ペンシルベニア大学獣医学部ニューボルトンセンターの研究者たちは、競走馬にラシックス(Lasix)とビスフォスフォネート(bisphosphonate)を併用することで生じる相互作用を詳しく調べるため、多くの専門領域にわたる研究を計画している。
この画期的な研究を主導するのは、ニューボルトンセンターの助教授(獣医薬理学)であり、馬薬理学研究所の所長を務めるメアリー・ロビンソン(Mary Robinson)博士である。この研究では、初めてラシックスとビスフォスフォネートの包括的分析がなされる。この2つの薬物の併用は、競走馬の骨強度を低下させ、心機能障害を引き起こす可能性があるとされている。そして、それらの影響は競走中の予後不良事故につながるかもしれない。
ロビンソン博士は、「この研究の誇れる点は、競走馬に使用されることがよく知られている2つの薬物の相互作用を評価するために集学的なアプローチを取ることです。ペンシルベニア大学の最先端の画像技術とこのプロジェクトに参加する研究者たちの幅広い専門知識を組み合わせることで、2つの薬物の併用にまつわる未知の事象に関する確実で偏りのないデータを作成できるでしょう」と語った。
米国の競走馬の約85%に、運動誘導性肺出血(EIPH)の予防・軽減のためにフロセミド(furosemide 別名ラシックス)が使用されている。人間の心不全の治療にも使われるフロセミドは、短時間で低カルシウム血症を引き起して患者の骨折リスクを高めることが確認されている。しかし、馬は低カルシウム血症からすぐに回復するので、ラシックスの使用だけがレース中の予後不良事故の根本原因ではないようだと研究者は推測する。米国ジョッキークラブの馬故障データベース(Equine Injury Database: EID)によれば、予後不良事故率は出走馬1,000頭に対しおよそ1.6件である。
夫ロイ氏とともにラエルステーブル(Lael Stables)名義で悲運のバーバロ(Barbaro)を所有していたグレッチェン・ジャクソン(Gretchen Jackson)氏は、この研究が主目標としている"競走馬の福祉の向上"への情熱を共有している。[訳注:バーバロはケンタッキーダービー(G1)を圧勝したが、二冠目のプリークスS(G1)の最中に骨折し、その後数ヵ月にわたり治療を続けたが回復することなく命を落とした]。ジャクソン夫妻のほかに、ジョージ&ジュリア・ストローブリッジ(George and Julia Strawbridge)夫妻、ペンシルベニア州競馬委員会(Pennsylvania State Horse Racing Commission)がこの研究に資金提供している。
ジャクソン氏はこう語った。「馬主として、また熱烈な競馬ファンとして、競馬というスポーツと所有馬に深い愛を抱いています。私たちを常に悩ませる馬の故障に関しては多くの理論があり、学ぶべきことが沢山ありますが、この分野に関しての研究はほとんど行われていませんでした」。
「この研究により、競馬産業が競走馬の治療方法について十分な情報に基づき決定を下せるようになり、私たちの馬をケアする方法に関してより高い信頼が得られることを望んでいます」。
ペンシルベニア大学の13名の獣医学研究者で構成されるチームは、ビスフォスフォネートと呼ばれる薬物群が、とりわけラシックスと同時に使用されたときに生じる未知の作用について探究する。
ビスフォスフォネートは、骨粗鬆症の高齢者の骨強度を保つための治療薬としてよく使用される。しかし若くて成長途上の競走馬に使用されるとき、これらの馬の骨が調教中に掛けられる力に順応するのを妨げる弊害があるかもしれない。
ビスフォスフォネートは一度投与されれば骨に1年以上残留する可能性がある。そのため、現役競走馬に頻用されるラシックスとの相互作用が生じる機会が増える。またビスフォスフォネートは、人間の心房細動・心室性不整脈・心拍変動の変化など心臓障害のリスクを高めることにもつながる。
ペンシルベニア大学獣医学部のチームはこの共同研究において、競走馬へのこれらの薬物の使用に関する他の側面についても詳しく調査するだろう。そのためには、ニューボルトンセンターの「立位ロボットCT(コンピューター断層撮影)システム」や新たに導入された「立位PET(ポジトロン放射断層撮影)システム」などによる高度画像診断についても理解を深めなければならない。立位PETについての調査には、カリフォルニア大学デービス校のマシュー・スプリエット(Mathieu Spriet)博士が協力する。
ペンシルベニア大学ニューボルトンセンターは立位PETシステムを導入することで、サンタアニタパーク競馬場に続き、馬にPET検査を実施する世界で2番目の獣医診療所となる。
ロビンソン博士は、「この驚くべき撮影技術は、これらの薬物が骨にもたらす効果あるいは悪影響を評価する際にとても役立ちます。撮影画像から馬の脚を詳しく調べて代謝的に何が生じているかを見ることのできる、私たちが有する最も高度な撮影技術です」と語った。
大型動物臨床診断画像を専攻する助教授のキャスリン・ウルスター(Kathryn Wulster)博士は、「PET画像診断法は、分子レベルでも見えるほど鮮明なものです。骨格を撮影する際に重畳も妨害もなく、2平方ミリほどの部位でも正確に骨の代謝回転を識別できるようになります。しかしPETとロボットCTを併用することの本当の長所は、骨の形態・形状の異常を明確に識別でき、馬の骨折を事前に防げる点にあります。それらを総合すれば、これらの馬に何が生じているか、あるいは何が生じようとしているかについての情報量が格段に増加します」。
「研究チームは、革新的なデータ駆動型基盤についての研究結果を蓄積します。その基盤は、それは競走中の故障に関する全国的傾向を客観的に評価する上で貴重なものとなるでしょう」。
ペンシルベニア大学獣医科学部の「細胞外小胞コア(Extracellular Vesicle Core)」は、この分野において米国初の研究所である。研究チームはこの研究所と連携して、不適切なビスフォスフォネート使用を突き止めるために、血液その他の検体の中にあるEV(細胞外小胞)を利用する最先端領域を開拓するだろう。これまでは、投与後30日以上経てば血液検体からそのような使用を突き止めることは不可能だった。
EVはすべての細胞型が放出する膜で囲まれたナノ粒子である。細胞間コミュニケーションで重要な役割を果たす。EVは放出元の細胞を代表するような特徴を有しているので、不適切な薬物使用を突き止めるのに、他の生物組織を傷付けず迅速な診断解決策を提供する可能性がある。
ペンシルベニア大学獣医学部の学部長であり、EVコア施設の所長であるアンドリュー・ホフマン(Andrew Hoffman)博士は、こう語った。「EV研究は、前途有望な研究分野です。EVの独特なコミュニケーション力を利用することで、私たちは競走馬の健康・福祉を積極的に保護するために、血液検体をどのように利用できるかについて再定義したいと思っています」。
「不適切な薬物使用を探知するだけではありません。これらのバイオマーカー(指標となる生体内物質)は他の指標では見分けにくい馬の生物学的健康の顕著な変化を突き止める方法も提供します。それは、予後不良事故に遭うリスクが高まっていることを示す警戒すべき前兆として役立つでしょう」。
ロビンソン博士は、「私たちは最終的にこれらの小胞がもたらす情報を活用して、コンパクトで馬房に持ち運べる診断器具を開発することを望んでいます。この器具を使って、競走当日に馬が出走できるほど健康かを確認し、調教師が管理馬の健康状態の変化を継続的に評価していつ医療ケアが必要になるのかを把握できるようにしたいと思っています」と詳しく説明した。
この研究プロジェクトは進行中であるが、完了するのに2年掛かると考えられている。
ロビンソン博士は、「この集学的で前向きなアプローチにより、これらの薬物の使用が競走中の予後不良事故につながるかどうかを評価するのに最も包括的なデータを使うことができます。最終的には、馬主・生産者・調教師が馬を安全な状態に保つための正確で先入観のない知見を提供するために、私たちは全力を挙げて取り組んでいます」。
このプロジェクトの主導者
メアリー・ロビンソン博士
(ペンシルベニア大学獣医学部 馬薬学研究所所長&獣医薬学担当助教授)
キャスリン・ウルスター博士
(ペンシルベニア大学獣医学部 大型動物臨床画像診断担当助教授)
アンドリュー・ホフマン博士
(ペンシルベニア大学獣医学部学部長& EVコア施設所長)
このプロジェクトに協力する研究者(ペンシルベニア大学獣医学部):カイラ・オートヴェット(Kyla Ortved)博士、クリストバル・ナバス・デ・ソリス(Cristobal Navas de Solis)博士、クレア・アンダーウッド(Claire Underwood)博士、ヴァージニア・リーフ(Virginia Reef)博士、ダーコ・ステファノスキー(Darko Stefanovski)博士、レイチェル・デリタ(Rachel Derita)博士、ジョアン・ホーハン(Joanne Haughan)博士、ユーウェン・ユー(Youwen You)博士、ジンウェン・チェン(Jinwen Chen)博士、ジビン・ジアン(Zibin Jiang)博士
By Blood-Horse Staff
[bloodhorse.com 2020年3月23日「Study to Examine Combined Use of Lasix, Bisphosphonates」]