海外競馬情報 2023年01月23日 - No.1 - 2
騎手たちからの批判をうけ鞭使用ルールを土壇場で修正(イギリス)【開催・運営】
 BHA(英国競馬統括機構)は1月4日(水)、新しい鞭使用ルールを試行期間の数日前に撤回せざるをえなかった。フォアハンド(逆手)での鞭使用を禁止するという計画が中止となったのだ。

 騎手の鞭使用をバックハンド(順手)に限定するというルールが土壇場で引っくり返されたのは、有力騎手たちからの批判が高まったからである。

 物議を醸したこのルール案が修正されるという決定を騎手たちは温かく迎えた。一方で、当初の協議に参加した動物愛護団体の世界馬福祉協会(World Horse Welfare: WHW)とRSPCA(英国王立動物虐待防止協会)はBHAを激しく非難した。WHWはこの出来事を"BHAとの関係に極めて大きなダメージを与えるもの"と表現している。

 BHAは平地・障害でそれぞれ許可される鞭使用回数を1回ずつ減らすことも発表した。これは夏に発表された当初の提言に含まれていなかったが、今後騎手が使用できる鞭の回数は平地6回・障害7回(これまでは平地7回・障害8回)が上限となる。

 上限回数を4回超過すれば馬が失格となることは変わらない。しかし全体の使用回数が減少したために、失格適用は平地で10回目、障害で11回目からとなる。

 もう1つの大きな変更点は、違反行為に対する罰則の強化である。これは当初の提言の1つをさらに厳しくしたものである。

 障害競走のベテランジョッキー、トム・スキューダモア騎手は当初ルール変更を承認した鞭使用諮問委員会(Whip Consultation Steering Group)の一員を務めていたが、今回のルール案修正を支持している。

 「今回の修正はおそらく公正なものだと思います。常に変更は生じるものであり、私たちは適応していかなければなりません。どのように変更に対応し、どのように規制していくかが重要となります」。

 BHAは1月4日(水)の声明で、バックハンドしか認められなくなると、肩や鎖骨を骨折した騎手がさらなる困難に遭うかもしれないというフィードバックを受けたと述べている。

 スキューダモア騎手はこう語った。「当初バックハンドに限定できるかどうかを検討したことにも、今回それを元に戻したのにも、しかるべき理由があったのです」。

 「多くの騎手、とりわけ肩に大きな手術を受けた騎手には体力的に無理があります。だから鞭使用をバックハンドに限定するというルール案が撤回されたのは妥当なことなのです。彼らはバックハンドで正しく鞭を使うことができなかったので、今回の修正によりフォアハンドで使うチャンスを得られました。ほかの選択肢を与えられたのですが、全員が鞭を適切に使っていかなければならないことには変わりがなく、正しく規制されなければなりません」。

 平地競走の元リーディングジョッキー、リチャード・ヒューズ調教師は鞭のフォアハンドでの使用を認める修正を歓迎したが使用回数の引下げには疑義をはさみ、BHAのリーダーシップも酷評した。

 「今回の修正は良いことだと思います。そもそも誰がこんなバカげたことを考えたのか分かりませんが、おそらく馬に乗らない人が言いだしたのでしょう。BHAは少なくともジョッキーの意見に耳を傾けました。ルールに従って騎乗しなければならないのは彼らなのですから、妥当なことですね」。

 「鞭の使用回数をこのままどんどん減らしていけば墓穴を掘ることになります。BHAは競馬にどのような結果をもたらすのかよく考える必要があります。決定を下しておいて、今回はそれを元に戻さなければならなかったのです。競馬は私たちのものでBHAはその運営にあたっているという事であり、その逆ではないのです」。

 新しいルールの試行期間と実施日は11月に発表したものから変更がなく、以下のとおりである。

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 パトリック・マリン騎手は11月の時点で、新しいルール、とりわけフォアハンド禁止はチェルトナムフェスティバル(3月14日~17日)のためにアイルランドから遠征してくる騎手たちに問題を引き起こしそうだと述べていた。

 障害競走のニック・スコフィールド騎手はその点についてこう語った。「常識が勝ったのだと思います。海外を拠点とするジョッキーにとって、英国に遠征してきて異なる方法で鞭を使うことはとても難しいことなのです。ルールを破れば厳しく罰せられ、馬の福祉が最優先であることは、今や私たちははっきりと理解しています」。

 BHAのジョー・ソーマレズ・スミス会長はこう述べた。「ここ数週間に寄せられた意見やBHA理事会で発表された意見を通じて、鞭使用をバックハンドに限定するというルールは一部の騎手に困難を及ぼす可能性があることが明らかになりました」。

 「したがって理事会はふたたび変更することに合意しました。それは、鞭使用をバックハンドに限定するというルールの問題点を解決しながらも、鞭使用を一般の人々の見た目にもいっそう受け入れられやすいものにするという目標を維持するものです。それゆえ、現在および将来のファンが競馬への関心を持ち続けることに寄与するものとなるでしょう」。

 「また理事会では、競馬界はこのような事態を二度と起こさないよう努めるべきだという見解も示されました。膨大な協議プロセスを経たのに、直接関係する情報が明らかになったわけですから。この点は騎手協会(PJA)に対して強調しておきましたが、PJAもこれを踏まえて協議のプロセスを見直すことに同意したことを嬉しく思います」。

 世界馬福祉協会(WHW)のCEOロリー・オワーズ氏は土壇場の変更にいらだちを感じており、こう語った。

 「今回の発表にがっかりしており、それにはしかるべき理由があります。協議プロセス全体は、馬の世界だけでなくその枠外にいる人々のあいだでも、信頼と透明性を高めるためのものだったのです」。

 「1年にわたる協議の末、ルール変更はうまくいくだろうと7月に発表されました。それなのに、土壇場になって違うことが起こったのです。しかも、それは7月に発表された変更への些細な修正ではありませんでした。この修正について完全に妥当な説明ができるというのかもしれませんが、こんなふうに変更できるのであれば、そもそもなぜ私たちはあの長々としたプロセスをこなしてきたのでしょうか?」

 「馬を奮起させるための鞭使用を完全に除外することは正しい行動だと考えていました。しかし協議と変更が成功するか否かは、競馬界が鞭使用の継続がなぜ必要なのかを福祉の観点から正当化できることに掛かっているのです。一般の人々と話し合うこのプロセスが損なわれ、すべてが難しくなってしまったと思わざるを得ません」。

 「BHAと異なるアプローチをとるよりも、BHAと関わることによってより多くの変化を促すことができると信じています。だからこのような状況でも、BHAと話し合い協力し続けていきます。しかし、これが極めて悪影響を及ぼすことは間違いないと考えます」。

 RSPCA(英国王立動物虐待防止協会)の政策担当理事であるエマ・スラウィンスキー氏は、諮問委員会のレビュー方法の堅実性に疑問を呈した。

 「レビューから導き出された提言が、基本的な問題提起で崩壊してしまったように見えます。これはレビュー自体が強固でない、もしくは証拠に基づくものではなかったことを示しています」。

 「この土壇場での転換はもう覆せないでしょう。このレビューは"福祉"ではなく"見た目"に基づいたものということなのです」。

 新しい鞭使用ルールで発表された主な修正点

 ・ フォアハンド(逆手)での鞭使用は禁止されることなく継続される。当初の提言では、鞭使用はバックハンド(順手)に限定される予定だった。

 ・ 鞭使用回数は平地6回・障害7回(これまでは平地7回・障害8回)が上限とされることになる。

 ・ 鞭使用回数が上限を超えた場合の罰則は、昨年11月に発表されたものよりも厳格化される。また、鞭の不正使用に対する処分も強化される。たとえば、肩の高さを超えた鞭使用への制裁は最低2日間の騎乗停止処分だったが、4日間に引き上げられることになった(クラス1・クラス2の競走ではすべての制裁が2倍になる)。同様に、馬に反応する時間を与えずに鞭を使用した場合、最低4日間の騎乗停止処分(これまでは2日間)、過剰な力を加えた場合は5日間の騎乗停止処分(これまでは3日間)が科される。

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 BHAがまたしても鞭使用ルール変更に失敗

 BHA(英国競馬統括機構)が必死になって決着をつけようとしているものだから、気の毒になってしまう。彼らは今回の鞭使用ルールの大幅変更のためにかなり多くの人々を関わらせ、何年もかけて話し合い、レビュー(全95頁)を作成した。ほぼ4年前に当時のCEOニック・ラスト氏がBBCに新たな罰則と抑止力に関する計画を伝えることでこのプロセスを開始した。そして、ようやく日の目を見ようとしていた。

 しかしまたもやこのような状況に陥ってしまった。BHAの役員たちは自らの提案が実際のところ機能しないため、土壇場での修正を余儀なくされた。まるで2011年に戻ったかのようだ。当時は10ヵ月間のプロセスを経て導入された厳格な新制度が、その後の6週間で2回も修正されたのだ。

 実のところ、今回の方が状況は良くなっている。鞭使用ルールが実施に移される前に重大な欠陥が特定されたからだ。2011年はアスコットで開催される初の英国チャンピオンズデーの5日前に鞭使用ルールが変更され、すぐに論争が巻き起こり、数週間にわたって競馬ニュースを支配した。リチャード・ヒューズ騎手が辞めると言って脅す事態にまで発展したのである。彼はその後3年にわたりリーディングジョッキーに輝くことになる。

 鞭使用ルールの適用を1月に試験的に開始することは、2011年のようなタイミングで実施するよりも明らかにマシだった。しかし当時に比べれば、ほとんど何でもマシだったと言えるに過ぎない。これが恥ずべき撤回であることに変わりはないのだ。舞台裏でBHAの役員と騎手が何週間にもわたって再度争ってきたという目の前の事実以上に、さまざまな種類のダメージを及ぼすことになるだろう。

 鞭使用ルールの変更は危機をはらむが、2011年の経験を踏まえながらも鞭のフォアハンド(逆手)での使用を禁止することがうまくいくかどうかを確かめなかったことについて、弁解の余地はない。このような斬新な変更は強要されたわけではない。徹底的な実地試験を行い、大多数の騎手によって積極的に承認された場合にのみ正当化されるものだが、どうやらそのようなことは行われなかった。

 それは大変な作業となり、数ヵ月の遅れを伴うことになったかもしれない。しかし、Aを発表してBに戻ってしまうよりはマシだったのは確かだろう。BHAの能力はふたたび疑問視され、レビュー作成に参加した世界馬福祉協会(World Horse Welfare)のような組織からの批判にさらされ、この展開が逆戻りと見られているのは間違いないだろう。

 そうしたことを考えると、BHAはフォアハンド禁止をあきらめる一種の見返りとして、11月に構想していたよりも強化された鞭使用ルール違反の罰則を採用したに違いない。しかしこれは報復に見え、厚かましくも計画の欠陥を指摘した騎手たちを怒り心頭に非難する手段であるように見える。

 騎手たちはすでに、レース開催日の規制以上の重荷を背負っている。たとえルール上許されるぎりぎりのところであっても、数日間生計を立てられなくなるようなルール違反のリスクを冒しても、騎手たちがレースに勝つためにできることは何でもするように馬主や調教師は期待し続けるだろう。

 騎手が鞭使用ルールに違反するたびに調教師や馬主に制裁を与えるようにするほうが良かったようだ。そうすれば騎手のみに責任を負わせるような文化を変えることができるだろう。また騎手は常にいろんな災難を考えながら行動しなくても良くなり、よりルールを順守しやすくなるだろう。

By Chris Cook

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