2001年にガリレオとファンタスティックライトがアスコット競馬場とレパーズタウン競馬場で火花を散らす大接戦を繰り広げたときのような興奮の極みには達しなかった。しかし2018年の最高のみどころは、ゴドルフィン(ダーレーの調教事業体)がバリードイル(クールモアの調教拠点)の長年挑んできた戦いにうまく対処したことであった。
ここに到るまでには長い歳月を要した。17年前、キングジョージ6世&クイーンエリザベスS(G1)と愛チャンピオンS(G1)におけるガリレオとファンタスティックライトの壮絶な戦いは、バリードイルのエイダン・オブライエン調教師が英国で初めてリーディングタイトルを獲得するという栄誉を手にしたことで決着がついた。同調教師はそれ以降、同じタイトルを5回獲得したが、ゴドルフィンのサイード・ビン・スルール調教師がリーディングトレーナーの座についたのは2004年のみだった。
2010年以降、ゴドルフィンの主要トレーナーであるビン・スルール調教師の活動は、第二の厩舎により助勢されてきた。第二の厩舎は、最初はマームード・アル・ザルーニ厩舎だったが、後にチャーリー・アップルビー厩舎に変わった。
2018年にゴドルフィンで最多の勝利を収めたのはアップルビー調教師だった。同調教師はG1・12勝を果たし、これまでで最高のシーズンを送った。一方ビン・スルール調教師はG1・9勝を挙げたので、この2人の調教師は合計でG1・21勝を達成したこととなり、バリードイルの14勝を上回った。
この二大競馬帝国は対照的な2018年シーズンを経験した。ゴドルフィンのアップルビー厩舎/ビン・スルール厩舎は優れた成績を残したが、バリードイルは2017年に打ち立てたG1・28勝という世界記録から大きく後退した。オブライエン調教師は、「7月に厩舎がウイルスに感染したことは、これまでで最も調教活動を弱体化させた最悪な出来事でしたが、潮目はすでに変わりつつあります」と頑強に主張していた。
前途洋々たるシーズン開幕
2018年シーズンはバリードイルにとって、前途洋々たる形で開幕した。サクソンウォリアー(Saxon Warrior)は英2000ギニー(G1)で1番人気を背負ったゴドルフィンのマサー(Masar)を楽々と3着に下し、三冠馬候補として話題に上るようになった。
英1000ギニー(G1)で1番人気だったハッピリー(Happily)は3着となったが、攻撃を仕掛けてきたゴドルフィンの2頭、ワイルドイリュージョン(Wild Illusion 4着)とソリロキー(Soliloquy 6着)には先着した。
英オークス(G1)ではワイルドイリュージョンが1番人気だったが、バリードイルのフォーエバートゥギャザー(Forever Together)に内側から抜かれてしまった。ゴドルフィンにとって、これまで何度も見たような光景だった。
アップルビー調教師は英オークスの翌日、「バリードイルに勝つためには何をすれば良いのか考えながらエプソム競馬場から帰りました」と語った。しかしそのとき、同調教師はすでにマサーで英ダービー(G1)を制していたのである。ゴドルフィンにとって、それはシーズンの重要な瞬間であった。振り子は反対方向に振れて、戻せないほどだった。そしてそれは、5ヵ月にわたるゴドルフィンの黄金期のきっかけとなったのである。
マサーが英ダービーで勝利に向かって疾走した一方で、単勝1倍台のサクソンウォリアーは精彩を欠いて4着という結果に終わった。成長中のスーパーホースというサクソンウォリアーのオーラは消え去ってしまい、その後バリードイルが同馬の魔力を再び見いだすことはなかった。
バリードイルの古馬が期待に沿う活躍をしなかったことからも、ウイルス感染が成績不振の原因の1つとなったことは間違いない。しかし、この超一流の厩舎がいくつかの誤った判断を下していたことも明らかになった。
2011年欧州最優秀2歳牝馬メイビー(Maybe)を母とするディープインパクト産駒、サクソンウォリアーがその好例である。メイビーの父はガリレオだが、サクソンウォリアーが1½マイル(約2400m)に適性のあるファミリー(牝系)に属しているとは言えなかった。
バリードイル勢はガリレオの影響から、サクソンウォリアーがその距離で持つと信じ込まされていた。だがライアン・ムーア騎手を含む関係者たちは、サクソンウォリアーの疲労困憊したキャリア末期に、"英2000ギニーを制したマイル(約1600m)に競走距離を戻していれば、もっと活躍していただろう"と感じていたのである。
ダービー後に出走した4レースは1½マイル(約2400m)ではなく全て10ハロン(約2000m)だったが、勝利することはなかった。サクソンウォリアーは、愛チャンピオンSに出走していたらロアリングライオン(Roaring Lion)を負かしていたと思われるが、腱損傷のために引退を余儀なくされた。この馬は才能が十分に開花しなかった素質馬と見られているが、バリードイルの調教馬でそのような例を見るのは稀である。
2017年最優秀2歳牡馬のユーエスネイビーフラッグ(US Navy Flag)にも、同じ傾向が見られる。同馬は2歳シーズンを7ハロン(約1400m)のデューハーストS(G1)優勝で締め括り、その力強い走りはバリードイル勢に"この馬は3歳になったらマイルのクラシック競走に出走させるべきだ"と確信させるものであった。
ユーエスネイビーフラッグは、仏2000ギニー(G1)・愛2000ギニー(G1)・セントジェームスパレスS(G1)に出走して傑出した走りを見せたものの、どのレースでも最後の1ハロン(約200m)で精彩を欠いた。
同馬はその後、競走距離を縮めて6ハロン(約1200m)のジュライカップ(G1)に出走し、この欧州を代表する短距離レースを逃げ切って制してその本領を発揮した。オブライエン調教師は、「デューハーストSで優勝したことで、この馬はマイラーだと勘違いしてしまいました」と語った。
それから、ユーエスネイビーフラッグが欧州で出走することはなかった。同馬は豪州で3戦したが、発走時の瞬発力が欠けていたためにあまり良い成績を挙げられなかった。結局のところ、3歳シーズンに8戦したが1勝を収めるにとどまった。このような能力を持つ馬にとっては、物足りない結果である。
メンデルスゾーンへの大きすぎる期待
しかし、バリードイルが2018年に直面した最大の謎はメンデルスゾーン(Mendelssohn)だろう。同馬は3月のUAEダービー(G2)で2着のライヤ(Rayya)に18½馬身もの大差をつけて優勝し、世界を魅了した。
そのときメンデルスゾーンがこのレースで極めて有利なコースを走ったことには、ほとんど注意が払われなかった。この馬は明らかにムラのある馬場において、スピードが出やすい内埒沿いのコースを確保して楽勝したのである。
メンデルスゾーンが2018年の"誇大宣伝馬"になったのは当然だった。ぬかるんだ馬場のケンタッキーダービー(G1)での惨敗は許されるかもしれないが、それ以降、米国のダート競走でのパフォーマンスが大きく向上することはなかった。
メンデルスゾーンは相当な努力の末、BCクラシック(G1)で5着を確保した。しかし、この馬が10ハロン(約2000m)のレースに合ってないように見えたのは、これが初めてではなかった。スキャットダディ産駒のメンデルスゾーンは米国のダート競走で6戦したが1勝もできなかった。米国のダート馬場が向いていなかったのかもしれないとさえ思える。
なぜなら、同馬はトラヴァースS(G1)でカトリックボーイ(Catholic Boy)に4馬身引き離され2着に終わったが、2017年のBCジュベナイルターフ(G1)では逆にカトリックボーイをほぼ2馬身差で破っていたからだ。
その芝レースでのパフォーマンスには力強いものがあった。後に活躍するマサー、サンズオブマリ(Sands Of Mali)、ジェームスガーフィールド(James Garfield)などが、さらに下の着順でゴールしていた。メンデルスゾーンが現役のときに、欧州のぱっとしない芝のマイラーの中にいたならば、圧倒的な強さを見せていたかもしれないという感じがする。
メンデルスゾーンは2017年デューハーストSで負かされたユーエスネイビーフラッグと同様に、華麗なパフォーマンスを見せることなく競馬の舞台から去っていった。メイダン競馬場のムラのある馬場でのUAEダービー優勝だけは例外だ。
これらの難しい問題はさておき、バリードイルは2018年、以下の重要なレースで勝利を収めた。
・ロッキンジS(G1)― 優勝馬ロードデンドロン(Rhododendron)
・ダイヤモンドジュビリー(G1)― 優勝馬マーチャントネイビー(Merchant Navy)
・チェヴァリーパークS(G1)― 優勝馬フェアリーランド(Fairyland)
・ミドルパークS(G1)― 優勝馬テンソブリンズ(Ten Sovereigns)
・ヴァーテムフューチュリティTS(G1)― 優勝馬マグナグレシア(Magna Grecia)
アップルビー調教師の長期的な計画
だがゴドルフィンは以下の重要なレースを制し、バリードイルを上回る成績を挙げた。
・キングズスタンドS(G1)― 優勝馬ブルーポイント(Blue Point)
・ナッソーS(G1)&オペラ賞(G1)― 優勝馬ワイルドイリュージョン
・BCジュベナイルターフ(G1)― 優勝馬ラインオブデューティ(Line of Duty)
加えて、ビン・スルール調教師は賢明にもドイツにおいてベンバトル(Benbatl)とベストソリューション(Best Solution)でG1競走を制し、賞金を獲得した。またフランスでも、ロイヤルマリン(Royal Marine)とロイヤルミーティング(Royal Meeting)でそれぞれ2歳馬のG1競走を制した。
アップルビー調教師は3年前にゴドルフィンのモールトン調教場(Moulton Paddocks)で活動を始めたとき、長期的な計画を立てて素質馬を管理することを決意した。同調教師は管理馬を絶えず調教場に連れて行き、過度な要求はせずに才能が開花するのを待った。そして2018年、クロスカウンター(Cross Counter)でメルボルンカップ(G1)を制するなど、大きな収穫を得たのである。
アップルビー調教師はナショナルS(G1)を制したクオルト(Quorto)を手掛けており、この馬は英2000ギニーの有望馬とされている。バリードイルにもテンソブリンズやマグナグレシアがいるが、現在、新たな有望馬も成長しつつある。
一方、ジョン・ゴスデン厩舎も2000年代初期に競馬界を席巻したこれらの二大競馬帝国と同様に、今や強い勢力を誇っている。ゴスデン調教師が2019年のクラシック競走にトゥーダーンホット(Too Darn Hot)を出走させて勝利を収める可能性は、極めて高い。
それにしても、アップルビー調教師は2018年に楽々とトップに立てることを証明して見せた。同調教師はビン・スルール調教師と同様に、2019年の3歳馬の活躍に大きな期待を寄せている。また競馬ファンは、競馬界において健全な勢力争いが行われるためにも、ゴドルフィン勢が2019年にその熱心な活動に見合った成果を上げることを期待している。
ただその点では、ゴドルフィンにはもう少し時間が必要である。バリードイル/クールモアは、ライバルの成績が振るわなかった時期に自らに磨きをかけ、恐るべき敵となった。依然としてオブライエン調教師は英国において、アップルビー/ビン・スルール調教師の合計の獲得賞金466万1,000ポンド(約6億5,254万円)を上回る627万6,000ポンド(約8億7,864万円)を獲得している。さらに、同調教師はアイルランドで692万5,000ユーロ(約8億6,563万円)を獲得している。
世界全体の重賞競走では、オブライエン調教師は51勝しており、ゴドルフィンの2人の調教師の合計46勝を上回った。2018年のバリードイルの成績は、例年の水準を下回るものであったが、それでもクールモア牧場や米国の系列牧場で種牡馬として供用するのにふさわしいと考えられる優良牡馬6頭を手掛けていた。
したがって実際のところ、2018年はバリードイルにとって悪い年だったとは言えないのである。
By Julian Muscat
(1ポンド=約140円、1ユーロ=約125円)
[Racing Post 2018年12月17日「The year when Godolphin hit back against Ballydoyle」]