セクレタリアト(Secretariat)が凄い馬であったことは周知の事実だが、驚くべき脚で加速したケンタッキーダービーでのラップタイムが分析されるまでは、どれほど凄かったか実感できなかっただろう。普通の馬は400mごとのラップタイムで見て後ろになればなるほど速くなることはない。
ブラックキャビア(Black Caviar)が駿足であったことは周知の事実だが、2012年2月のフレメントン競馬場のライトニングS(G1)で200mを火の出るような9秒98で駆けるまではどれだけ駿足であったか実感できなかっただろう。この場合も普通の馬だとこんなスピードは出せない。
フランケルが凄い馬でかつスピードがあったことは周知の事実だが、2011年7月のサセックスS(G1)でキャンフォードクリフス(Canford Cliffs)を破った時に、グッドウッド競馬場にラップタイム測定装置が無かったために、同馬の能力を数値で示す手段はなかった。代りに、ストップウォッチの先駆者マイケル・タナー(Michael Tanner)氏と、タイムフォーム社(Timeform)のラップタイム専門家サイモン・ローランズ(Simon Rowlands)氏とが、世界でも有数の高速競馬場でフランケルが何を成し遂げたかついて議論する結果となった。
フランケルは、グッドウッド競馬場の1ハロンを神がかりの10秒に迫る速さで駆けたのだろうか?そうかもしれないし、そうでないかもしれない。英国とアイルランドはこのようなデータ提供となると、大半の競馬大国の後塵を拝しているので、私たちは推量するしかない。2013年までに、英国チャンピオンズシリーズのレースの70%とチェルトナムとエイントリーで施行される最大の障害レースにおいて、ターフトラックス社(TurfTrax)の提供したラップタイムが使用可能となっていたが、2014年はそのごくわずかな対象範囲でさえもまだ合意されていない。
いずれにしても、多くの審議やフライングスタートを受けてこの問題が提起されてから約30年が経ち、他の競馬大国ではラップタイムの測定が常識で不可欠となっている中で、英国ではタイム情報なしでレースの大部分が施行され続けているという現実がある。
アイルランドの上級ハンデキャッパーで独自にラップタイムを集計しているガリー・オゴーマン(Garry O’Gorman)氏は、歯に衣着せずに、「英国とアイルランドは一流競馬国であると常に言い続けていますが、21世紀の技術となると第三世界です。過去成績を照合する方法は時代錯誤も甚だしいです」と語った。
「確かに私個人の見解は、ラップタイムが私の仕事に役立っているという事実に影響されていますが、それは他の多くの競馬大国の賭事客にとっては必要なものなのです。しかし英国では、賭事客は無駄に賭けを行っています。それが真実です」。
1980年代半ばに独自のタイム測定を始めたタナー氏は、進展のなさに苛立っている。「私たちは依然として大きな遅れを取っています。この分野の進歩は十分でなく迅速でもありません。私は賭事を行いませんが、ラップタイムは賭事客にとって強力なツールなので、私たちは現在アスコットやニューマーケットでそのデータ入手を始めています」。
「この件はこれまでかなり軽く扱われてきたと常に感じていました。“預言者は郷里に尊ばれず”ということわざを表しているようです。今や事実上誰もがラップタイムの実用性の検討に取り掛かり始めたのは、まったく愉快です」。
手の届かない贅沢品?
BHA(英国競馬統轄機構)のCEOポール・ビター(Paul Bittar)氏とグレートブリティッシュレーシング(Great British Racing:GBR)のCEOロッド・ストリート(Rod Street)氏は2人とも、ラップタイムを褒め称えていると報じられているが、有益なツールとなりうるものは値が張ることになる。異なる装置はいくらでもあるが、最新機能を備えたラップタイム測定装置をゼロから設置する費用は約50万ポンド(約8,500万円)と見積もられる。確かに、考えられるすべての機能を有する最先端のシステムにはこれぐらいの費用は妥当である。ずっと安価なものは、より原始的な先頭馬のタイムだけが記録される“ブロークンビーム(broken-beam)”センサーを備えた装置である。この装置の設置には2万ポンド(約340万円)しか掛からないが、1開催日当たり1,000ポンド(約17万円)の操業費も掛かる。
チャンネル4のようなテレビ局はデータを好むが、競馬は、サッカー、クリケットその他のBスカイB(British Sky Broadcasting)で放送されている、データが支配的なスポーツに比べて遅れをとっているようだ。画面の隅にストップウォッチを表示することすら不可能である。レーシングUK社(Racing UK)の親会社である競馬場メディアグループ(Racecourse Media Group: RMG)のCEOリチャード・フィッツジェラルド(Richard FitzGerald)氏は、「近い将来に完全に機能する手頃な価格のラップタイム測定装置が設置されることを望んでいます」と語った。
そして次のように続けた。「米国の小規模な競馬場に配備されているものに似た、先頭の馬がハロンごとにある光線を過ぎ去るときにタイムが測られるラップタイム測定装置が費用効率の高い方法かもしれません。あまり洗練された方法ではありませんが、はるかに手頃です。そのうち技術発展が解決策を生むでしょうから、私たちはあと2〜3年待つ必要があるかもしれません」。
GBRの開発担当理事であるナイジェル・ロディス(Nigel Roddis)氏は、BHAと協議しつつ、実現の可能性を研究している。そして次のように説明した。「2014年英国チャンピオンズシリーズで設置される測定装置のメーカーと規模は、協議次第です。テレビ視聴者の楽しみと競馬への興味を向上させるために進歩した技術が利用されることを願っています。ラップタイム導入に向け効果的な方法を探るために、英国チャンピオンズシリーズとチャンネル4の関係者と話し合いを持ちます」。
過去2年間、ラップタイム導入に関して、スポンサーであるQipco社と競馬場が関係している英国チャンピオンズシリーズの共有基金から資金が出されている。ロディス氏は、「資金を出す狙いは、これまでとは少し違った観点から英国チャンピオンズシリーズに対して関心を向けさせることでした。ラップタイムへの資金投入はこれまでのところ良い効果をもたらしています」と語った。
そして次のように付け足した。「しかし、ラップタイムは良い結果を生むことができるのでしょうか?もちろんそうでしょう。まだ不十分な点はありますが、ある程度競馬放映を充実させており、素晴らしいコンテンツを提供し人々に馬の能力について大いに語らせることで、競馬放映の向上に役立っています。フランケルが並外れた馬であった理由について追加情報を与えていますが、一般的にラップタイムに関する限りそれは試みにすぎません」。
ちなみに、2012年にグッドウッド競馬場にラップタイム測定装置が設置されたとき、フランケルはハロン10秒のタイムは出さなかったが、最後の3ハロンをそれぞれ11秒08、10秒75、10秒42で走り、33秒は十分下回った。ただ比較対象がなかったために、この装置の不十分さが明らかになった。念のために言っておくが、レース終盤の連続したハロンを約11秒で走るマイル馬はいかなる場合でも印象的である。しかし純粋にスピードのみについて言えば、フランケルがオーストラリアのブラックキャビアほど高速を記録しなかったことも私たちは認識している。このことはブラックキャビアがフランケルより優れていることを意味するわけではないが、この議論に興味をそそる新たな面を追加したのは確かである。
全ては費用次第
BHAはラップタイムの構想にずっと熱心であるが、ロディス氏は財源が乏しい現実世界に苦心している。同氏は、「英国のすべての競馬場でラップタイムを測定することが考えられるでしょうか?多額の費用がかかり中期的には疑わしいと感じています」と語った。
そして次のように続けた。「ラップタイムはもちろん競馬産業に利益を与えるでしょう。テレビ局の目的および賭事客にとっての充実に繋がります」。
「しかし、私たちは理想の世界にいるわけではなく、現実の世界で働いています。ラップタイムの肯定的な面はいくつかありますが、誰がそれに資金提供するのでしょうか?英国ではあまりラップタイムが測定されない理由には、馬場状態の変化や馬場の種類の違いなどがあり、それらはすべてもっともであり関連性があります」。
「しかし、真の理由は費用です。ビジネスとして投資の効果が明らかになっていません。競馬場自体は商業的運営であり、費用を掛ける必要がある事柄に優先順位を付けられない場合、投資に対する見返りを検討する必要があります」。
ラップタイムは主として一握りのプロを惹きつけるだけのニッチなテーマであると却下されてきているが、このような見方は他の国では正しくないとされており、英国競馬の輸出に関する潜在的利益を無視することにもなる。
ロディス氏は次のように語った。「国内へのいくらかの利益となりますが、直接的な利益があるのは国際市場です。英国競馬はラップタイムのデータを集積している他の競馬国に取って替わられるかもしれません。とはいっても限られた財源を費やす最善の方法について決定しなければなりません。初期費用は高く比較的リスクを伴うかもしれません。空費するほどの財源はありませんので、資金をぞんざいに使うのはもってのほかです」。
「また、個々の競馬場がそれぞれバラバラの解決策を実行するのではなく、実行されることが競馬産業全体で一貫していることも重要です」。
トート社売却収入に救済を求めることはできるか?
ロディス氏は財源の可能性について、オールウェザーのリングフィールド競馬場に対し親会社アリーナレーシング社(Arena Racing Company)が聖金曜日までに何かを導入することを約束していることで、競馬界がトート社売却から得た収入を多少ラップタイムの予算に割り当てることができるかもしれないと述べ、一条の光を与えている。
ロディス氏は次のように語った。「トート社売却収入は、競馬界に利益を与え役立つ計画に使用することができますが、約束はできません。トート社売却収入から使用可能な資金は、商業的にうまく達成できるような装置の導入のために使われるべき財源です。ラップタイム測定装置が導入される場合、馬場状態の違いが少なくデータも多いことから、オールウェザー競馬場が最初の実施場所となることは明らかです。しかし、4つのオールウェザー競馬場にどのように装置を取り入れ、それに相応しい装置とは何なのでしょうか?私たちがトート社売却収入の一部を解除することができれば、おそらくその点に貢献することができます」。
そして、乗り越えるべき国庫補助というハードルがある。「これは政府の資金ですので、国庫補助に準拠した方法で使われる必要があります。競馬にとって素晴らしい企画で、素晴らしい資金の使い道となるよう、現在法律上の助言を受けているところです。永続的に使えるわけではありませんが良い弾みとなるでしょう。どれぐらいの金額を使えるか分かりませんし、全く使えないかもしれません。現時点で約束できることはなく、当面私たちにとっての選択肢を探索していくだけです」。
そして、少なくとも包括的な形式ですぐに提供されることはないだろうと思われる。
ラップタイムとは何か? 陸上競技や水泳のような他のスポーツでの利用において、ラップタイム(スプリットタイムとも言う)は、競技者がある点に到達する、あるいは競技中に2点の間を移動するのに要するタイムのことである。 英国とアイルランドの競馬においてはまだ珍しいが、ラップタイムは世界中で使われている。たとえば米国競馬においては、ラップタイムは第二次世界大戦後からごく普通に掲示されている。米国におけるラップタイムは、スタート後2ハロンごとにとられるのが普通である。 さまざまな民間会社は、他の実況情報提供サービスの中でラップタイムを提供している。その中には英国の先頭に立つターフトラックス社やドバイのトラカス社(Trakus)があり、両社ともマイクロチップのGPS技術を駆使している。より簡易なシステムとしては、北米で広く使用されているブロークンビーム技術があり、この方式では、先頭走者がトラック上の一定地点にある電子光線を遮った時に記録される。 |
各国のラップタイム測定の現状 |
By Nicholas Godfrey
(1ポンド=約170円)
[Racing Post 2014年1月9日「About Time?」]