"まさか"というような年だった。それを証明する数字がここにある。
BHA(英国競馬統括機構)が発表した2020年競馬産業統計は、新型コロナウイルスが英国競馬界を散々に打ちのめしたことを示している。
驚くほどのことではないが、特に賞金総額と入場者数に関しては、厳しい解釈ができるデータがいくつかある。しかしその2つの指標が示す数値に隠されたメッセージが、私たちの期待するものであるとすれば、手元にあるデータからはこう推定できるだろう。それは、"グラスは半分空だった"というよりは"グラスは半分入っていた"ということであり、ある意味、2020年という年は、おそらく私たちが思っているほど酷いものではなかったということだ。
"競馬が盛り返した"、"回復力を見せた"、あるいは"否定的なものを肯定的なものに変えた"というように、いくつかの分野においてはプラスの側面が見て取れる。
かなり過去までさかのぼって比較すれば、全ての指標の解釈が驚くべきものでないとも言える。とはいえ、この記事のグラフや図を考察して"祝賀会を開くときが来た"と判断するのは、仮に今そうした宴会が許される環境にあるとすればの話だが、それはサディストだけだろう。
賞金総額
BHAのウェブサイトの情報は1995年にまでさかのぼる。つまり、比較のために丸26年の統計を用いることができる。
そこまで昔の統計があることは上出来である。なぜなら賞金総額が2020年よりも少なかった年を見つけるためには2002年までさかのぼらなければならないからだ。
2002年の賞金総額は8,420万3,182.50ポンド(約122億946万円)だった。2019年の賞金総額は1億5,813万3,804ポンド(約229億2,940万円)に達したが、2020年にはそれを42%下回る9,198万8,940ポンド(約133億3,840万円)となった。
チェルトナムフェスティバル(2020年3月10日~13日)は何とか開催することができ、賞金基金が新型コロナウイルスの影響を被ることはなく、障害競走は平地競走よりもわずかによく持ちこたえた。2020年において、障害の賞金総額は34%減の3,384万9,596ポンド(約49億819万円)、平地の賞金総額は前年の1億668万394ポンド(約154億6,866万円)から46%減の5,813万9,345ポンド(約84億3,021万円)となった。
それを説明するために、2020年のいくつかの高額賞金がどのように打撃を受けたかを振り返る必要がある。
2019年英ダービー(G1 エプソム)は2頭が追加登録料[1頭あたり8.5万ポンド(約1,233万円)]を支払って参戦したこともあり、総賞金162万3,900ポンド(約2億3,547万円)で施行された。しかし、2020年英ダービーの総賞金は50万ポンド(約7,250万円)となった。
サセックスS(G1 グッドウッド)と英インターナショナルS(G1 ヨーク)の総賞金はいずれも、競馬場からの高額提供にもかかわらず、100万ポンド(約1億4,500万円)強から27万5,000ポンド(約3,988万円)に激減した。一方、2020年に英国で最高賞金レースとなったのは、総賞金が前年の135万8,750ポンド(約1億9,702万円)から75万ポンド(約1億875万円)に引き下げられた英チャンピオンS(G1 アスコット)である。
その後退の現実は、トレーナーズランキング(獲得賞金別)を調べることによって、もっと直接的に表すことができる。
2020年に最も多くの賞金を獲得したのは、ジョン・ゴスデン調教師である。しかしその獲得賞金313万298ポンド(約4億5,389万円)は、2019年に同調教師を首位に押し上げた795万1,808ポンド(約11億5,301万円)から61%減少している。
実際、ゴスデン調教師の2020年の獲得賞金を下回る額しか獲得せずにリーディングトレーナーに輝いた調教師を見いだすには、2006年までさかのぼらなければならない。この年のリーディングトレーナー、サー・マイケル・スタウト調教師の獲得賞金は302万7,295ポンド(約4億3,896万円)だった。
調査の対象範囲を広げても、状況を良く見せることにはならない。2020年トレーナーズランキング(獲得賞金別)の上位10名の調教師は、合計で1,929万6,494ポンド(約27億9,799万円)を獲得した。これは2019年の上位10名の調教師が獲得した4,291万7,855ポンド(約62億2,309万円)をなんと55%も下回る。
2020年に獲得賞金が100万ポンド(約1億4,500万円)の大台を超えた調教師はわずか12人であり、2019年の22人から大幅に減少した。レベルを下げて、獲得賞金が25万ポンド(約3,625万円)を超えた調教師を見てみると、80人から59人に減少していた。
比較してみると、アイルランドの状況はそれほど悪くはない。2020年平地シーズンにおいて、トレーナーズランキング(獲得賞金別)の上位10名の調教師は1,575万7,023ユーロ(約19億6,963万円)獲得し、2019年の2,032万4,753ユーロ(約25億4,059万円)から22%減少していた。フランスの状況は、英国よりもアイルランドに似ている。フランスの上位10名の調教師は2,321万5,295ユーロ(約29億191万円)獲得し、2019年の3,145万2,310ユーロ(約39億3,154万円)から26%減少していた。
正直なところ、2020年に競馬開催日数が前年から激減したことを考慮すると(1,444日→1,017日)、2020年に提供された賞金総額が減少していなければ、それこそ驚異的なことだったろう。しかしその点を判断の材料とするならば、1レースあたりの平均賞金額の状況を少し見てみる必要がある。2020年の1レースあたりの平均賞金額は、2019年の1万5,678ポンド[約227万円 中央値7,700ポンド(約112万円)]から1万1,670ポンド[約169万円 中央値6,545ポンド(約95万円)]に減少した。チェルトナムフェスティバルがかろうじて開催できたことで、障害競走の賞金基金は新型コロナウイルスによる影響を受けなかった。障害競走の1レースあたりの平均賞金額は1万3,836ポンド(約201万円)から1万2,193ポンド(約177万円)となりほとんど減少していない。一方、平地競走の1レースあたりの平均賞金額は1万6,755ポンド(約243万円)から1万1,386ポンド(約165万円)に急落した。
要するに、障害競走の1レースあたりの平均賞金額はこれまでで初めて平地競走を上回った。
しかし、つい2012年まで1レースあたりの平均賞金額はわずか9,968ポンド[約145万円 中央値3,900ポンド(約57万円)]だった。このことは、2020年に競馬参加者が入手できる賞金総額は急落したが、1レースあたりの平均賞金額はわずか8年前よりも高額であったことを強調する。
さらに、賞金額をどの程度維持できたかをみると、競馬賭事賦課公社(Levy Board 賦課公社)が提供する競馬維持のための追加資金が不可欠であることは明らかである。
競馬場の入場者数
賞金額が侘しい状況にあるという文脈をより深く理解するため、競馬場の入場者数についてのいっそう暗い状況について考察しなければならない。
確かな入場者数を把握するのはどうしても困難だ。競馬場が入場者数を提出する方法に一貫性がない。つまり、入場者数に顧客・スタッフ・メディア関係者・出走馬関係者が含まれている可能性がある。BHAの年間統計のパッケージには、全体的な入場者数が含まれていない。
しかし賦課公社の公式統計は、2020年に入場者がどの程度急落したのかを露わにしている。観客は昨年2ヵ月半のあいだ入場することができ、従来から入場者数がどのみち最も少なくなる時期ではあったとはいえ、その数は一律減少していた。
2019年の競馬場入場者数は合計562万人だったが、2020年は競馬場の門をくぐったのはわずか64万9,749人にとどまり、88%減少した。
それでも、その数字は、全体像に関して実際以上に良いものを表しているのかもしれない。賦課公社の統計によれば、3月に競馬場が閉鎖される前に入場者数は59万9,042人、6月~12月の入場者数は5万707人だった。しかし、ドンカスターとウォーウィックで実施された試験的な有観客開催で入場した1,500人を12月に申告された1万6,000人に加えているので、合計の入場者数はもっと少ないということになる。つまり、公式統計が料金を支払わない入場者を含んでいるためにかなり歪曲されている可能性がある。
合計出走頭数
2020年にはレース数が減り、レースで提供される賞金が減ったことで、合計出走頭数も大幅に減少した。実際に、2020年の合計出走頭数は1997年に7万3,517頭となって以降最も少ない7万3,872頭だった。
より最近の比較としては、2019年の9万1,409頭から約20%減少したことになる。
さらに比較を進めると、馬主が支出に対しほんのわずかな見返りしか得られなかったことを示すことになる。1年間に出走した馬の実頭数は、1万9,273頭から1万8,031頭に減少したに過ぎなかったからだ。
それらの数字は、出走可能な競走馬の実頭数はおおかた同数であることを示している。主な問題は、それらの馬が走れる数よりもずっと少ないレースしかなかったことだ。その評価はBHAの現役競走馬のデータにより裏付けられる。そのデータは2020年に現役競走馬頭数に新型コロナウイルスの影響がほぼなかったことを示している。
2020年の1年間に2万3,357頭が現役競走馬として登録されていた。過去4年間の平均が2万3,262頭だったので、この数字は驚く程安定している。
1レースあたりの平均出走頭数
この記事を2つの前向きな数字で終わらせたいと思う。このように疲弊した年でも、馬主が所有馬を出走させることに熱心だったことを示す指標が2つある。
まず、1レースあたりの平均出走頭数がとても堅実だった。全体(平地・障害の両方)の1レースあたりの平均出走頭数はこの10年間で最多の9.37頭だった。障害の1レースあたりの平均出走頭数がとりわけ健全であり、前年の8.45頭から9.07頭に増加している。
特にイーチウェイ馬券(単複馬券)購入者であればいっそう歓迎すべきなのは、8頭立て以上であるレースの平均値である。障害競走において、8頭立て以上のレースが55%から66.1%に飛躍に増加したことは、春の終わりと夏に多くの開催日が中止となったことを反映しているのかもしれない。
そうであったとしても、平地競走において8頭立て以上のレースが69.39%から73.74%に上昇したことで、全体(平地・障害の両方)での8頭立て以上のレースの割合は64.08%から71.05%に引き上げられた。
By Lee Mottershead
(1ポンド=約145円、1ユーロ=約125円)
[Racing Post 2021年1月21日「Lowest prize-money since 2002: the stats that lay bare huge hit taken by racing」]