海外競馬情報 2021年04月20日 - No.4 - 2
サウジの有機物を含む馬場、米国では困難(サウジアラビア・アメリカ)【開催・運営】

 1レースで2,000万ドル(約22億円)もの総賞金を提供するのであれば、参加者がそのレースを絶賛するのは至極当然のことだろう。

 それでも、これまでに2回開催された総賞金2,000万ドルのサウジカップ(リヤド・キングアブドゥルアジーズ競馬場)のいずれかに参加した米国のホースマンたちの誰もが称賛しているのは、彼らがサウジで経験したある1つのことだ。それは、高額賞金とは関係ない。

 競馬界で最も有名な調教師や騎手の中には、キングアブドゥルアジーズ競馬場のダート馬場を"競馬界で最高のダート馬場の1つ"と呼び、惜しみない賛辞を送っている人々がいる。

 サウジカップの第1回目ではミッドナイトビズー、第2回目ではシャーラタンでいずれも2着となった競馬殿堂入りジョッキーのマイク・スミス騎手は、「素晴らしい馬場のある見事な競馬場です。あそこに遠征して騎乗するのは大好きです。砂の跳ね返りはかなり穏やかです。馬場に含まれる素材が表面をぐちゃぐちゃにするのを防ぎ、馬をへたらせるようなことがありません。馬場があれほど柔らかいと、馬にも優しいですよね」と語った。

 サウジカップの第1回目でムーチョグストが4着、第2回目でシャーラタンが2着に入ったバファート調教師も、その馬場を高く評価してこう語った。

 「あの馬場は深いものの柔らかく、馬の脚に優しいです。レース後、馬は元気に戻ってきます。米国競馬に最適な馬場を見つけるためにサウジに行かなければならないかもしれません」。

 それでは、サウジの砂漠が米国競馬のためのオアシス(安らぎの場所)を創り出したのだろうか?

 あいにく、答えはノーである。

 サウジの気候に合わせて完璧に設計された馬場ではあるが、専門家に言わせると、ニューヨーク、フロリダ州ハランデールビーチ、さらにはロサンゼルスの気候では、米国の主要競馬場で同じような馬場を実際に使うことは現実的ではない。

 馬場の専門家であるミック・ピーターソン博士は、ワイオミング州の月間平均降水量が1.2インチ(30.48mm)であることを引き合いに出し、「ワイオミングダウンズ競馬場でなら使えるかもしれません」と述べた。

 ピーターソン博士は、ケンタッキー大学の競馬場安全プログラム(Racetrack Safety Program)の指導者、生物系統学と農業工学の教授、そして競走馬場試験研究所(Racing Surfaces Testing Laboratory)の専務理事である。

 米国の馬場管理と馬の安全性に関する現在のトレンドは、それぞれの競走馬場を隅々まで一貫性のあるものにし、個々のサーキット(ある地域内において開催日が重ならないよう日程を合議して決めた競馬場の一群)でほぼ同一の馬場をもつことが中心だ。

 キングアブドゥルアジーズで非常に効果を示しているのは、米国の主要競馬場ではもう使われなくなった樹皮を中心とした有機物である。

 ピーターソン博士によると、キングアブドゥルアジーズのダートを検査したところ、有機物が約4%、それに米国の馬場にも含まれる他の要素、シルト・粘土・砂を含んでいた。粘土・シルトを濃縮したものが9%、残りの87%が砂だったと、同博士は述べた。

 「その砂はデルマーの砂とほとんど同じです。唯一の違いは、石英の含有量がわずかに多いことであり、それは砂を頻繁に追加する必要がないことを意味しています」。

 サウジの競馬場に含まれる砂は天然だが、米国のいくつかの競馬場は粉砕された砂を使っている。

 バファート調教師は、「天然の砂を使っていることが大きな違いを生んでいます。人工の砂を使っているところもあるのですが、きめが粗いです。ウッドチップと天然の砂を混ぜると、馬場に素晴らしい弾力性が与えられます」と述べた。

 現在のキングアブドゥルアジーズの馬場は、ボブ・ターマン氏により設計された。同氏はベイメドウズ競馬場で馬場管理者を務め、2013年に中東に移り、その才能を活かして新しく安全な馬場の敷設を監督した。ターマン氏は昨年のサウジカップの前、「5ヵ月にわたって調教と競走(出走馬延べ6,450頭)でその馬場を使用しましたが、予後不良となったのはわずか3頭です」と語っていた。

 現在はキングアブドゥルアジーズの馬場管理者を務めるターマン氏は「この種の記録は近年では典型的なものです。初めてここに来たとき、砂を気に入りました。とても柔らかいのです。そう簡単に圧縮されない性質があり、それこそがこの砂の長所です。夜間に散水しています。そうすれば、水分が馬場に浸透して蒸発しないようになります」と語った。

 水分が重要な要素である。水分が多すぎると有機物が洗い流されてしまう。このため、米国では有機物を使うことが問題となっている。

 ピーターソン博士は、「有機物の問題は、急速に変化してしまうことです。分解されて洗い流されてしまいます」と述べた。

 同博士は、有機物はかつてカリフォルニア州の大半の競馬場で使われていて、自身も当初はその使用に賛成していたと語った。だが、有機物が馬場にもたらしうる不均一が馬の故障の一因になっていることに気付いた。

 ピーターソン博士はこう語った。「一時期、有機物は"最高だ"とさえ思っていました。何が素晴らしいかというと、含水率を安定させるという点で完璧なのです。水分が多すぎるとそれを吸収し、乾燥しすぎると水分を放出します。まるでスポンジのようなものです。これはとても貴重なことです。しかし、たとえばサラトガ競馬場(ニューヨーク州)にあるオクラホマ調教コースに有機物を入れたら、雨が降るので大変なことになるでしょう。有機物はすぐに分解されてヌルヌルになってしまいます。サウジアラビアでは、砂漠に雨が降らないのでその心配はありません」。

 「現在は有機物を使っていません。不均一になりすぎるからです。デルマー開催が始まるときにバーク堆肥(樹皮)を加えたとしても、開催が終わる頃にはバーク堆肥が洗い流されてまったく違うコースになってしまいます。2~3日ならいいかもしれませんが長期間は無理です。私たちが北米で行っている競馬はそういうものではありません。サウジでは、米国の競馬場のように頻繁にレースを施行しないのが救いです。ロイヤルアスコット開催がなぜあんなに素晴らしい芝コースで施行されるかという話になるのと同じです。彼らのようにたまにしかレースを施行しなかったら、私たちも素晴らしいコースを持っているはずです」。

 有機物とは対照的に、米国では安全なコースを維持するためには、馬場管理者が馬場の深さや硬さを絶えず監視できる技術が鍵となると考えられている。

 そのうえ近年は競馬開催の始めの段階での故障が相次いでいることから、転戦馬に馬場の違いをほとんど感じさせないために、1つのサーキットを構成する複数の競馬場がほぼ同一の馬場を開発する試みが求められている。

 ピーターソン博士は、「競馬開催が始まるときに馬がよく故障するという話を聞きますが、これは馬が新しい馬場に適応するのに苦労していることを示しています。科学雑誌に載っているような話ではありません。理にかなっているから挑戦したのです」と語った。

 そして同博士は、そのコンセプトはデルマー競馬場で予後不良事故を減少させるのに大きな役割を果たしたと述べた。2017年にデルマーの馬場管理者デニス・ムーア氏が馬場の構造と表面の変更を精密に計画したところ、それはサンタアニタの馬場を再現し、予後不良事故が大幅に減少した。ムーア氏はサンタアニタでも仕事をしている。

 ピーターソン博士はこう続けた。「デルマーとサンタアニタの馬場はこれ以上ないほど似たものになっています。デルマー開催の開幕時に故障が相次いだなら、その馬場を馬が走り慣れているサンタアニタの馬場に近いものにしなければなりません。大半の馬はサンタアニタからやって来るのですから。ムーア氏が行ったことは、馬場の傾斜を変更し、路盤を替え、クッション砂(表層)を調整して、できるだけサンタアニタに近づけようとしたことです。その結果、目標としていたように、出走馬はそれぞれの馬場の違いを感じなくなりました。そしてデルマーは米国一安全な競馬場とまでは言えないですが、最も安全な競馬場の1つとなったのです」。

 米国ジョッキークラブ(TJC)の"事故馬データベース(EID)"によると、本馬場(ダート)で2015年に7件、2016年に10件の予後不良事故が発生した後、デルマー競馬場の予後不良事故の件数は2017年に4件に減少し、2018年には2件、2019年には1件となった。2018年以降、デルマーの夏開催での予後不良事故は1件しかない。

 ニューヨーク競馬協会(NYRA)では、運営・投資計画担当上席副理事長であるグレン・コザック氏が、ピーターソン博士の馬場の統一性についての信念に共鳴し、サーキットの3競馬場(アケダクト・ベルモントパーク・サラトガ)と2つの調教コース(ベルモントパーク・サラトガ)での馬場の特徴の共通化を目指して取り組んでいる。

 NYRAは現在、サラトガのオクラホマ調教コースの改修工事を進めており、今年のサラトガ開催までにそのコースが本馬場の小型になることを目指している。

 コザック氏はこう語った。「私たちは、本馬場と調教コースで、排水システム・路盤の素材・クッション砂(表層)を同様のものにしたいと思っています。そうすることで、馬が調教コースから本馬場に移っても、路盤とクッション砂(表層)が変わらないものとなります。アケダクトの本馬場、ベルモントパークの調教コース、そしてサラトガの調教コースと本馬場に同じ素材が使われます。それらのどれもが、徹底的に同じように設計されています。私たちは一貫性を保つように努めています。同じ水分レベルを維持して、ムラがなく一貫性のある馬場を保とうとしています。そのため、アケダクトの本馬場とベルモントパークの調教コースの両方において、冬場にタイムが遅くなるのです。私たちの目標は、NYRAのサーキットで馬が転戦するときにほとんど変化を感じさせないようにすることで、予後不良事故を減らすことです」。

 進行中のオクラホマ調教コースの改修工事で行われていることは、サラトガの本馬場、アケダクトとベルモントパークの調教コースで現在使われている石灰石の路盤を追加するというものである。

 また、この有名な調教コースは、本馬場に似た傾斜を作るために旋回する部分に変更を加えて幅が広げられようとしている。そして、コースの数ヵ所に不均一をもたらす原因となる日陰を作っている数本の木を取り除いた。

 NYRAで最初の石灰石の競走用馬場は、アケダクトの内側に設置されているコースで、2017年に2つ目の芝コースに替わって敷設された。

 コザック氏はこう続けた。「馬場管理にはいっそう労力を費やしますが、はるかに一貫性のある馬場なので、路盤が変化するのを避けることができます。現在、路盤に使用しているものは、より安定して一貫性のある製品です。石灰石の素材の上に粘土パッドを置いているので、純粋な石灰石の馬場よりも柔軟性があります。粘土でできた馬場で生じるような盛上りを避けることができ、馬場上で行われる活動に対する耐久性もかなり高くなります」。

 同氏は、NYRAの馬場の典型的な組成は砂が86%で残りが粘土とシルトであるとし、「サラトガでは他よりも多くの粘土を使用しているので、他の競馬場とは馬場の色が違って見えるのです」と述べた。

 コザック氏はベルモントパークを"異端児"と呼んでいるが、それは近い将来、変わるはずだ。ベルモントパークではここ数年、まだ最終決定されていない改修工事の話が出ており、それには新たな競走用馬場が含まれる可能性が高い。

 NYRAの競馬場に加え、ニューヨーク州・ペンシルベニア州・ニュージャージー州の競走用馬場にも石灰石の路盤が使われているので、これらの地域に有益な一貫性のようなものをもたらしており、それはニューノーマル(新しい常態)となりつつある

 概して言えば、ピーターソン博士が"ほかの大陸や地域の競馬場を検討することが必ずしも安全な競走用馬場を作るための最良の方法ではない"と考える理由も、この一貫性により説明される。

 同博士は「その土地の環境に適応しなければなりません」と付言した。

By Bob Kieckhefer and Bob Ehalt

(1ドル=約110円)

[bloodhorse.com 2021年3月23日「Saudi Organic Racing Surface Inimitable in U.S.」]