それらの骨、それらの骨(Dem bones, dem bones)。ハートフォードシャーの王立獣医学校を訪問する人々は、この世に残されたエクリプスの形見の品を間近に見ることができる。ここに展示されているのは、史上最強馬の1頭、エクリプスのほぼ完全な骨格の清らかな骨である。
1789年に疝痛のために死んだエクリプスは、その極上の能力の理由を解明するために解剖された。その結果心臓がとても大きいことが分かり、彼の競走馬としての力量を説明するのに大いに役立った。その後、彼の骨はふたたび組み立てられ、形見として展示されるようになった。
その後、骨格は定期的に解体され英国各地に運ばれてふたたび組み立てられたが、途中でいくつかの骨は失われ、ほかの馬の適切な骨と交換されるという始末になった。骨格を観察すると、蹄が失われていることが分かる。
エクリプス(1764年生まれ)はまったく驚嘆すべき馬だった。日食の光と影の中で生まれたことで、命名方法はとても素直だった。1本の白い長い靴下をはいた不機嫌な馬で、地面のほうへ頭を低く下げて走ることが多く、道端で小銭が落ちていないか探す男のようだった。
レースキャリアを始めたのは5歳のときで、当時はごく普通のことだった。しかし非公開で行われた試走の様子が世間に知れわたったことで、デビュー戦では単勝1倍台のオッズがついた。無傷の18勝を果たして引退したが、その多くはウォークオーバー(単走・不戦勝)だった。エクリプスの評判と優秀さゆえに、所有馬を対戦させようと願う馬主はほとんどいなかったのである。
彼の名は時代を超えて轟き、とりわけ彼が意図せず残した決まり文句によって鳴り響いてきた。エクリプスのデビュー戦は1769年5月にエプソムで施行された4マイル(約6440m)のヒート競走(複数回の競走を行うことにより優勝馬を決定する方式の競走)、ノーブルメン&ジャントルメンズプレートである。エクリプスが第1ヒートを制したあと、アイルランドのギャンブラーで愛すべき悪党、デニス・オケリーが第2ヒートの着順を当てる賭けを行った。そのとき「エクリプスが先着して、残りの馬はどこにも見当たらない」と言い、その一見ありそうもない結果に対して高いオッズがついた。
「どこにも見当たらない(nowhere)」とは勝馬から240ヤード("ディスタンス"という単位で知られており約220mである)以上離されてゴールすることを意味しており、非常に稀なケースだった。しかしエクリプスのような馬こそ稀な存在で、ライバルを大きく引き離して、この賭けでオケリーを余裕で勝たせてしまった。オケリーはのちに、その賞金でエクリプスを購買することになる。「〇〇が先着し、残りはどこにも見当たらない」という表現は、完全な優位性を示すものとして一般的な言い回しになっている。たとえこの表現を使う人がエクリプスのことを聞いたことがなくても。
エクリプスは何よりも競走する相手がいなくなったことでレースキャリアに終止符を打ったが、種牡馬として著しい成功を収めることになる。彼の産駒で最も大きな影響力を誇ったのはポテイトーズ(Potoooooooo)である。この馬はポテイトーズ(Potatoes)と名付けられるはずだったが、読み書きが不自由な厩務員が厩舎のドアに馬名を発音どおりに殴り書きし(「Pot」と8つの「o」)、それが定着してしまった。ポテイトーズは黄金のブラッドラインを継続させることに貢献した。それは始祖ダーレーアラビアンからファラリス系へと続き、現代の血統の飽和状態へとつながる。
エクリプスはレコードブックの中で不滅であることが保証されているが、彼のようなターフの寵児は当然ながら自らにまつわる数多くの遺産を残した。
エクリプスS(サンダウンパーク)は英国で最も重要な平地レースの1つである。また米国のエクリプス賞は、とても誉れ高い"年度代表馬"などのカテゴリーで競馬界のチャンピオンを毎年表彰するものである。そしてもちろん彼の骨格も見ることができる。
現代の感覚からすると少し気味が悪いと思われるかもしれないが、18世紀後半の人々はそういうことに無頓着だった。この偉大で有名な馬が展示ケースに入っているのを見るのはたしかに印象的なものだ。
このような方法で保存されている馬は他にほとんどいない。ただし国立競馬博物館には(素敵なお名前の)ポテイトーズと1933年のダービー馬で何度もリーディングサイアーに輝いたハイペリオンの骨格が展示されている。
あいにくエクリプスは蹄がないため、つま先、繋骨の先で立っている。解剖のあと、ある時点で蹄は取り外され、熱狂的な競馬ファンのために少しぞっとするような記念品としてインク壺に改造されたのである。
しかしよくあることだが、起業家精神というのは旺盛なもので、エクリプスのものとされる蹄は5つも出回っているようだ。となると、エクリプスがとても速く走れたという話は本当に驚くべきことではなかったのではなかろうか。
By Steve Dennis