHAがこの問題をすすんで盛り込んでくれたことは私たちの励みになります」。


                  英国トップスポーツ選手の収入
                  サッカー選手
…£350,000(約5,250万円)
                  ラグビー選手…£100,000(約1,500万円)
                  騎 手…£35,000(約525万円)
                  クリケット選手…£40,000(約600万円)
 

英国騎手の平均年収
  平地競走2012年 障害競走2011−2012年
トップ3位以内の騎手 £217,000(約3,255万円) £202,000(約3,030万円)
(直接経費控除後) £187,000(約2,805万円) £176,000(約2,640万円)
トップ4位〜20位の騎手 £156,000(約2,340万円) £110,000(約1,650万円)
(直接経費控除後) £135,000(約2,025万円) £92,000(約1,380万円)
トップ21位〜100位の騎手 £65,000(約975万円) £40,000(約600万円)
(直接経費控除後) £51,000(約765万円) £28,000(約420万円) 

*:移動費、馬具、税金、個人の健康保険費を含む
出展:デロイト社英国競馬経済的影響2013

By Jon Lees
 

転戦騎手ギヤンベール騎手の話

     [ジャン-ピエール・ギヤンベール(31歳) G3競走1勝、準重賞6勝、
     最多勝シーズン:2005年(63勝)、2013年勝利数:5勝]

 転戦騎手のライフスタイルは全くバラ色というわけではありません。土曜日にいい騎乗馬を与えられ、調教師との関係が軌道に乗る日が近いことを望みながら生活しています。人々は、騎手のライフスタイルは素晴らしいものだと考えています。しかし、1週間ずっと地方回りしている場合、それには程遠いものです。

 現役騎手の8割は、金欠病でしょう。もちろんトップクラス騎手は危機を感じてはいませんが、転戦騎手と呼ばれる騎手の乗鞍は減っています。出走頭数が少ない冬場はなおさらです。

 奮闘している時には何が負担となっているかを知りたくないものです。1鞍の騎乗を手に入れた時、どの騎手も116ポンド(約1万7,400円)が手に入ることを考えます。経費を差し引けば手元には70ポンド(約1万500円)しか残らず、ガソリン代の40〜50ポンド(約6,000〜7,500円)を差し引けば、20ポンド(約3,000円)しか残りません。たった20ポンド(約3,000円)にしかならない1鞍のために4〜5時間運転し、減量のために汗をかくことに価値があるでしょうか?このことによってこの状況から抜け出させてくれる関係者との出会いがもたらされることを期待してやっているまでです。

 英国で競馬界に入ったのはお金のためだと言う騎手は1人もいないでしょう。彼らが望んでいることは勝馬に騎乗することです。私たちは興奮を味わい、勝つことで発散されるアドレナリンのために騎手生活を続けています。

 どうやって生計を立てれば良いのでしょうか?さっき言ったように歯を食いしばり、もうすぐ何かを手にいれることを祈るのみですが、当面は目の前にある真っ直ぐな道をただ進むしかありません。

(1ポンド=約150円)

[Racing Post 2013年6月13日「A Rough Ride」]