1月22日(土)は競馬に携わる者として健全な一日だったと思った。
競馬場ではクラレンスハウスチェイスでのシシュキン(Shishkin)とエナーグメン(Energumene)の輝かしいパフォーマンス、ピーターマーシュチェイスでのロワイヤルパガーユ(Royale Pagaille)の勇気ある戦いぶり、ヘイドックチャンピオンハードルトライアルでのトミーズオスカー(Tommy's Oscar)の猛烈な追い上げなどが繰り広げられた。
これらの競走とは別に、ニューマーケットでは再調教を受けた元競走馬の新たなキャリアで果たした功績を称える"競走馬の再調教(RoR)"の授賞式が開催された。
8部門からなるこの授賞式はさまざまな分野での活動に適応するサラブレッドの多才性だけでなく、RoRの事業規模も披露していた。実際、数千頭もが競走生活が選択肢でなくなったあと新たにアクティブな活動を見つけている。
最も重要な賞である"2021年RoRホースパーソナリティ・オブ・ザ・イヤー賞"の受賞馬が表彰された。観衆には、オーナーが心身の大きな苦難を乗り越えるのを助けるのに重要な役割を果たしたワンペカン(One Pekan)、ダファーンシール(Daffern Seal)、アンリドボワストロン(Henri De Boistron)が紹介された。
この賞を受賞したのはアンリドボワストロン(せん12歳)である。トム・ジョージ氏が所有した平凡な障害競走馬だったこの馬は、現在のオーナー、アナスタシア・チョマさん(31歳)が進行性の乳がんから回復するための拠り所となった。
チョマさんはこう語った。「闘病中ずっと、彼は私を助けてくれたのです。ハッピーで面白い性格の馬です。いつも幸せそうにしているのです。サラブレッドがどれほど順応でき多面的な才能があるかを示しています。彼には一生感謝します」。
この授賞式に参加した誰からもにじみ出ていたのは、馬への献身的な思いである。それが馬から得たものへの精いっぱいのお返しだということを彼らは知っているのだ。
このRoR授賞式のようなイベントは必然的に、底流にある馬の福祉に対する懸念と切り離すことができない。このようなイベントは私たちがやっていることで、できることでもあるが、すべての引退競走馬がここに登場する馬と同じように扱われることが本来不可欠なのである。いずれにせよ、それが今起きている状況に対する1つの解釈だと言えよう。
このイベントの主催者およびタイトルスポンサーであるジョッキークラブのCEOネヴィン・トゥルーズデール氏もこれについて触れている。
「馬の再調教と福祉は競馬のエコシステムにとって非常に重要です。RoRの取組みはその大きな一端を担っています。私たちが何をやろうとしているのかを示したいのです。それは私たちにとっても、競馬界にとっても、競馬界で実現したいことすべてにとっても、とても重要なことだからです」。
しかし、これが正しい言い方かどうかわからないが、ジェイン・マクギヴァーンさんの言葉はトゥルーズデール氏の言葉をはるかにしのいだ。彼女が所有する小柄な芦毛馬アワーオールドフェラ(Our Old Fella)は、RoRエリート総合馬術チャンピオンに選ばれていた。
マクギヴァーンさんは、自らを熱心な競馬ファンだと称していた。ファーガル・オブライエン厩舎やナイジェル・トウィストン-デイヴィース厩舎に馬を預ける馬主でもある。しかし、競走馬に関わることで生じる長期的な責任を馬主は軽視してはならないと忠告する。
「サラブレッドに勝るものはありません。サラブレッドほど勇敢で、運動能力が高く、魅力のあるものはないのです。競馬は大好きですが、馬主は毅然とした態度を取り、自らの馬から得る喜びに対して責任を負わなければならないと思っています」。
「馬主として楽しいときもあれば、悪いときもかなり多くあります。しかし馬はたくさんのことをもたらしてくれます。誰もがそれを尊重すべきなのです。ただ使い捨てにできるものではありません」。
英国競馬界は馬の福祉に関して一歩前へ踏み出そうとしている。とりわけBHA(英国競馬統括機構)のアナマリー・フェルプス会長はその重要性を声高に主張している。さらに馬福祉委員会(Horse Welfare Board)が設立され、2020年に競馬のための戦略的5年計画を発表した。
この5年計画において競走馬のアフターケアがその一環として議論されており、競馬産業のある調査が引用されている。その調査では、引退競走馬の福祉の水準が高いと答えたのはわずか26%だった(これに対して、競馬場における馬の福祉の水準が高いと感じる人は83%と高く、現役競走馬の福祉の水準が高いと感じる人は75%)。
5年計画はまた、RoRのような組織と密接に協力すること、そして競走を引退したサラブレッドのトレーサビリティ(追跡可能性)における"大きなギャップ"を埋めることの重要性を強調している。
しかしRoRの授賞式では、その目標達成のために十分なことがなされていないという不満の声も聞かれた。ゲストの1人が私に「アフターケアは後知恵になってしまっています」と言った。彼らは、引退競走馬のデータへアクセスできるようにするためにBHAはなぜもっと積極的にならないのか?と疑問に感じているのだ。
このような発言は少し単刀直入に聞こえるかもしない。しかし、RoRのような組織が行っている取組みをプロモートするためにもっと多くのことを行うことは常に可能である。そして彼らの意見は、競馬界がアフターケアの問題に関してどのような方針と方向性を取っていくにせよ、中心に据えられるべきものだ。
引退競走馬への適切かつ責任あるケア、そしてその最も大きな割合を監督する人々との連携が極めて重要である。それは、昨年BBCのドキュメンタリー番組「パノラマ」で元競走馬がスウィンドンの屠殺場に運び込まれてライフルで撃たれるという胃が痛くなるような光景とともにはっきりと示された。
馬福祉委員会が導入した計画、BHAの言葉、そしてRoRのような組織の活動はすべて、「パノラマ」で見られたような出来事は極めて稀なのだと保証できるような方向へと向かってはいる。
しかし根本的には、マクギヴァーンさんがスピーチで指摘したように、これからも競馬が前進し続けるためには、馬主の思考に引退競走馬に対する姿勢やアプローチが根付かなければならない。そしてそれは、自身の馬が勝てるかどうか、次走に賭ける価値があるかどうかということと同じぐらいしっかりと根付かなければならないのだ。
馬を所有することに関わるすべての人々がこのように考え行動するのであれば、私たちは1月22日(土)に味わった喜びがうわべだけものではないと、もっと確信できるだろう。
By Peter Scargill
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