このような困難な年に、世界中のそれぞれの競馬統括機関がどのように競馬開催中止や場外馬券発売の収入減少に対処してきたかを比較してもどんぐりの背比べである。しかし、繁栄し続けている香港ジョッキークラブ(HKJC)と比べた際には違いが際立つ。
HKJCは政府の資金援助を頼りにしていない。むしろ社会を衰弱させる新型コロナウイルスの影響を香港が軽減するのを助けるために、6億1,000万香港ドル(約79億3,000万円)の資金提供と物資寄付を行っている。
感染拡大が始まった当初の数ヵ月間には、差し迫って必要なもののために資金は支出された。それは、(1)マスク1,500万枚、(2)感染予防の必需品が入ったケアパッケージ50万個、(3)10万人以上の低所得の学生が学校閉鎖中に使える無料データ回線容量への資金援助、(4)失業者や援助を受けられない人々への食糧配布プログラムなどである。
香港がコロナ後の情勢に移行するとき、HKJCが提供した資金は、求職活動や教育部門をはじめ緊急に必要とされる多くの分野で役立てられるだろう。
それでも、香港競馬の1年のハイライトである香港国際競走(HKIR)が間近に迫っている。この30年間、香港は毎年12月に、世界最高級の競走馬を引き付けてきた。12月13日(日)もシャティン競馬場に、クールモアの名牝マジカルをはじめ名声を誇る著名馬が訪れることには変わりがない。マジカルは14回連続でG1競走に挑むが、香港では初めての出走となる。
HKIRの賞金が抗しがたいほど魅力的なのは、香港競馬が地元ファンとコミングリング(共同賭事プール)を通じて賭事を行う世界中のファンを魅了している証しである。
香港カップ[G1 2000m 総賞金2,800万香港ドル(約3億6,400万円)]、香港マイル[G1 1600m 総賞金2,500万香港ドル(約3億2,500万円)]、香港スプリント[G1 1200m 総賞金2,200万香港ドル(約2億8,600万円)]はこれらの距離で行われる芝競走の中で世界最高賞金額を誇り続ける。
HKIRのもう1つの国際G1競走である香港ヴァーズ[G1 2400m 総賞金2,000万香港ドル(約2億6,000万円)]も見劣りする賞金額ではない。2015年と2017年にはアイルランドのハイランドリールがこのレースで優勝している。
HKJCの競走担当専務理事であるアンドリュー・ハーディング氏は戦略をこう説明する。「コロナ関連の問題にもかかわらず、HKJCはこのレベルの賞金を提供するために尽力してきました。これは馬主を後押しし、香港のG1競走が外国馬にとって魅力的であることを確かにします。私たちは今シーズン、G1・6競走の賞金を引き上げる必要性を認識しました。とりわけ香港スプリントは"世界最高賞金の芝G1スプリント"という地位を取り戻すことができました」。
HKIRで賭事を行うことでこれだけの賞金を維持できるようしているのは、世界中の競馬ファンということなのだろう。
HKJCの顧客・国際ビジネス開発担当専務理事のリチャード・チャン氏は、「27以上の競馬管轄区のファンが、HKJCと提携する賭事業者60社を通じて香港の賭事プールで賭けを行うでしょう」と語った。
共同賭事プールはHKJCの重要な成長領域であり、2019-20年シーズンにその発売金は前年比25.3%増の236億香港ドル(約3,068億円)となり、香港の総発売金の20%を占めた。
しかし、堅調な売上げと高額賞金を維持するために大切なのは海外のファンだけではない。なぜなら、地元の賭事客は今年の大半においてシャティン競馬場やハッピーバレー競馬場、あるいは場外馬券発売所に入場できなかったが、賭事を行うことを妨げられたわけではなかったからだ。
チャン氏はこう続けた。「昨シーズンは、デジタル化と顧客層の移行のおかげで、発売金はわずか数パーセント減少しただけでした。今シーズンは実際に力強い回復を経験しており、発売金は10パーセント以上増加しています。その一因は、新型コロナウイルス感染拡大の中で娯楽の選択肢が減ったことです。今年、賭事の90%以上がオンラインで行われ、その大半がHKJCの2つのモバイル賭事アプリを利用したものでした。以前の内訳はオンライン賭事が55%、コールセンターでの賭事が15%、場外馬券発売所・競馬場での馬券購入が30%でした」。
HKIR当日のファン不在のシャティン競馬場の広大なグランドスタンドは、これまでのにぎやかで熱狂的な観衆がいるHKIRに親しんできた者の目には奇妙なものとして映るだろうが、感染予防策を取ることは必要である。ハーディング氏はこう説明した。「ファンがとりわけHKIRを体験できずに失望することは分かっています。しかし競馬開催が継続できたことで多くの人々に重要な"ステイホーム"の娯楽を提供していることに、とても満足しています」。
「政府がコミュニティー全体に制限を課している中で何が実現可能であり、競馬参加者および顧客の福祉と公衆衛生の保持というHKJCの責任と整合性がとれるかを見極めるために、私たちは情勢を監視してきました」。
「HKJCは1月後半から、感染状況を見て競馬場への入場者数を調整してきました。たとえば1月27日の春節開催の入場者数は、2019年の10万5,700万人に対してわずか9,700人でした。最近では、直近の感染再拡大を踏まえて12月に入場できるのは出走馬の馬主のみとなりました。これによりHKJCは競馬界の"バブル(隔離圏)"を損なわれることがなく、レースを混乱なく施行し続けることができています」。
バブルはHKIRのあいだ、注意深く保護されるだろう。ハーディング氏はこう続けた。「世界中から騎手たちが到着する前と、彼らがここで過ごす期間に、感染予防策が取られています。騎手たちはフライト前の7日間および香港滞在中に毎日検査と体温チェックを受けなければならず、HKJCが指定した宿泊施設で外部と遮断された生活を送ります。私たちは宿泊施設の質を向上させるためにフィットネス器具を設置するなど、できるかぎりのことを行っています。海外の騎手たちはHKJCの車両で競馬場まで連れて行かれ、監督の下、個別のジョッキールームに直接向かいます。そして海外の騎手が優勝した場合には、カメラが遠隔操作される特別に設備が整えられた部屋からのリモートインタビューを受けるでしょう」。
「もちろん、大勢の観客をふたたび迎えられる日を心待ちにしています。私たちはすでに復活戦略を計画し始めています。2021年が世界に何をもたらすかは実際のところ誰にも分かりません。約束できるのは、HKJCが2020年HKIRの翌日には気を引き締めて2021年HKIRが陽気なものになるように取り組み始めることであり、参加するすべての人々にとって忘れられない体験となるように計画することです」。
2020年香港国際競走(HKIR)
ハーディング氏は、2020年HKIRはこれまでとは一風変わったものになるかもしれないが、それでも素晴らしい国際競馬祭典の1つとなるだろうと述べた。「世界最高級の競走馬と騎手が集結することで、世界中にいる数百万人の香港競馬ファンに豪華なスポーツエンターテインメントを提供でき、香港独特の"やればできる精神"を見せられることを望んでいます」。
チャン氏は、世界中から最高級の馬を引き付けることは、それらの馬を打ち負かすよりも重要なことだと語った。「香港の競走馬の頭数は多くはなく、それらの馬が得意とする分野は長距離(2400m)ではありません。それにもかかわらず香港ヴァーズで2,000万香港ドル(約2億6,000万円)もの高額賞金を提供するのは、そのことが理由です」。
「香港の馬が得意とするのは、スプリントとマイルです。しかし記録は、海外からの遠征馬が優秀な地元調教馬にまったく歯が立たないことはなく、良い勝負をすることが頻繁にあることを示しています。2018年に、地元調教馬のビューティージェネレーション、ミスタースタニング、エグザルタント、グロリアスフォーエバーがHKIRのG1・4競走すべてを制したことで、歴史的偉業を成し遂げました」。
HKJC、コロナ関連以外の計画も支援
HKJCは2019-20年シーズンに1年間の営業余剰金の96%をそのチャリティーズトラスト(Charities Trust)に寄付した。そしてチャリティーズトラストは、新型コロナウイルスに関するものだけでなく幅広い社会的ニーズを支援する210の計画のために、45億香港ドル(約585億円)を寄付した。
それらの計画は次の10の分野を対象としている。(1)芸術・文化・遺産、(2)教育・訓練、(3)高齢者のためのサービス、(4)緊急援助・貧困者救済、(5)環境保護、(6)家族向けサービス、(7)医療・健康、(8)リハビリサービス、(9)スポーツ・レクリエーション、(10)青少年の健全育成。
By John Cobb
(1香港ドル=約13円)