夢のような走りぶりであった。2011年にフレデリックエンゲルス(Frederick Engels)がロイヤルアスコット開催のウィンザーキャッスルSを優勝した瞬間から、ファハド殿下(Sheikh Fahad Al Thani)とその2人の兄弟は、大きな出費をする前に、成功を味わった。
同年、ライトニングパール(Lightening Pearl)がチェヴァリーパークS(G1)を優勝し、その後、フランスで安価で購買したドゥーナデン(Dunaden)がジーロングカップ(G3)、メルボルンカップ(G1)、香港ヴァーズ(G1)を連勝した。ドゥーナデンが2ヵ月間の電撃的な東方遠征で獲得した賞金は200万ポンド(約3億5,000万円)以上に上った。
合計で500万ポンド(約8億7,500万円)以上を稼ぎ出した8歳馬ドゥーナデンが現役を引退した7月は、ちょうどカタールの競馬狂の殿下にとっての潮の変わり目と重なり、非常に厳しい時期となった。ジェイミー・スペンサー(Jamie Spencer)騎手の引退発表は不意を衝くものであり、そして4シーズン目を迎えたこの競馬事業で今シーズン未だにG1勝利が無いことが明らかになった。
陶酔するような初期の成功は、比較的少頭数の馬により達成されていたが、所有馬が増えるにつれ、ビッグレースで優勝することはより難しいものとなってきた。8月31日のカラ競馬場でのカペラサンセベロ(Cappella Sansevero)のラウンドタワーS(G3)の勝利は、カタールレーシング社(Qatar Racing Ltd.)にとって、2014年シーズン重賞2勝目(英国及びアイルランドに限る)に過ぎなかった。
ファハド殿下兄弟のサラブレッド資産を管理するデヴィッド・レッドヴァース(David Redvers)氏は、この成績に対する軽蔑するような評価に反論するが、実際、厳しい成績である。
レッドヴァース氏は、「もちろん、もっと多くの重賞勝馬を出したかったです。もう少しのところで逃し続けているロイヤルアスコット開催での勝利を達成できなかったことに非常にがっかりしています。昨年は世界全体でG1を3勝しているので、これは明らかにもどかしいことですが、シーズンはまだ終わっていません」と語った。
そして、期待する余地は依然として大きいと一方的な話をする中で、さらにいくつかの抗議を付け加えた。しかし、ありのままの事実が積み重なっていないことを認めることは、カタールレーシング社について長々と語る用意のある人物の評判を高めることになる。
確かに、レッドヴァース氏は短期間で急速に大きくなったチームについてしばしば生じる誤解を正しながら、全ての質問に対して率直に答える。しかし、同氏は、まず第一に、カタールレーシング社とその関連サラブレッド事業体のすべての評価を保とうとしており、これは特有の立場からなされているに違いない。
この特有の立場はしばしば見落とされがちであるが、これは最近のいくつかの新聞の見出しを考慮すれば驚くに値しない。このカタールの兄弟が2012年に1歳馬のハイドロジェン(Hydrogen)を250万ギニー(約4億6,000万円)で購入したことは大きな話題となったが、この馬が1回凡走しただけだったことは話に尾ひれを付けた。
以前に多くの例があるように、ハイドロジェンは最高価格1歳馬の呪いに悩まされたが、その他にも被害があった。ファハド殿下とその兄弟は、英国競馬界でよく知られている中東の使い放題の権力者と位置づけられたのだ。これはレッドヴァース氏がなんとしても払拭したいイメージである。
同氏は次のように語った。「使い放題の資金などもちろんありません。すべてのことに厳しい予算制限がありますので、私たちは購買馬に価値を求めなければなりません。これはファハド殿下の以前からの希望であり、その方針に沿って私たちは購買を続けてきました。殿下は一族の資産から出費しており、私たちはそのことに気を配らなければなりません」。
レッドヴァース氏は、カタールレーシング社はその取扱額を他の古参の中東のチームと肩を並べる水準にまで引き上げるつもりはないと述べた。そして、次のように続けた。「彼らの中には数年間で数億ドルを費やしているチームもありますが、私たちは始めてからたった3年〜4年です」。
「その意味で、私たちと同様の地位にあるチームの中には、私たちが成し遂げてきたことを良く思うチームもあるでしょう。頂点にいることは信じられないほど大変なことであり、私たちはそのレベルで競争できることにただ満足しています。今年、G1レースで8頭が3着以内に入着しました。別の年だったらそのうちいくつかを勝てたのかもしれませんが、統計的評価というものは大きく変わります」。
当初はファハド殿下がセリにおいて10万ポンド(約1,750万円)以上を使うことは稀であったが、今や限度額は引き上げられている。レッドヴァース氏は今や多くのセリで(とりわけ価値ある馬が最もよく見つかると感じているブリーズアップセールで)最高価格馬の契約書にサインしている。
これらの購買馬を見れば、その大半が早熟な種牡馬の産駒であることが明らかである。そのため、いわゆる“クラシック種牡馬”としての長期的な潜在能力が備わっていない。そして、所有馬を最高レベルで競走させることを目指すこのチームにとって、これは限界のあるアプローチのように思われる。
例えば、ライトニングサンダー(Lightning Thunder)の競走成績は、2歳時に実りのある成績を収めた後、英国とアイルランドの1000ギニーで2着となったが、徐々に先細りになってきた。同馬はスレードパワー(Slade Power 訳注:今年のダイヤモンドジュビリーSやジュライカップを制したスプリンター)と同じくダッチアート(Dutch Art)産駒である。ダッチアートの優秀な産駒はトップレベルのスプリンターであるが、カタールレーシング社が勝利を切望している英国のクラシック競走ではまだインパクト与える産駒を出していない。
レッドヴァース氏は、この一般的に受け入れられている見識を認めるが、完全に同意はしなかった。ともかく、同氏はクラシック種牡馬コースを歩む予算はないと述べ、「理想の世界では、私たちは見栄えの良いモンジューやガリレオの産駒を揃えるのでしょうが、この種の馬は非常に高額です」と語った。
そして次のように続けた。「ビッグレースが施行されるのは、エプソム競馬場の12ハロン(約2400m)においてだけではありません。私たちは全体的に幅広い種類の馬を購買しています。クラシックタイプの種牡馬が送り出す馬についてもう1つ言えることは、実力を十分に発揮できない馬が相当数いるということです。そうなってしまうと障害馬として転売するほかありません。私たちは商業的観点からすべてを検討しなければなりません」。
このような観点や帳尻合わせをしなければならないという観点から見れば、再販価格を設定して馬を購買するというレッドヴァース氏の戦略は理解できるものである。フレデリックエンゲルスは2歳シーズン終了時にかなりの額で香港に売却されたが、一方で、販売価格について十分な裏付けもなく売却されていることも繰り返し見られるテーマである。
今年、この兄弟はすでに2頭の自家生産のフランケルの当歳産駒を売却した。そのうち1頭は日本に売却したが、ファハド殿下は最近この国で2億6,000万円の最高価格馬をはじめとするディープインパクトの1歳産駒6頭を購買した。日本はファハド殿下にとって今後を展望した比較的新しい拠点であり、すでに数頭の若馬を預託している。
レッドヴァース氏は次のように語った。「ファハド殿下は、日本で馬主資格を得たことに感謝しています。殿下は非常に熱心にこの挑戦を望んでいました。ディープインパクトは世界最高クラスの種牡馬3頭のうちの1頭です。殿下はこの方面を探求することを強く望んでいます。活発な精神を持ち、時折独創的な考え方をする25歳の青年なのです」。
「殿下は日本の極めて透明性のあるセリのプロセスも気に入っています。リザーブ価格(販売希望価格)が公表されており、このことはセリのプロセスにおいて信頼感を醸成します。殿下はその場所全体の雰囲気を好んでいるのです」。
さらに、最高価格のディープインパクト産駒の購買は、予算上の制約が多すぎるというレッドヴァース氏の先ほどの話とはそぐわないが、彼は異議を唱える。「モハメド殿下(Sheikh Mohammed)は日本において馬主になることの道を開き、その競馬事業は数年連続で採算の取れるものとなっています。これがファハド殿下の興味を惹いています。日本の賞金は魅力的です」。
日本は、ファハド殿下が4年間の競馬事業展開の過程で取り組んだいくつかの競馬国の1つである。殿下はオーストラリアで従業員を雇っているが、同国のメルボルンカップでのドゥーナデンの優勝が、殿下の兄弟であるハマド殿下(Sheikh Hamad)とスハイム殿下(Sheikh Suhaim)の競馬事業への参加を促すことになった。
このことはカタールレーシング社の中で焦点が欠如していることを示しているが、レッドヴァース氏は世界中の50人の調教師に計200頭以上の馬を預託している状況に満足している。同氏は人材を採用して重要な地位に配しており、カタールレーシング社はいい位置に付けていると考えている。この数の増大は、この兄弟の競馬、特に英国競馬への熱い思いを表わしており、英国では、その投資会社Qipco社を通してある意味最大のスポンサーとなった。
購買馬の増加で避けられない現実は、実力を発揮できずに終わってしまう馬が増えることである。この馬の頭数は、間近の現役馬セールで合理的なレベルになることが期待されるが、1歳セールシーズンが終わるまで頭数はまた増加するだろう。そしてレッドヴァース氏はその間ずっと、兄弟が意のままに、クラシック種牡馬による自家生産馬を競走させることを可能にするような生産事業を組み立てることに多忙である。
数字で見るカタールレーシング社 2013年のG1勝利(欧州):2勝 ジャストザジャッジの愛1000ギニー優勝 ハヴァナゴールドのジャンプラ賞優勝 ロイヤルアスコット開催勝利数:3勝 2011年フレデリックエンゲルスのウィンザーキャッスルS優勝 2013年エクストーショニスト(Extortionist)のウィンザーキャッスルS優勝 2013年キヨシ(Kiyoshi)のアルバニーS優勝 種牡馬:3頭 マクフィ、ハーバーウォッチ(Habour Watch)、ハヴァナゴールド(Havana Gold) 所有馬を預託している調教師:49人(英国、アイルランド、フランス、ドイツ、オーストラリア、米国) 現役馬:214頭 ハイドロジェンの購買額:250万ギニー |
レッドヴァース氏は、「これは本当に重要な発展になるでしょう。私たちはこの2年間にフランケルのもとに15頭ずつ繁殖牝馬を送っていますが、これらの生産馬は競り落とされにくくなるかもしれません。ドバウィ(Dubawi)とニューアプローチ(New Approach)も、私たちが繁殖牝馬を送っている種牡馬です。種牡馬の世界は絶えず変化しています。モンジューやガリレオだけでなく、多くの魅力的な選択肢があります」と語った。
このチームはマイル以上の距離に向いた1歳馬も数頭購買するが、スピード重視のサラブレッド生産に重点を置けば、その中から、後に繁殖に使うのにふさわしい駿足の牝馬が数頭出て来る。ライトニングサンダーやジャストザジャッジ(Just The Judge)はシーズン当初の期待を満たすことができなかったかもしれないが、繁殖牝馬グループの新たな選択肢に加わることになるだろう。
さらに、種牡馬の所有は別の重要な収入源になる。彼らのファーストクロップサイアーであるマクフィ(Makfi)は、4年前に英2000ギニー優勝を果たした後に購買されたが、すでに種付料でその購買額を完済している。レッドヴァース氏は、「来年からマクフィに支払われる種付料は利益となります」と述べた。
彼らの競馬事業は良くなるだろうが、馬主1年目の兄弟の信じがたい成功により、基準は極端に高く設定されるだろう。しかし、繰り返し言うが、好機がすぐそこに来ているというレッドヴァース氏の確信は揺るぎない。
同氏は次のように続けた。「これまで未勝利戦しか勝っていませんが、有望な2歳馬が数頭います。また、最近テラー(Terror)がウォリック競馬場で10馬身差の初勝利を収め、2歳のこの時期の馬として史上最高のタイムフォームのレーティングが与えられました。さらに、ドイツで未勝利戦を簡単に制し、おそらく2400mに向いているロウグランナー(Rogue Runner)もいます」。
レッドヴァース氏は次のように付言した。「G1を除けば、今年はステークス競走を山ほど勝っています。もっと多くの幸運に恵まれると思っていますが、このシーズンが評価されるのはシーズン閉幕の11月です。その時に私たちがどの地位にあるか、様子を見ることにしましょう」。(訳注:9月14日にカタールレーシング社はトレードストーム(Trade Storm)でカナダのウッドバインマイル(G1)を制した)
カタールレーシング社の6頭の優良馬の購買前と購買後
カペラサンセベロ | |
購買前:リステッド競走(準重賞)を含む3戦3勝 | 購買後:ラウンドタワーS(G3)優勝。コンヴェントリーS(G2)2着、フェニックスS(G1)3着。 |
ハヴァナゴールド | |
購買前:2戦2勝 | 購買後:1戦目落馬、その後8戦3勝(ジャンプラ賞(G1)優勝を含む) |
ジャストザジャッジ | |
購買前:リステッド競走(準重賞)を含む2戦2勝 | 購買後:10戦2勝(愛1000ギニー(G1)優勝を含む)英1000ギニー(G1)2着、コロネーションS(G1)3着。 |
パーアロング(Purr Along) | |
購買前:10戦2勝(カルヴァドス賞(G3)優勝を含む) | 購買後:4戦1勝(G3優勝)。 |
シークレットジェスチャー(Secret Gesture) | |
購買前:リングフィールズオークストライアル(準重賞)を含む2勝。 | 購買後:英オークス(G1)でタレント(Talent)の2着。独オークス(G1)、ヨークシャーオークス(G1)およびジャンロマネ賞(G1)で2着。唯一の勝鞍はリステッド競走(準重賞)。 |
トレードストーム | |
購買前:21戦の中で最高の勝利はザヴィールマイル(G2)優勝。 |
購買後:12戦中最高の成績はウッドバインマイル(G1)3着。 |
By Julian Muscat
(1ポンド=約175円)
[Racing Post 2014年9月2日「Tough at top but Qatar on course」]