チェルトナムフェスティバルが競馬の話題の大半を占める昨今、米国のデルマー競馬場が2015年シーズンまでにダート馬場を再び敷設するというニュースは、目立たないようにひっそりと伝えられた。
この展開は、世界最高賞金レースのドバイワールドカップ(G1)が初めて米国調教馬の出走なしで施行されようとしているドバイだけでなく、米国以外の競馬国に深刻な意味を持つかもしれない。
「だから何だ」と言われるかもしれない。それならば、アイルランド調教馬なしのチェルトナムフェスティバルを想像してみてほしい。そして“ワールドカップ”と認識されているのに、英国勢が大挙して押しかけている一方で、米国勢がメイダン競馬場のドバイワールドカップデーで出走するのは3頭だけかもしれないということを考えてみてほしい。ドバイワールドカップ出走馬のロンザグリーク(Ron The Greek)は以前米国で活躍したが、今ではサウジアラビアのアブドラ国王(Abdullah bin Abdulaziz)の子息が所有しサウジアラビア調教馬と見なされているので、米国調教馬としてカウントされない。馬名も変えられてワッタニ(Wattani)として出走する。
この米国調教馬不在には理由があり、それを説明するにはデルマー競馬場の話題に戻らなければならない。昔ながらのダート馬場をより馬の肢にやさしいオールウェザー馬場に取り換えるようカリフォルニア州が命令したことを受け、同場は2007年にポリトラック馬場を敷設した。2006年にケンタッキーダービー勝馬バーバロ(Barbaro)のプリークネスS(G1)での故障による死を受け、米国競馬界はダートからの大規模な転換に踏み切るように見られた。
しかし、このようなオールウェザー馬場は広く人気を得ることができなかった。あるいは、さっぱり人気がなかった。サンタアニタ競馬場がプロライド馬場で大きな問題が生じたことでダート馬場に戻した一方で、ハリウッドパーク競馬場は閉場してその入厩馬を北カリフォルニアにおいてデルマー以外で唯一人工馬場(メイダン競馬場と同じタペタ)を敷設している平凡なゴールデンゲートフィールズ競馬場に移動させた。
デルマー競馬場がダートに戻れば、米国の二大競馬施行地域であるニューヨーク州も南カリフォルニアもダート馬場しか持たないことになる。三冠競走はどれもダート以外で開催されたことがなく、ブリーダーズカップも二度とオールウェザーで開催されることがないように思われる。米国でオールウェザーを得意としたスター馬は、唯一ゼニヤッタ(Zenyatta)だけであった。
さて、これは他の競馬国にとってどのような意味を持つのだろうか?
たとえば英国はきちんとしたダート馬場を有したことが一度もないが、芝以外の競馬は欧州では見劣りがするものとして扱われている。しかし、ドバイでも同じだとは言い難い。ドバイワールドカップはナドアルシバ競馬場のダートで施行されていたとき、米国最高のダート馬をごく普通に惹きつけてきた。その中にはトップクラスのドバイワールカップ勝馬のシガー(Cigar 1996年)、シルバーチャーム(Silver Charm 1998年)、インヴァソール(Invasor 2007年)およびカーリン(Curlin 2008年)がいた。
このような遠征馬の存在は、ドバイワールドカップが“豪華な悪趣味”ではなく“完全に逸脱したもの”と見なされるのに大きく貢献した。モハメド殿下(Sheikh Mohammed)は当初世界的な馬のチャンピオンシップの創設を模索していたので、優秀なDNAの一部を形成するこれらの馬はこのイベントの存在意義の中心にあった。
メイダン競馬場がタペタを敷設してから、米国ダート馬はこれまでのようにドバイに足を運ばなくなった。「アニマルキングダム(Animal Kingdom)はどうなのか?」と言われるかもしれないが、アニマルキングダムはケンタッキーダービーを制したが、芝、ダートおよびオールウェザーの競馬史において最も多才な馬の1頭であり、ダート専門馬ではなかった。それに芝血統であった上に、オールウェザーのほとんどは伝統的なダート馬よりも芝馬に有利に働く。
タペタ自体は素晴らしい馬場であるが、タペタでの競走成績はそれ以外の馬場には当てはまらない。ドバイカーニバルが孤立したがっているのであればそれで構わないが、このような状態はドバイワールドカップの国際的地位に寄与することにはならない。メイダン競馬場に舞台を移してからの4頭のドバイワールドカップ勝馬、すなわちグロリアデカンペオン(Gloria De Campeao)、ヴィクトワールピサ、モンテロッソ(Monterosso)およびアニマルキングダムはその後勝利を挙げていない。
さらに、ドバイワールドカップデーの他のタペタのレースも、生産面から考えてもその後チャンピオン馬を生んでいない。ケンタッキーダービーの重要なトライアルレースとされているUAEダービー(G2)の勝馬がその後チャーチルダウンズ競馬場で成功を収めないことには、ケンタッキーダービーがダートであるのに対しUAEダービーはそうではないので驚くことではない。ドバイゴールデンシャヒーン(G1 1200m)は毎年質が落ちている。米国のワクワクするようなスピード馬はどこに行ってしまったのだろうか?米国のダート馬場にとどまったままである。
メイダン競馬場のオールウェザー馬場敷設は、それがタペタのような質の良い馬場であっても、米国競馬界がダート馬場を捨てようとしているという誤った印象がもたらした結果であった。その代りに、世界最高賞金レースは滑稽なイベントとなる危険に晒され、メイダン競馬場はほとんど孤立している。ドバイで真剣な議論がなされなければならないのは明らかだ。おそらくスコットランドの甘い歌声のエドウィン・コリンズが率いるオレンジジュースの80年代のヒットソングの『ビリビリに裂いてまた始めようよ(Rip it up and start again)』というメロディーを聞けば、今後どのようにするかわかるだろう。
By Nicholas Godfrey
[Racing Post 2014年3月20日「Meydan may have to remove World from Cup」]