理解しがたいことというものはいくつかあるものだ。
その1つは、驚くべき速さで業績が悪化しているビジネスが、お得意様が"歓迎されていない"と感じるような措置を思慮深いものだと考えるのはなぜかということだ。
まさに今、それが起こっているのだ。
このコラムが2週間前に初めて報じたように、コロナ前の基準と比較して、英国競馬界の主要開催の多くで入場者数は崖っぷちにある。
2019年に達成されたレベルから観客数が30~50%減少した主要な競馬フェスティバルもあった。その点を裏づけるように、1月1日~4月24日の英国の競馬場の1月当たりの平均入場者数は2,696人に減少しており、それまでの同時期の最少記録3,015人(パンデミックの時期を除く)を下回った。
時を同じくして、ジョッキークラブやアリーナレーシング社の所有競馬場など、英国の競馬場の大半は現金払いの客はもう要らないと判断している。観客がふたたび競馬場に入場できるようになったとき、健康を保護する目的で導入された措置が、今度は商業的な観点から継続されることになったのだ。
これは数字のうえでは納得のいく動きだと言うのかもしれない。しかし広い意味では、近視眼的であり不必要なことであり危険である。
競馬場だけでなく多くのスポーツ会場がカード決済しか受け付けなくなったのには、もっともな理由がある。サービスのスピードは向上する。それに、銀行からレンタルしている硬貨・紙幣計数機のリース料は高騰している。また消費者データは、カード決済によって1人当たりの平均消費額が増加することを示している。
もう1つの理由は、競馬場は公にはしたくないだろうが内部では認められていることだ。それは現金を排除することで、スタッフがお金をくすねる可能性を大きく減らせるというものだ。
しかしこれらはすべて犠牲を伴う。ファンに引き続き支持してもらうために競馬界ができる限りのことをすべきときに、競馬場は一部の人々が来場することを困難、あるいは不可能にすることでファンを遠ざけてしまうのである。競馬が始まって以来、このスポーツの真の通貨とされてきたものをご法度としてしまうのだ。
競馬ファンは馬券を購入するときも、飲み物やハンバーガーを買うときも現金を使いたがる。それゆえ5月16日(月)~22日(日)に開催する28競馬場のうち、現金払いを許可するのがわずか10競馬場だけという事実は心配になる。流石に、その中でも多くの人が"最高中の最高"と見なすヨーク競馬場は依然として現金を認める競馬場の1つとなっている。
ヨークはポール・ウォルターズさん(80歳)のお気に入りの競馬場の1つでもある。今もなお月に2日、ダービー(イングランド中部の工業都市)で事務弁護士として働くポールさんは、アトックスゼター競馬場で午後を過ごすという計画を断念した。というのも、電話口の女性が"アリーナレーシング社の方針"で現金を受け取れないと説明したからだ。
ポールさんは、「80歳なので自分のやり方に少しこだわってしまうのです。お金が必要なときは銀行に行ってその分だけ引き出し、欲しいものを買うときは現金で支払います。カードは持っていませんし作るつもりもありません。でも今ではカードを持っている人と一緒でないと、行けない競馬場があるのです」と語った。
立入禁止の標識が出る前は、ポールさんは年に十数回ほど妻アンさんと一緒に競馬場に出掛けていた。ベヴァリー競馬場ではパドックでの予想が冴えていて単勝67倍の馬券を的中させたことがある。彼らはいつもお金を払ってメインの特観席に入り、ホスピタリティパッケージを購入することもしばしばで、毎回200~250ポンド(約3.2万~4万円)を費やしていた。現金禁止令を出した競馬場でこのようなお金が失われているのだ。
「まったく必要ないことなので鬱陶しいですね。サービスを提供する側の都合を考えた措置であり、ファンの側からすると迷惑なのです」。
「競馬場がファンの声に耳を傾けて実施したものではないのです。それどころか、"押し付けるものを受け入れろ"とファンに言っているようなもので、気に入らないですね。そこにある論理も理解できません。競馬に行くときは、すでにポケットに現金を入れているのですから」。
ポールさんには地元のダービーに競馬仲間がいる。45歳の電気技師、ポール・フォークスさんだ。彼は18年前から競馬場に通っていて、最近では妻のキャスリーンさんと3組の夫婦とともに、英1000ギニー(G1)の開催日にニューマーケットに行った。いつものように、彼らはバーで使うために積み立てた現金の入った財布を用意した。ところがニューマーケットでの財布の日々はもう終わったと分かったとき、彼らは閉口した。
「この状況を受け入れがたく思っているのは私のような年寄りだけではないことがよくわかるエピソードです」とポール・ウォルターズさんは言う。
まさにポール・フォークスさんはそれを明らかにした。「払戻金は現金で受け取れるのに競馬場内では一切現金を使えないことはおかしいと皆が思っていました。ポケットにお金が入っている状態で歩き回っているのに、何か購入するたびに銀行から引き落とされるのです」。
「競馬ファンと話していると、カード決済を強制するのは間違っていると感じたのは私たちだけではなかったようです。パンデミックのときにこの措置が導入された理由は理解できますが、あらゆることが完全に緩和された今、払戻金をその場で使えないとなると、その日の輝きは薄れてしまいます。これでは今後競馬場に足を運ぶのを真剣に考え直さざるを得ません」。
2人のポールさんが言ったことを競馬場への警告として受け取ろう。どのようにうまくいっているビジネスでも、"お客様が第一です"がモットーである。競馬ファンの懐に現金があるようなときには、まさしく当てはまることなのである。
By Lee Mottershead
(1ポンド=約160円)
[Racing Post 2022年5月15日「Bring back cash! Why racecourses must stop annoying and alienating customers」]