タタソールズ社(Tattersalls)の歴史には、「英ダービー(G1)よりも古くから存在し、アメリカ合衆国よりも10年長い歴史を持つ」という寸評が加えられるだろう。
ニューマーケットを拠点とする同社は欧州における毎年のセリ取引の48%を扱っており、欧州の市場リーダーと言える。1766年に創設者リチャード・タタソールズ(Richard Tattersalls)氏は"公正性と美徳"を取り入れ、高い評価を得た。タタソールズ社のビジネスはそれに大きく依存している。
タタソールズ社は創業250周年を迎えた2016年に、売上げ2億6,520万ギニー(約403億7,670万円)を達成した。ニューマーケット本社のパークパドックスで9つのセリを開催し、それぞれのセリにおいて1部門以上で売上増加を記録した。
エドモンド・マホニー(Edmond Mahony)氏(57歳)は1993年からタタソールズ社の会長を務めている。以来、取引は明らかに堅調だ。同社は251年の歴史を持つが、マホニー氏はまだ9代目の会長である。おそらく、歴代会長の誰も経験したことのないような変化に満ちた時期に、この地位に就いている。
マホニー氏がタタソールズ社に入社した当時は、まさに競馬界と生産界が変革を遂げている時だった。最初はロバート・サングスター(Robert Sangster)氏のビジネスモデル、その後はドバイを統治するマクツーム一族など中東の圧倒的な購買力によって、その背景は変化していた。
1975年からの10年間で、タタソールズ社ホートン1歳セールの平均価格は7,600ギニー(約116万円)から9万2,500ギニー(約1,408万円)に急激に上昇した。サラブレッド販売業は、以前は安定した地味な業種だったが、近年では国際的関心を引く実入りの良い活気あるビジネスに変化した。
マホニー氏はこう振り返った。「サングスター家およびマクツーム一族の時代には、形勢が一変しました。それまでは、ノーザンダンサーの産駒や孫を多く上場したキーンランド7月1歳セレクトセールに勢いがありました。しかし今や、大規模な1歳セールを開催しているのはタタソールズ社です。弊社はこの5年間、世界最高価格の1歳馬を販売してきました」。
そもそもタタソールズ社は、特に12月の繁殖セールがそうだが、英国の最高級馬を自国に連れて帰ることを熱望する世界中のホースマンの拠点であった。それは今でも変わらない。昨年の繁殖セールには、世界50ヵ国以上から購買者が集まり、英国・フランス・アイルランド・日本・南アフリカ・米国の顧客が最も価格の高い上位10頭の牝馬を購買した。
以前と異なるのは、英国の生産者が多くの馬を手元に置くようになった点である。
マホニー氏はこう回顧した。「その頃、前会長のマイケル・ワット(Michael Watt)氏が私にこう言いました。優良馬が全て輸出されていくのを見るのは気がめいると。彼は当時、セリが発展していく様子に恐れを抱いていたのではないかと思います」。
マホニー氏は同時に、タタソールズ社の国際的な顧客層の中で重要な存在である米国の有力購買者たちが最近戻りつつあることを心から歓迎し、「大部分の米国の購買者たちはセリから姿を消しましたが、毎年徐々に戻ってきています」と述べた。
「この傾向は、競走当日に薬物を使用されなかったサラブレッドから産駒を生産したいという、米国人の気持ちの現れではないですか?」と問われ、マホニー氏は一瞬間をおいてこう答えた。
「そういう人もいるのかもしれませんが、分かりません。それよりもこの傾向は、最近の競馬の国際化と関係があると考えています。この25年間で、競馬の国際化がより一層進展しているのは、私にとっても大変刺激的なことです。今では、ロイヤルアスコット開催をはじめ英国のレースに管理馬を出走させる米国人調教師もいます。彼らは、少なくとも一世代前の調教師たちよりも、英国競馬にずっと熱を入れています」。
状況が一変しただけではない。以前はタタソールズ社の高慢さに辟易する顧客もいたが、厳格だった同社のイメージはマホニー氏の指揮下で和らげられた。同社が欧州の支配的なセリ会社としての地位に自己満足した結果、このイメージが作り出されたことは疑いようがない。
実際、アイルランドのライバル会社であるゴフス社(Goffs)が、この数年間で2つの最大級の処分セール、すなわちポール・メイキン(Paul Makin)氏とウィルデンシュタイン家(Wildenstein)の処分セールの運営権を獲得したことで、タタソールズ社の優位性に傷がついた。しかし、タタソールズ社は今年バリーマッコールスタッド(Ballymacoll Stud)の処分セールの運営権を獲得したことで、名誉を挽回した。
さらにマホニー氏は、タタソールズ社の"傲慢な体質"というのは誇張されている上にすでに過去のものだと感じており、こう語った。「会長に就任してから顧客と良い関係を築くよう心掛けてきました。歴代会長がそうしてこなかったと言っているわけではありません。彼らは少々控えめだったのです。私たちは一層個人的な関係を築くように心掛けてきました」。
マホニー氏は、自らの指揮下でタタソールズ社が進化してきた理由として社内体制を挙げ、こう述べた。「今の弊社は、少々実力主義になっています。弊社の役員は皆、最初は社員として働き始めました。この20年間はずっとそうです。弊社の形成期においてはそうではありませんでした。弊社はその頃、現在のハイドパークコーナー(ロンドン中心部)の近くで、ハンティング用の馬や猟犬を販売していました。実際、弊社は1958年に1歳セール、1964年に日常業務をニューマーケットに移動させるまで、大半の取引をロンドンで実施していました」。
40年前、それまで一族所有であったタタソールズ社は非公開有限責任会社となった。現在の125名の株主の中には当時からの株主もいる。また、同社の元社員や元役員もいる。筆頭株主は20%強の株を保有している。
タタソールズ社はニューマーケットに拠点を移してから大きく成長した。それは同社の企業としての勢いだけではなく、一連の買収活動と他のセリ会社との戦略的同盟を通じてもたらされた結果である。
1979年、タタソールズ社はボールズブリッジインターナショナルブラッドストックセールズ社(Ballsbridge International Bloodstock Sales)の株式44%を購買した。この会社はその6年前に、アイルランドでゴフス社のライバル会社として創設されていた。1985年、タタソールズ社は残りの株も購買し、この会社を"タタソールズ・アイルランド社"とした。タタソールズ・アイルランド社は、英国とアイルランドで未出走障害競走馬のセリを開催し、大成功を収めている。
2008年、タタソールズ社は豪州の一流セリ会社ウィリアムイングリス&サン社(William Inglis & Son)の株式を20%購買してさらに事業を拡大した。
マホニー氏はこう語った。「ウィリアムイングリス&サン社は最近、間違いなく絶好調です。いくつかのセリで大成功を収め、現在はシドニー南西部のウォリックファーム(Warwick Farm)に新しいセリ施設を建設中です。たとえ小さな役割であっても、私たちはそれに関与できることを大変嬉しく思っています」。
タタソールズ社はその後、2014年にフランスに触手を伸ばした。フランス南西部を拠点とする生産者によるセリ会社のオザリュス社(Osarus)の株式の過半数を獲得したのである。マホニー氏はこう語った。「彼らは非常に熱心です。弊社を訪れ、援助と投資を求めてきました。人々はこの投資にどのようなメリットがあるのか不思議に思っていますが、純粋に馬への情熱を分かち合うことを目的としています。それに、フランスで人脈を築けました」。
2015年、タタソールズ社はブライトウェルズブラッドストックセールズ社(Brightwells Bloodstock Sales)を購買した。同社がチェルトナム競馬場において、優秀で実績が半ば証明された現役障害競走馬のセリを開催していることに、タタソールズ社は魅力を感じていた。
マホニー氏はこう述べた。「この購買により、私たちはそれまで携わっていなかった障害競走馬の販売に乗り出すことができました。すでに期待以上の実績を挙げています」。
同氏は、タタソールズ社は今後しばらく他社と合併しないとの考えであり、こう語った。「これ以上、事業を拡大する分野が見つかりません。弊社が銀行やそのような事業に突然手を出すことはありません。私たちは精一杯できる事業に集中しています」。
それにまた、タタソールズ社はニューマーケットの現在の敷地を拡大する予定もない。同社の敷地は50年以上前にここに移転してきてから、自然による境界線が許す限り拡大してきた。敷地が限られているため、どのセリでも1回で上場できる頭数に制限が設けられている。たとえコンサイナーが1歳セールなどでもっと多くの馬を販売することを求めても、その制限は守られている。
タタソールズ社とタタソールズ・アイルランド社に、今やブライトウェルズ社が加わった。1年間に合計26のセリを実施し、セリ開催日数は計63日である。タタソールズ社の看板である10月1歳セール・ブック1は、以前はホートンセール、その前はハイフライヤーセールとして知られていた。セリの形式は情勢とともに変化した。
2016年のブック1の平均価格は、2014年に達成された史上最高の23万5,935ギニー(約3,592万円)に次ぐ22万8,078ギニー(約3,472万円)となった。
2016年の平均価格は、63頭の追加取引が行われた2010年の倍以上となった。
この平均価格の上昇は、厳選された1歳馬の需要に関しては景気後退がほとんど影響を及ぼさなかったことを示している。
マホニー氏は次のような見解を示した。「この数年間は、経済的にも政治的にも不確実性の高い時期でした。その観点からすれば、弊社の取引は注目に値するものでした。この状況は、サラブレッド取引が世界的なビジネスであることを示しています。また、私たちにとって幸運なことですが、ニューマーケットは欧州の中心的な拠点となっているようです。私たちはニューマーケットに来る国際的な顧客層から恩恵を受けています。彼らは所有馬をニューマーケットに預託することや英国競馬そのものに情熱を持っています。それを含め全てがセリに関係しています」。
将来に関しては、マホニー氏は水晶球を必死に覗き込むようなことはしない。
同氏はこう語った。「サラブレッド界における新たな有力者は、アルサーニ一族です(ジョアン殿下のアルシャカブレーシング社やファハド殿下のカタールレーシング社)。カタール人たちはいつも英国競馬に興味を持ってきましたが、アルサーニ一族の台頭を予測するのは不可能だったでしょう。新規顧客については、常に中東、おそらく湾岸諸国のうちの一国に注意を向けなければなりません。馬への愛情は彼らの文化の一部です。それに情熱を注いでいる彼らにとって、競馬はビジネスというよりもスポーツです」。
同氏はこう続けた。「そしてもちろん、中国は"至高の目標"です。中国は欧州競馬への関心を高めているので、私たちは最初の一歩を考えています。しかし、中国に馬を販売することは、今のところ全く我々の手に負えません。すべてのセリ会社が中国に目を向けていると思いますが、その扉を開けるのはおそらく香港ジョッキークラブ(Hong Kong Jockey Club)でしょう」。
一方、世界の主要競馬国の中で、英国における馬主の費用負担に対する還元率が一番低いことから、英国で馬主になることは廃れつつある。しかし、民間ブックメーカーから徴収される賦課金の収入によって賞金へ800万ポンド(約11億6,000万円)が追加拠出されると見込まれている。
増加した賦課金からの収入は、格下レースの賞金引上げのために使われる予定である。これは小規模な馬主を勧誘するのに最も必要とされていることなので、セリ会社にプラスの効果をもたらすだろう。
「競馬界の中間層・底辺層の強化は実に的を射たことです。全体的に競馬の水準が引き上げられるでしょうが、何にも増して、人々が競馬界にとどまるようになることを望んでいます」。
「行ったり来たりする回転ドアのように、馬主の入れ替わりが激しいことが、気掛かりな事の1つです。今いる馬主を競馬界に引き留められるのであれば、それは素晴らしい功績です。馬主は皆、それほど多くのお金を失わずに楽しむことを期待して競馬に参加すると、私は考えます。しかし、預託料や輸送費など出費が重なるので、これらの人々の期待に沿うことは大変困難です。これらの出費が彼らの大きな負担となっています」。
「弊社のセリは小規模馬主をあまり引き付けないので、私たちは主として小規模馬主を対象に販売促進を行っています。私たちが、競馬がそれほど盛んではないイタリアやスペインのような国々を頼っているのはそのためです」。
英国が間もなく欧州連合(EU)を脱退するという話題については、マホニー氏は予測不可能な将来に目を向けることに気が進まないようだった。他の欧州のセリ会社のトップと同様に、同氏は現在のセリ事業の成功にとって重要なこととして、国境を越える馬の自由な移動を挙げた。
しかしそれ以上は、タタソールズ社はブレキジットについての議論から浮彫りにされる課題をじっくり見守ることしかできないと、同氏は主張した。最近の総選挙で保守党が過半数の議席を取り損ねたことで、この議論はさらに複雑化するだろう。
その間マホニー氏は、経済的・政治的展望が不確実でも、タタソールズ社の収益にこれまでマイナスの影響が出たことはなかったという事実に、慰めを見いだせるだろう。
By Julian Muscat
(1ポンド=約145円)
[The Blood-Horse 2017年7月1日「INTERNATIONAL GIANT」]