海外競馬情報 2022年02月22日 - No.2 - 1
メディーナスピリット、剖検で死因は特定できず(アメリカ)【獣医・診療】

 カリフォルニア州競馬委員会(CHRB)は2月11日、ケンタッキーダービー(G1)の1位入線馬メディーナスピリットの突然死を調べる剖検は、同馬が12月6日のサンタアニタパークでの追い切り後に倒れて死んだ原因を正確に特定できなかったと発表した。

 調査結果発表後の記者会見で、剖検により急性心不全が示唆されていたが確証は得られなかったと、参加した獣医師と研究者は認めている。そして、肺出血で死んだ馬もこういった死後の特徴を示すことがあると付け足した。

 CHRBが報告するところによると、抗潰瘍薬オメプラゾール(omeprazole)と呼吸器系の出血を抑えるための利尿剤のフロセミド(別名ラシックス)が血液検体と尿検体から検出され、メディーナスピリットの担当獣医師がCHRBに提出した投薬報告と一致したという。

 剖検とは、死因の特定や視覚的に明白な異常の発見のために行われる動物の死体解剖のことである。CHRBの管理下にある施設で死んだ馬に対して取られる標準的な処置であり、カリフォルニア大学デーヴィス校獣医学部のカリフォルニア動物衛生・食品安全(CAHFS)診断研究所システムがそれらの調査を行っている。CHRBは現在のところ100以上の死後検査報告書をウェブサイトに掲載しており、それらには剖検所見、当該馬の競走/調教歴、診療記録、結論が記述されている。

 メディーナスピリットは剖検のためにCAHFSの研究所(カリフォルニア州サンバーナーディーノ)に搬送され、馬体と内臓が検査され、顕微鏡検査・毒物検査・薬物検査・遺伝子検査のための検体採取が行われた。検体は今後の検査のためにも保管されている。それらの検査が終了したのち、メディーナスピリットは火葬された。

 メディーナスピリットの死後検査は、病理学・毒物学・馬薬物検査を専門とするカリフォルニア大学デーヴィス校CAHFSの診断チームにより実施された。この検査に携わったのは、フランシスコ・ウザル(Francisco Uzal)博士、ハビエル・アシン・ロス(Javier Asin Ros)博士、モニカ・サモル(Monika Samol)博士、ロバート・ポッペンガ(Robert Poppenga)博士、ベンジャミン・モーラー(Benjamin Moeller)博士である。同大学同校獣医学部の副学部長であるジョン・パスコー(John Pascoe)博士がCAHFSの所長であるアシュリー・ヒル(Ashley Hill)博士とともに監督を行った。

 昨年末にメディーナスピリット(馬主:ゼダンレーシングステーブル)の突然死のニュースは全米で大きく注目された。その原因の1つには、5月1日のケンタッキーダービー(チャーチルダウンズ)に関して巻き起こっていた議論があった。

 ケンタッキーダービーの競走後検査でメディーナスピリット(ボブ・バファート厩舎)からコルチコステロイドの一種、ベタメタゾンが検出されたのだ。この結果により、2月14日に予定されているケンタッキー州の裁決委員による審問で同馬は失格となる危険性があり、バファート調教師には過怠金や業務停止処分が科される可能性がある。

 チャーチルダウンズ社(CDI)は私有地所有者として、CDI所有の競馬場でバファート氏が管理馬を出走させることを2023年半ばまで停止した。

 バファート氏は、メディーナスピリットが陽性となったのは臀部の皮膚病を治療するために抗真菌性クリームのオトマックス(Otomax)を使用したためだと主張している。さらに彼の弁護士は、オトマックスは"酢酸ベタメタゾン"とは異なる"ベタメタゾン吉草酸エステル"が特定要因になることで陽性反応を引き起こしたと論じている。馬に注射で投与されるタイプのベタメタゾンは"酢酸ベタメタゾン"ということである。この薬物はレース前に14日間の休薬期間が推奨されている。

 メディーナスピリットは昨年、ケンタッキーダービー後は競走当日に禁止されている薬物の検査をすべて通過した。10月2日にオーサムアゲインS(G1 サンタアニタ)で優勝し、11月6日には最後のレースとなるBCクラシック(G1 11月6日 デルマー)で2着となった。

 モーラー博士とヒル博士はメディーナスピリットが春にベタメタゾンで治療を受けたことが12月の死の原因に関係あるとは考えにくいと指摘した。モーラー博士はそれとは逆の結論を示す証拠は見当たらなかったと述べた。

 「ちなみに、ベタメタゾンの作用が持続する期間は一般的には投与してから約1週間であることをお知らせしておきます」とヒル博士は付け加えた。

 バファート氏を担当する弁護士の1人であるクラーク・ブルースター弁護士は声明でこう述べている。「剖検によってメディーナスピリットの突然の心停止を引き起こした病態生理学について、より多くの情報が得られることを期待していました。しかし彼の悲惨な死は不可抗力であり、防ぐことができなかったようです。案の定、剖検の結果は突然の心停止と適合し、同じような追い切り中の突然死の報告とも一致します」。

 「調査員たちは、メディーナスピリットの心臓の電気活動を調整する心臓伝導系に欠陥があったのかもしれないと判断しました。それはありえる説明かもしれません。複数の検体に対して広範な毒物検査を実施しましたが、予期せぬ物質は見つからず、メディーナスピリットの心停止が薬物使用によって引き起こされたことを示すものは何もありませんでした」。

 専門家たちは、EPOとしても知られるエリスロポエチン(赤血球生成促進因子)のような薬物は心停止の発症率を高める可能性はあるが、剖検ではメディーナスピリットが赤血球を作る薬物で治療されていたという証拠は示されなかったと述べる。CHRBによると、オメプラゾールとラシックス以外の薬物、重金属(コバルトを含む)、毒物などは検出されなかったという。

 血液・尿・房水の検体に、合法薬物と禁止薬物の両方を含む数百もの物質(EPO、クレンブテロール、ベタメタゾンなど)が存在するか検査された。

 調査に関わった獣医師や研究者によると、毛根検査は特に剖検の一環として行われたわけではないという。また、CHRBのスコット・チェイニー専務理事はCHRBが採取した毛根検体は陽性反応を示さなかったと述べた。毛根検体はメディーナスピリットの死後検査で採取され、それらの検体は保管されていた。

 電話会議で記者から馬体内にあるかもしれないすべての物質を識別する検査機関の能力について追及されて、モーラー博士はCAHFS-デーヴィス・マディ研究所には検査するための"十分な設備が整っている"と述べた。

 CAHFS-デーヴィス・マディ研究所の馬化学部門の主任分析化学者であるモーラー博士は、「薬物検査にはつねに課題がつきまといます」と語った。

 CHRBは、メディーナスピリットの球節と肘関節に退行性関節疾患が見られたと報告している。また、さまざまな組織における顕微鏡的変化は軽度であり特定の死因を示すものではないと指摘した。

 さらに、死後検査で見られる膨れた肺や気管の泡、肥大化した脾臓、ほかの組織の鬱血や軽い出血は突然死した馬に共通したものであり、心因性の死亡の場合にも見られるがそれ特有のものではないと、CHRBは付け加えた。

 心臓組織の検体はミネソタ大学とカリフォルニア大学デーヴィス校の獣医遺伝学研究所に、進行中の研究プログラムの一環として送られた。その研究プログラムはCHRBと共同で競走馬の突然死の遺伝的原因の可能性を調査するというものだ。

 メディーナスピリットが死んだ当時、CHRBの馬医療担当理事であるジェフ・ブレア博士は、突然死の原因を特定することは時に難しく、さらなる調査を行っても50%ほどは解明されないままであると述べていた。

 CHRBは2月11日にメディーナスピリットの剖検結果が発表されたときに、その統計に再度言及した。その際、突然死の約53%においてその原因が確証をもって特定され、25%において推定的な原因が確認され、約22%においてはっきりした死因が不確定のままであるとする国際的研究を引用した。

 突然死は調教中もしくは調教直後に発生したものに分類され、心停止から肺出血などの内出血まで多岐にわたる。馬の死因のうち突然死が占める割合はごくわずかである。

 当初はブレア博士がメディーナスピリットの剖検を監督することになっていたが、のちにパスコー博士がその役割を果たすことになった。カリフォルニア州の獣医師会(Veterinary Medical Board:VMB)へ匿名の苦情があり、行政法判事がブレア博士の獣医師免許を停止したことをうけ、同博士は1月に休職に追い込まれていた。CHRBの会長であるグレッグ・フェラーロ博士はこのブレア博士に対する措置は政治的動機に基づいているとした。ブレア博士は現在、本格的な証拠審問を控えている。

 カリフォルニア大学デーヴィス校が死後検査を監督する以外では、最終的な死亡報告書(剖検写真、顕微鏡用切片、毒物検査・薬物検査の結果を含む)は専門家に提供され、ローラ・ケネディ博士(ケンタッキー大学)とグラント・マクシー博士(カナダ・オンタリオ州のゲルフ大学)による独立したレビューを受けていると、CHRBは指摘している。

 ヒル博士は剖検結果発表後の記者会見でこう語った。「競走馬の突然死は、カリフォルニアだけでなく全米各地、そして世界中で長年きわめて強いフラストレーションを引き起こしてきました。調教中や調教直後に死んでしまう馬がいることは認識されている問題です。何が起こっているのかを解明しようとする際には、きわめて強い葛藤が引き起こされます」。

 CHRBのオンライン記録によると、メディーナスピリットは2021年にCHRBの施設で死亡したバファート厩舎の2頭のうちの1頭であり、もう1頭は5月22日にロスアラミトス競馬場で呼吸器疾患の一種、胸膜肺炎で死んだヌードルズ(Noodles)である。

 CHRBは以前、2011年~2013年にハリウッドパーク競馬場(2013年に閉場)で突然死したバファート厩舎の7頭を調査していたが、これらの馬の類似性も、単一の特定できる原因も見つからなかった。この報告書とCHRBの分析では、その当時バファート氏のすべての管理馬には甲状腺ホルモンが投与されていたが、それが立て続けに生じた突然死と関連するのか特定できなかったとされている。

 その当時CHRBの馬医療担当理事を務めていたリック・アーサー博士は報告書(2013年11月発表)の中で、バファート氏が内部で治療プログラムを見直し4月に甲状腺ホルモンの使用を中止したと指摘している。

 メディーナスピリットの検査では甲状腺ホルモンの一種であるサイロキシンのレベルが正常な基準値を下回っていたが、剖検に関わった獣医師や研究者はサイロキシンの検査は困難を伴うものであると述べた。サイロキシンは馬に投与できるものの、このホルモンは馬体内でも自然に産生される。

 近年カリフォルニア州を含む数々の州で甲状腺薬の使用が制限されている。甲状腺の基礎疾患のない馬にサプリメントとして使用するなど過剰に処方されるようになったためである。甲状腺薬は心拍数を上げる可能性がある。

 この調査は死後検査のレビューに関連するCHRBのルール1846.6に準じて、必須の剖検報告書のレビューを行うことで今でも続いている。この分野の専門知識に基づき、アリーナ・ヴェイル(Alina Vale)博士がメディーナスピリットの調査結果のレビューを行う正式な獣医師として指名された。

 さらに裁決委員会の安全担当委員1名とその他1名がレビューに参加するよう任命される。報告書はルールに従って作成され、CHRBによって公表される。この過程でルール違反の可能性が明らかになれば、CHRBによって調査され訴えや懲戒処分の可能性が生じるだろう。この調査はCHRBが管理する施設で起こったすべての死亡事故に対して実施される。

By Byron King

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[bloodhorse.com 2022年2月11日「Medina Spirit Necropsy Finds No Definite Cause of Death」]