海外競馬情報 2019年04月20日 - No.4 - 4
オブライエン調教師本人に聞いた調教の秘訣(アイルランド)【その他】

 バリードイル(クールモアの調教拠点)のすべての馬にはハートレートモニター(心拍数の測定装置)が装着されている。スタッフのトム・カーティス(Tom Curtis)氏は心拍数を見ただけでどの馬か言うことができる。そんなこと知っていましたか?

 毎週すべての2歳馬が格付けされて、それを参考にスー・マグニア氏(クールモアの総帥ジョン・マグニア氏の夫人)が馬名を選ぶ。そんなこと気付いていましたか?

 調教でハロン(約200m)ごとにタイムが測られていることは知っていたかもしれません。それでも、ジョン・マグニア氏が2歳になったばかりのオーストラリア(Australia)が4回続けて1ハロンを12秒で走ったことに興奮して、エイダン・オブライエン調教師に電話したことは知らなかったでしょう?この馬はその段階で名前すら無かったのですから。

 それにきっと、セルゲイプロコフィエフ(Sergei Prokofiev)がウッドチップコースで最速のタイムを出した馬だったとは思ってもみなかったでしょう。

 ある月曜日の朝、このような話をたくさん聞きにバリードイルへ向かった。

 午前7時30分を回ったばかりのバリードイルでは、立派な血統の牡駒と牝駒の計65頭からなる第一馬群が屋内アリーナを巡回している。5時からそこにいるオブライエン調教師は、トランシーバーに向かってこう囁いている。「はい、みんなでゆっくりした速歩を始めて。ゆっくり、ゆっくり。その調子。できるだけゆっくり動いて」。

 調教師がなぜ囁くように話しているのかと言えば、65人の攻馬手が全員イヤフォンをつけているからだ。彼らは一言一句のがさず熱心に聞いている。まず大きな時計回りで、次に8の字で常歩をし、その後やさしく促してゆっくり速歩を始める。

 「これはストレッチ運動です。この運動で彼らは良い具合にリラックスします。ほんの些細なことが大きな違いにつながることがあるので、常に微調整しています」と調教師は説明した。

 急な上り坂のある4ハロン(約800m)のウッドチップコースでの追い切りを見るために、私たちは調教コースに歩いて向かっていた。調教師は「スピードを失わせずに体を鍛えさせることが最も重要です」と述べた。

 調教師はある音に気づき、馬が発するその音を口元でまねてこう言った。「あの音が聞こえますか?馬が酸素を肺にちゃんと吸い込んでいるのが分かるので、あの音を聞くのが好きです。馬は今、いい表情を浮かべているでしょう」。

 攻馬手の中には馴染のある顔がある。現役時代にチェルトナムゴールドカップ(G1)を制したエイドリアン・マグワイア(Adrian Maguire)元騎手ほどよく知られた顔はないだろう。そこには、ポール・モロニー(Paul Moloney)元騎手[2006年ヘネシーゴールドカップ(G3)優勝。グランドナショナル(G3)でも活躍]、ディーン・ギャラハー(Dean Gallagher)元騎手もいた。

 加えて、ドナカ・オブライエン騎手[オブライエン調教師の息子]や、ウェイン・ローダン(Wayne Lordan)騎手、パドレイグ・ベギー(Padraig Beggy)騎手[2017年英ダービーをウィングスオブイーグルスで優勝]、マイケル・ハッセー(Michael Hussey)騎手、キリアン・ヘネシー(Killian Hennessy)騎手、ベン・ドルトン(Ben Dalton)騎手、アラン・クロウ(Alan Crowe)騎手がいた。世界一の攻馬手チームと言っても過言ではない。

 オブライエン調教師は、「人材は極めて重要です。そう考えないのであれば、現実を見ていないと言わざるを得ません。ここにいるのは有能な乗り手ばかりです。その馬に合った乗り手を考え、できる限り相性の良いコンビを組ませようとしています。馬との意思疎通はとても大切です」と語った。

 ライアン・ムーア騎手もバリードイルをよく訪れる。

 調教師はこう打ち明けた。「ライアンは今年、以前よりもよく来てくれています。彼には幼い子がいるので、そう頻繁に呼び出したくありませんが、馬をよく知ってもらうに越したことはありません。私はライアンがレースで乗る馬を入念に選びますが、彼はイマイチな馬に乗ることを嫌がったことは一度もありません。彼は真のチームプレイヤーです。私たちの決定にとても信頼を寄せています。一度も不平を言ったことがありません」。

 調教2本のうち最初の1本を走った後に馬を歩かせ、乗り手たちは調教師に報告を行う。

 「アーロン、エイドリアン、アラン、どうだった?」と、全員がファーストネームで呼ばれている。乗り手たちは、何のためらいもなく、率直に報告を行い、否定的なフィードバックはなかった。私たちは朝食をとりに行った。

 グランドナショナルを連覇したタイガーロール(Tiger Roll)の話題となったのは、自然なことだった。そして、1996年グランドナショナルでライフオブアロード(Life Of A Lord)の鞍が滑ったときの話となった。この馬は、オブライエン調教師がこれまで唯一グランドナショナルに出走させた管理馬である。

 「また障害馬を調教したいと思っていますか?」「そうですね。ただ残念ながら時間がありません。おもしろそうですけど、ただ時間がとれませんね」。

 息子のジョセフ氏の厩舎に移籍したサーエレック(Sir Erec)が、チェルトナムフェスティバルのJCBトライアンフハードル(G1)で予後不良となったことについて聞いたところ、オブライエン調教師は、「ひどく残念なことでした。彼のように壮麗に飛越する馬を手掛けたことはありません。素晴らしい身のこなしでした」と語った。

 一日中おしゃべりすることもできたが、後半の調教が残っていた。オブライエン調教師は初めてディスコに行くティーンエイジャーのように、熱気にあふれていた。

 そしてこう語った。「以前よりも、調教を楽しんでいます。私がやっているのは仕事ではなく趣味です。馬は私の人生のすべてであり、馬一色なのですが、それでも楽しんでいます。ゴルフのようなもので、熱狂的なゴルファーと同じです。ただ情熱の対象が馬であるだけです」。

 「ゴルフをしたことがありますか?」と尋ねると、「もちろん。バルバドスでプレーしましたが、強く打ちすぎました。せっかちなんです。もっとうまくプレーしたかったです。多分、向いてないのでしょうね」と調教師は笑った。

 私たちは、レースへの登録を整理するために事務所に向かった。

 ガイ・ウォーターハウス調教師のもとで数年間働いたクリス・アームストロング(Chris Armstrong)氏は新入りである。同氏は、グリーナムS(G3)、ジョンポーターS(G3)、フレッドダーリンS(G3)への登録はもうすぐ締切だと述べた。バリードイルの事務チームには、ポリー・マーフィー(Polly Murphy)氏というもう1人の欠かせない人物がいる。

 オブライエン調教師は、「すべてが書き出されていないと気がすみません。あまり意識したことはありませんが、すべて自分のためにやっています」と言って笑った。

 調教師の机に乗っているのは、管理馬が調教のときに出したタイムが書かれたシートである。

 調教師はこう振り返った。「オーストラリアが2歳のとき、ジョン(・マグニア氏)は"すごいガリレオ産駒がいる"と電話してきました。彼はその馬が4回続けて1ハロン12秒で走ったことを伝えてきました。お分かりになりますよね。ここでは全てのタイムが測られているので、そのようなことができたのです」。

 「それに、私たちは毎週2歳馬を格付けしています。マグニア夫人は、それをもとに馬名を選んでいます。しかし、もしイマイチな馬に立派な馬名がつけられるとすれば、それを非難する人間が一人います。それは私です!」

 「馬を調教する上で情報は重要です。ですが、何事も心で感じて、目で確かめるべきです。私は何よりも自分の目で確かめています。直感が全てを支配しているのです」。

 そして、その直感はずばぬけたものである。

By David Jennings

[Racing Post 2019年4月8日「Behind the scenes with Aidan O'Brien: watching a genius at work」]