海外競馬情報 2021年10月21日 - No.10 - 2
ドバイの中心で引退生活を送る元競走馬(ドバイ)【開催・運営】

 高層ビルのすぐそばの砂地の放牧場で楽しそうに駆け回る姿は、必ずしも31歳の元競走馬のものであるとは思えない。ドバイはこの20年間で急速に発展してきたが、その発展を支えてくれた者たちのことをそんなにすぐに忘れるような事はしない。その中には馬も含まれる。

 1990年代の初め、ゴドルフィンとブルーの勝負服が初めて英国の競馬場に登場したとき、ドバイはほとんど知られていない湾岸の小さな首長国だった。驚いたことに、それらを世に知らしめた競走馬のうちの数頭が今も健在で、ドバイレーシングクラブの引退馬ホーム&リハビリセンター(Retirement Home and Rehabilitation Centre)で余生を送っている。

 この31歳の馬は、1993年ガリニュールS(G2 カラ)を制したマスヤール(Massyar 父カヤージ)である。当時ジョン・オックス調教師がアガ・カーン殿下のために調教していたこの馬は、このレースの数ヵ月後にゴドルフィンの厩舎に入った。この新たな展開によって、英国と米国を経たのちに、彼は1995年ドバイに辿り着いた。疑いようもなく丈夫なタイプの彼はドバイでも勝利を収め、41戦7勝という立派な成績でキャリアを終えた。

 それから20年以上経った今でも彼はここにいて、サラブレッドもアラブ種もいる60頭ほどの引退馬とともに余生を送っている。

 この引退馬ホームはドバイの中心にある。リーディングトレーナーに7回輝いたダグ・ワトソン調教師のレッドステーブル(Red Stables)に隣接し、サイード・ビン・スルール調教師のアルクオーツステーブル(Al Quoz Stables)から数百メートルのところだ。そして、20年間この仕事に従事するマネージャーのヘザー・コープランド氏によって運営されている。

 アシスタントのレハン・ミルザ氏に見守られて最年長のクライアントが草を食む様子を見ながら、コープランド氏はこう語った。「実は、マスヤールと私はドバイで一緒にスタートしたのです。彼はもともとゴドルフィンにより連れてこられました。到着したころ、ちょうど私はザビールステーブル(リーディングトレーナーに6回輝いたサティッシュ・シーマー調教師の拠点)にいました。

 「彼に騎乗したダイアナ・ウィードンと友だちでした。彼女はドバイでプロのジョッキーを相手に勝利を挙げた初めての女性ジョッキーです。マスヤールは怪我をしていたわけではなく、ただ十分に競走したので引退の時期を迎えることになりました。そのときに私たちのところに来てから、ずっとここにいるのです。小柄ですが、素晴らしい気質で、本物のジェントルマンであり、31歳にして身のこなしが実にあざやかです」。

 「暑さのために日中は馬房にいて、夜の7時ごろから5~6時間放牧場に出ますね。そして食べるために馬房に戻ってくるのです。体重を維持するために乾草だけでなく穀物飼料もたくさん与えています。そして朝になるとまた1時間ほど外に出て仲間と一緒に過ごすのです。その中には数頭の引退した繁殖牝馬もいますね。実際、この囲い放牧場にいる6頭の年齢を合わせると183歳になります!」

 コープランド氏は、マスヤールは人間の年齢に換算すると90代だと推定する。放牧場に現れるとそこそこのスピードを見せる27歳のスイスロー(Swiss Law)よりもはるかに年上で、このホームの最高齢の長老となる。一方スイスロー(父マキャベリアン)は1997年にニューマーケットの未勝利戦で、後のクイーンアンS(G1)のヒーロー、インティカブを破って優勝した。そして2000年にはドバイでの初出走を果たすことになる。2001年にはアルファヒディフォート(当時L 現在はG2)を制し、それがこの馬にとっての最大の勝利となった。

 コープランド氏はこう振り返る。「スイスローもゴドルフィンがドバイに連れてきた馬です。その後、騎手であり調教師でもあるピーター・ブレット氏のもとで競走生活を送っていました。彼は27歳にしては本当に良い動きを見せています。しかし見て分かるとおり、ここにいる馬はとくに運動させているわけではありません。放牧場で10~15分、調馬索をつけてゆったりと走らせるだけです。ここはれっきとした引退馬ホームなので、彼らはほとんどの時間、放牧場に出て余生を楽しんでいます」。

 しかしこの施設には、リハビリとリホーム(里親探し)という2つ目の要素がある。

 コープランド氏はこう語った。「健康な状態でやってくる比較的若い馬の中には、適切な人に里親になってもらう馬もいます。まずは私たちのところに来ると休養させ、基本的なリハビリを行います。その後オーナー候補を評価し、希望どおりの馬に引き合わせるようにしています。今ではマクトゥーム一族以外の個人馬主からも馬を預かることができるようになっており、これは素晴らしいことです」。

 このリホームプログラムの模範例として、現在は誘導馬のラヤリアルアンダルス(Layali Al Andalus せん14歳 父ホーリング)が挙げられる。彼は競走馬として通算成績41戦3勝を挙げている(うち2戦は英国のマーク・ジョンストン調教師のもとで出走した)。新たなキャリアでも活躍している。最近ではアルアイン競馬場で、馬場入りする出走馬に向かって放馬した馬が突進しようとしているのを、彼に乗っていた騎手が捕まえて事故を防いだほどだ。

 誘導馬騎手のアレクサンダー・トンプソン氏はこう語った。「ラヤリアルアンダルスを手に入れたとき、すごく落ち着いていてとても再調教しやすかったです。引退馬ホームで騎乗されていたことが、競走馬の精神構造から抜け出させるのに役立ちました。彼にはハミのない頭絡を使って騎乗していますが、見事に新しい仕事に没頭しています」。

 この施設を卒業して成功しているもう1頭の馬は、フィルフィル(Filfil せん11歳 父ハードスパン)である。競走馬として5勝した彼は現在ドバイ馬術クラブ(Dubai Equestrian Club)にいて、馬場馬術で真の輝きを見せている。これはコープランド氏にとっても喜ばしいことだ。

 「引退馬が新たな生活で活躍する姿を目にすることこそ、この仕事の醍醐味です。彼らは競走生活を終えた後も、とても多くのことをもたらしてくれます。ゴドルフィンが英国・米国・日本・豪州で実施している類似のスキームと同様に、モハメド殿下がこの施設を設置して、引退馬にその機会が与えられたことは素晴らしいことです」。

 ドバイの中心に引退競走馬がいるとは思いもよらないかもしれないが、彼らはこれ以上ないほど安泰な環境の下にいるのだ。

By Laura King

[Thoroughbred Racing Commentary 2021年10 月10日「How ex-racehorses like this 31-year-old are still living life to the full in the heart of Dubai」]