良いことはそう沢山はない。但し、平地競馬は例外として。
G1競走は世界全体で450レースある。誰もが多すぎるので減らすべきだと考えているようだ。この中で極めて優れた競走には特別な階級が与えられるべきであると考える者もいる。しかし、その点については合意がない。
これは“エリートG1”とも“スーパーG1”とも呼ばれる。その提唱者は、この階級の創設が、優良競走の中でも最高のものを引き出す、有益で有意義、かつ利益をもたらす可能性のある方法と考える。このアイデアの支持者は、チリのG1が英国、アイルランドあるいはフランスのG1と同じ格付となるのは理に適わないと主張する。また、仏オークス(ディアヌ賞)のトライアルレースであるサンタラリー賞が、仏オークスと同じG1であることはどう考えてもおかしいと論じ立てるかもしれない。これは1つの考え方である。一方、特別な選抜階級を新たに設けることは競馬の価値を高めることがない上に、むしろ混乱、さらには各国間の緊張を生む可能性があるという考え方もある。そして、この考えの支持者はこの構想が機能することはなく、そのために注がれる労力は無意味で無駄であると主張する。
これは競馬界の中枢において長年話し合われてきたテーマである。この議論はこれまで大抵表立って行われてこなかったが、その理由の1つは会議で次の議題に取り掛かることができるようスーパーG1提唱者は即座に沈黙させられたためである。しかし、影響力のあるアジア競馬会議(Asian Racing Conference:ARC)の5月の公開討論会でこのテーマが議論されたことで、このような姿勢は部分的にではあるが変化した。ヨーロッパ・パターン競走委員会(European Pattern Committee: EPC)のブライアン・カヴァナー(Brian Kavanagh)会長は、スーパーG1の採用にはほとんど利益はないと考えていることを明らかにしたが、これに対して香港ジョッキークラブ(Hong Kong Jockey Club: HKJC)の競走担当理事ビル・ネーダー(Bill Nader)氏は討論会出席者の60%と共に、この構想を支持した。
興味深いことに、心からスーパーG1を支持し続けてきたBHA(英国競馬統轄機構)の競走担当理事ルース・クイン(Ruth Quinn)氏に賛同しているのは恐らくネーダー氏だけではない。
スーパーG1とはどういうものか?
そこに問題がある。どこかで線引きが行なわれるべきだが、新たに最高級のレースを設定するにあたり、線引きはとても難しい。アスコット競馬場の国際担当理事ニック・スミス(Nick Smith)氏はARCでこの議論に参加したが、「議論する価値はありますが、ものすごく複雑な問題です」とどちら側にも票を投じなかった。
そして次のように続けた。「人々は断固反対するか熱烈に賛成するかのどちらかのようです。問題はスーパーG1をどのように定義するかということではないでしょうか?単に出走馬のレーティングだけで定義すれば、全大陸にスーパーG1を割り当てることができないので、世界中からの支持は絶対に得られないでしょう」。
「中枢的な競走だけをスーパーG1と定義すればレーティングが低い競走も含まれることになるでしょう。そしてメルボルンカップを含めずにスーパーG1のリストを作成することはできませんので、ハンデ戦をどう扱うかも問題になります。それから賞金額も問題になります。賞金額を検討材料とするならば、欧州はほぼ一掃され、凱旋門賞とチャンピオンS、それと英ダービーしかリスト入りしないでしょう」。
「薬物使用や馬場の違いはどのように扱うのでしょうか?討論会出席者の約80%は競走当日の薬物使用を容認している国にはスーパーG1を認めないことに賛成票を投じましたが、これでは米国を一掃してしまいます」。
「スーパーG1を議論する価値はありますが、この問題については、G1の数を減らし、また、G1に何を期待するか、競走のレーティングをどのように決定するかについて検討した後の結果として恐らく見えてくるのではないかと思います。これはこれまで取り組まれたことのない概念です」。
スーパーG1構想に対して、スミス氏が熱意に欠けているとすれば、カヴァナー会長は全くその気がないと言える。
カヴァナー会長は次のように語った。「EPCで時折この件について話し合ってきましたが、意見は一致していません」。
「スーパーG1に焦点を合わせるべきではないというのが私の見解です。新たな階級を創設するのではなく、世界中で適用されている今の重賞格付制度の完成に重点が置かれるべきです。ブラックタイプ競走(訳注:セリ名簿の血統紹介欄に記載された馬名のうち、優勝または入着した実績を太字その他の書体により識別表示するための基準となる競走)とされているレースに本当にその価値があることを確かにするほうがより重要です」。
「これは考えうる限り最悪の結婚式招待者リストを作成しなければならないようなものでしょう。どのレースをスーパーG1にするか、どこで線引きをすればよいのでしょうか?必ずどこかで線引きを行わなければなりませんが、それは世界第10位まででしょうか?それとも第25位あるいは第50位まででしょうか?それが第25位までだとすれば、第26位のレース運営者にどう説明するのでしょうか?」
それでは世界最高の25レースとは何か?
IFHA(国際競馬統轄機関連盟)のウェブサイトに掲載されている一覧に答えを見出すことができるかもしれない。
これは、そのレースの過去3年間の1着〜4着馬の年末レーティングの平均に基づいて作成されている。G1として格付けられるには、2歳馬限定戦以外はレーティング115以上でなければならず、3歳以上の牝馬限定戦の場合はそのレーティングは110以上に引き下げられる。この手法を適用することにより、チャンピオンSは少なくとも今年末までは世界最高のレースと公式に判断されるだろう。チャンピオンSの1着〜4着馬の平均レーティングは、2011年は125.5、2012年はフランケル(Frankel)の貢献で129.75、2013年は121.5となり、3年平均は125.58で凱旋門賞(レーティング123.92)を上回って第1位となった。
欧州以外ではブリーダーズカップマイルが平均レーティング123.08で第5位、日本で最高額賞金を提供するジャパンカップが平均レーティング121.42で第14位となった。
スーパーG1が、3年間の平均レーティングが120を上回るこのトップ25に基づくならば、英国は9レース、フランスは5レース、日本は4レース、米国は3レース、ドバイは2レース、アイルランドとオーストラリアはそれぞれ1レースのスーパーG1を与えられることになる。
しかし、この25レースには、英ダービー(41位)、ケンタッキーダービー(35位)、メルボルンカップ(43位)、コックスプレート(26位)のような象徴的なレースは入っていない。
3歳限定戦の基準を117以上とするならば、これらのうち2レースはスーパーG1に入るかもしれない。
失うよりも得ることのほうが多い
この考え方は、スーパーG1導入の利益を認める人々の見解を的確に要約している。彼らは、どのレースがスーパーG1となるべきかについての定義が難しいことは否定しないが、それだけの価値があると信じている。
スーパーG1の確固たる支持者クイン氏は、その見解が個人的なものであると強調するが、その役職や所属組織ゆえに大きな影響力を持つことは避けられない。
クイン氏は次のように語った。「この10年間スーパーG1構想の検討を提案する文書をEPCに何度も提出し、最近では5月に提出しました」。
「どのレースが常に世界最高級の馬を惹きつけ、国境を越えた選り抜きの競走になることができるかを認定する客観的基準について合意する時には、この提案に明確な異議が唱えられることは間違いないでしょう」。
「英国競馬に歴史と威信があることで、私たちは世界最高の競走を多く要求できる恵まれた立場にあり、現レーティングではチャンピオンSが公式に世界最高のレースになっています」。
「世界中のG1はすべて同等でしょうか?もちろんそうではありません。欧州が高水準を保ちながら、世界中に受け入れられる、より一貫性のある重賞競走の質を管理するプロセスの準備は整っています。いくつかの重要なステップが進み出したら、その結果は今後3年間で明らかになり始めるでしょう」。
「それまで、最高級馬を絶えず惹きつけるレースを明確にして、これにペナントを掲げることにすれば、それなりに大きな関心を呼ぶことになると思いますので、きちんと検討する価値はあるはずです」。
ARCで、ネーダー氏は心からこれに同意し、次のように発言した。
「G1競走459レースはかなり多く、それらは同等ではありません。そのことを私たちは分かっています。時間を掛けてG1競走の数を10〜20%減らして整理を行うまで、スーパーG1を認めることは良いことです」。
「スーパーG1を20、50あるいは100レースにするかについては、すでに出されているような素晴らしいアイデアがあり、それらが認められるべきだと考えています」。
競馬および生産の著名な専門家トニー・モリス(Tony Morris)氏もネーダー氏と同様、G1競走はあまりに多く、その中の最高のものを目玉にすべきであると考えている。
「優れた馬が簡単に互いを敬遠し合うことができるようになってきています。私は当初から重賞競走を熱心に支持しており、素晴らしいアイデアだと考えていましたが、手に負えなくなってしまいました。重賞競走が始まった時には、競走数はずっと少なかったのです。その数は増やさなければなりませんでしたが、増えすぎました」。
「抜本的な見直しが必要で、G1にふさわしくない競走はどれか決定されるべきだと考えています。現状は自己破滅的です。レースは以前ほど激しい競り合いが繰り広げられなくなったのに、一体どのようにしてレーティングを上げていけば良いのでしょうか?」
「スーパーG1が設けられるのであれば、私は支持者になるでしょう。もちろん反対する人々もいるでしょうが、全ての人をいつも満足させることはできません」。
ホースマンの見解
スーパーG1の導入に反対の立場で、広く使われ、説得力がある主張を見ると、“なぜ、わざわざ?”という2語に要約される。
アル・シャカブレーシング社(Al Shaqab Racing)の競馬アドバイザーでハイクレアサラブレッドレーシング社(Highclere Thoroughbred Racing)の社長であるハリー・ハーバート(Harry Herbert)氏は、「大して違いを生まないように思います」と語った。
そして次のように付け足した。「どの競走が最高であるか皆よく分かっています。誰もが英ダービーはオイロパ賞(訳注:ドイツのシーズン最後のG1競走)のようなレースより優れていることを知っています。競馬に詳しい者は、いくつかのG1の質が他よりも勝っていることはすぐにわかりますので、スーパーG1は血統に関してとりわけ大きな意味があると見なし難いでしょう。変更することの趣旨を理解することができません」。
ジョン・ゴスデン(John Gosden)調教師は、趣旨は理解するものの、それを実行に移すことには何も期待しておらず、次のように語った。「レナード・コーエン(訳注:カナダのシンガーソングライター)が言うように“みんな知っている(Everybody knows)”のです。すべての競馬統轄団体がそれぞれの競馬番組を何としても守ろうとしており、いつもの事ですが、誰もこの構想について客観的に議論することはないでしょう。スーパーG1の恩恵は理解できますが、既得権があるために現状を変更させることは極めて困難です」。
変更に価値があり得る理由の1つはマネーである。新たに最高位の区分を設けるために金銭的誘因があれば、この構想はかなり魅力的なものになるかもしれない。
カリド・アブドゥラ(Khalid Abdullah)殿下のレーシングマネージャーであり、ヨーク競馬場の会長でもあるテディ・グリムソープ(Teddy Grimthorpe)氏は次のように語った。「私は重賞競走に馬を出走させて鍛えられてきましたので、重賞競走を信頼しています。これをあれこれいじくり回すことの危険性は、パンドラの箱を開けるようなものです。問題は完璧な解決策がないことです」。
「スーパーG1について言えば、その導入理由によります。商業的にはいくつかのスポンサーシップの価値を高めることができるでしょうが、同時に他のスポンサーシップの価値は下がるでしょう」。
「火中に栗を拾いに行くのであれば、それにふさわしいパッケージを優良スポンサーに提供する必要があるでしょう。大きな多国籍企業のCEOのもとに行き、10万ポンド(約1,750万円)を要求するのであれば“まず秘書を通してくれ”と言われるでしょうが、500万ポンド(約8億7,500万円)を要求すれば、彼らの注意を引くでしょう」。
マーク・ジョンストン(Mark Johnston)調教師にとって重要なことは、どの競走が重賞で、その格付がどのようなものであるかということの決定だけでなく、その格付とブラックタイプの格付が切り離されることである。
ジョンストン調教師は次のように語った。「セリ名簿の記載基準ではブラックタイプ競走と重賞競走が本質的に繋がっており、このことが非常に多くの問題を引き起こしています。競走馬が4頭立てのリステッド競走(準重賞)で3着に入ってブラックタイプの格付を獲得するという考えは、時々滑稽にも見えます」。
「セリで買い手にその競走成績の質の違いを一目で理解させるブラックタイプ制度は、最初に意図されたものから変化してきています。米国ではどのステークス競走もブラックタイプ競走であり、このことはセリ名簿にブラックタイプとして記された馬の良し悪しの判断を不可能にしています」。
「管理馬の1頭ハートネル(Hartnell)は以前リステッド競走だったゼットランドSを10馬身差で制しましたが、ブラックタイプを獲得することができませんでした。このレースの2、3着馬はそうでないにせよ、ハートネルはブラックタイプを獲得するのにふさわしい馬でした」。
「1年間の競走成績をさかのぼり、それに基づいてブラックタイプを与えるシステムが好ましいと考えます。それを実施するのは難しいとは思いません」。
代替案:ワールドシリーズの復活
カヴァナー会長によれば、トップレベルの重賞競走の商業的評価を高める方法があるとすれば、それはスーパーG1の導入ではない。それは競馬のワールドシリーズの導入、より正確に言えば再導入を通じた方法である。そして同氏はこれが実現可能であると信じている。
「近い将来、かつてのエミレーツワールドシリーズ(Emirates World Series 訳注:1999年にドバイのエミレーツ航空の協賛により始まった、競馬の世界選手権シリーズ。2006年よりスポンサー契約の関係上中止となっている)のコンセプトが甦るのを目にするかもしれません。特定のレースに対抗するものとして、競馬開催やレースの選り抜きグループを設ける構想が浮上し、シリーズという形に結びつく可能性があります」。
「私はその強力な支持者となります。私から見ればスーパーG1のカテゴリーを設けるよりもずっと信憑性があります」。
「エミレーツワールドシリーズの最初の理事会に出席しましたが、愛チャンピオンSとコックスプレートのようなレースを連携させることはとても素晴らしいことだと思いました。その後、世界はいっそう近いものとなり、今や馬がお互いの国に活発に遠征する状況となっています」。
「現在解決されなければならない問題は、どこがメディア権を所有するかということと、スポンサーを確保できるかということです。しかし、私たちは以前よりもお互いの国の競馬についてずっと理解を深めているので、新たなワールドシリーズの方が簡単に設立できると考えています」。
「世界中のトップレースはそれぞれその特徴を認識し始めましたが、より重要なことは、それぞれが連携し始めていることです」。
「愛チャンピオンズウィークエンド、凱旋門賞ウィークエンドおよび英国チャンピオンズデーの中でレースを連携させる可能性は無限にあり、それらは他の国際競馬開催とも連携させることができるでしょう」。
「欧州では5週間に18のG1が集中しており、これはシーズン終盤に素晴らしいストーリーを繰り広げます。それらにとってスーパーG1は必要ありません」。
しかし必要でないとしても、“スーパーG1”は少なくとも有益ではあると考える者もいる。この議論は長年にわたって非公式に行われてきたが、今や公に話し合われるようになった。
世界トップ25のG1競走−どの競走が“スーパーG1”にふさわしいか? | ||||
レース名 | 競走距離 | 競馬場 | 平均レーティング | |
1 | チャンピオンS | 約2000m | アスコット | 125.58 |
2 | 凱旋門賞 | 2400m | ロンシャン | 123.92 |
3 | ジャックルマロワ賞 | 1600m | ドーヴィル | 123.67 |
4 | クイーンエリザベス2世S | 約1600m | アスコット | 123.25 |
5 | BCマイル | 約1600m | 持ち回り | 123.08 |
6 | BCターフ | 約2400m | 持ち回り | 122.83 |
7 | BCクラシック | 約2000m | 持ち回り | 122.75 |
8 | サセックスS | 約1600m | グッドウッド | 122.67 |
9 | キングジョージ6世&クイーンエリザベスS | 約2400m | アスコット | 122.58 |
9 | エクリプスS | 約2000m | サンダウン | 122.58 |
11 | プリンスオブウェールズS | 約2000m | アスコット | 122.50 |
12 | クイーンアンS | 約1600m | アスコット | 122.08 |
13 | ガネー賞 | 2100m | ロンシャン | 121.58 |
14 | ジャパンカップ | 2400m | 東京 | 121.42 |
15 | インターナショナルS | 約2100m | ヨーク | 121.33 |
15 | ドバイワールドカップ | 2000m | メイダン | 121.33 |
17 | ライトニングS | 1000m | フレミントン | 121.08 |
18 | 愛チャンピオンS | 約2000m | レパーズタウン | 120.92 |
19 | 宝塚記念 | 2200m | 阪神 | 120.83 |
20 | 天皇賞(秋) | 2000m | 東京 | 120.75 |
21 | 有馬記念 | 2400m | 中山 | 120.58 |
22 | イスパーン賞 | 1800m | ロンシャン | 120.25 |
23 | ロッキンジS | 約1600m | ニューベリ | 120.08 |
24 | サンクルー大賞 | 2400m | サンクルー | 120.00 |
24 | ドバイシーマクラシック | 2410m | メイダン | 120.00 |
※トップ25以外に文中で言及されたレース | ||||
26 | コックスプレート | 2000m | ムーニーヴァレー | 119.83 |
35 | ケンタッキーダービー | 約2000m | チャーチルダウンズ | 118.75 |
41 | 英ダービー | 約2400m | エプソム | 118.17 |
43 | メルボルンカップ | 3200m | フレミントン | 118.08 |
By Lee Mottershead
[Racing Post 2014年6月26日「Super Group 1s Valid Concept or Waste of Time?」]