総賞金2,000万ドル(約27億円)のサウジカップ(G1)を制覇したパンサラッサ(牡6歳)は、日本の競馬界と生産界の強い影響力に光を当てただけでない。パンサラッサの牝系、とりわけ母ミスペンバリー(Miss Pemberley)とその全妹オビュッソン(Aubusson)にまつわる驚くべきストーリーも白日の下にさらした。
日出ずる国からの遠征馬がまたもや国際的な競馬祭典で勝利を収める中で、パンサラッサは日本が長年にわたりいかに優れた牝系血統を育み、買い入れてきたかを示した。
そこでコルビンスタウンロッジスタッド(アイルランド・ウィックロー県)のハリエット・ジェレットさんが登場する。彼女はパンサラッサの母ミスペンバリー(父モンジュー)を生産し日本に売却した。そしてG1・2勝馬パンサラッサをはじめブラックタイプ勝馬3頭が誕生することになる。
ジェレットさんは2月25日(土)にリヤドで行われた世界最高賞金レースでのパンサラッサの勝利を見て、「娘が現地にいましたが、パンサラッサのオッズは17倍で勝つとは思っていませんでした。馬がどれほど強い心臓を持っているかはレースを見ないと分からないものですね」と語った。
昨年のドバイターフ(G1)でロードノースと同着優勝を果たしたパンサラッサ(父ロードカナロア)のこれまでの道のりは、豊かで多彩なストーリーに満ちている。そのストーリーは彼の祖母にあたるスティッチング(Stitching 父ハイエステート)にまでさかのぼる。スティッチングはアイルランドのG2勝馬グレートデーン(Great Dane)の半姉であり、1997年タタソールズ社12月牝馬セールにおいて4万ギニー(約693万円)で落札された。
ジェレットさんはこう語った。「スティッチングを購買したとき彼女はロイヤルアカデミーの牡駒を身ごもっていました。ミスペンバリーはスティッチングが最初に送り出したモンジュー産駒でした。いつも美しい仔を生んでくれましたね。それらの仔は本当に見栄えが良く、1歳になったミスペンバリーをタタソールズのセリに上場したとき、宣伝効果は絶大でしたね」。
「今でもよく覚えています。高齢の両親と双子の姉妹を誘ってセリに参加しました。見るべきものがたくさんあるので、ちょっと楽しいかもしれないと思ったのです」。
「タタソールズのリングのそばに行くと、何か問題があったようで静まり返っていました。ミスペンバリーは獣医検査に合格できなかったので、最低価格5万ギニー(約866万円)に到達せず主取りになったのです」。
「私たちはこの問題をまったく認識していませんでした。セリに連れて行く前にレントゲンを撮っていましたから。しかしクリスティ・グラシックさんが個人取引で彼女を日本に売却するのを手伝ってくれました。当時、彼は本当によく助けてくれたのです」。
ミスペンバリーのタタソールズでの上場は残念なものになってしまった一方で、彼女の全妹オビュッソンも一筋縄ではいかず紆余曲折のある驚くべき道のりを歩んだ。ありえないような展開で、オビュッソンはサラブレッドではないさまざまな種牡馬と交配して、自らの繁殖牝馬としての素晴らしい能力を証明してきた。
ジェレットさんはその経緯についてこう説明する。「スティッチングでさらに2頭のモンジュー産駒を生産しました。1頭はフラヴィウス(Flavius)、そしてもう1頭はオビュッソンです。ジェシー・ハリントン厩舎にオビュッソンを預けましたが、満足できる成績を収めなかったので引退させました。そのファミリー(牝系)はもう完全にダメになったように思われました。イタリアに行った牝馬ストラスナ(Strusuna)も日本に行ったミスペンバリーも大した結果を残しませんでした。ミスペンバリーは3着が最高で、そのまま繁殖入りしてしまいました」。
「オビュッソンは競走引退後、コネマラ種の種牡馬と交配しました。それはオリンピックでカミラ・スピアーズ選手が騎乗したポーターサイズジャストアジフ(Portersize Just A Jiff)のような馬を生産するためでした。そしてビーティージャストアレベル(BT Just A Rebel)が生まれてきたのです。彼は現在、米国の総合馬術で活躍しています」。
「その後スポーツホースの生産者にオビュッソンを貸したところ、パワーブレード(Power Blade サラブレッドのスポーツホースの種牡馬)との交配で牝馬が生まれてきました。その馬は昨年のラインディングクラブ・チャンピオンシップに出場して、フリースタイルの音楽に合わせて演技する馬場馬術で優勝しました」。
「ミスペンバリーはきれいな馬でした。オビュッソンも小柄ですが美しいです。オビュッソンは総合馬術や馬場馬術で活躍する見栄えのいい馬を生んでくれました。それにレースで好成績を収める馬も送り出してくれました。種牡馬のおかげで良い仔を出しているというよりも、彼女のおかげで種牡馬は素晴らしい成績を収めているのです」。
ジェレットさんの娘フィリッパ・メインズさんは、現在18歳のオビュッソンを連れ戻すために重要な役割を果たした。しかし、オビュッソンの繁殖キャリアは順風満帆には程遠いものだった。
ジェレットさんはこう続ける。「フィリッパがドバイから戻ってきて、『スクウィーク(オビュッソンの厩舎でのあだ名)をサラブレッドの繁殖に戻せる?』と聞いてきたのです」。
「オビュッソンはデヴィッド・パウエルさんのもとに預けられ、そこでデレゲーターと交配しました。生まれてきた牡駒を売りましたが、残念なことにブリーズアップセールの直前に肩を壊してしまったのです。その後オビュッソンはゲールフォーステンと交配し、ライフ
ズアブリーズ(Life's A Breeze)が生みました。コン・マーナン(Con Marnane)さんがブリーズアップセールに出すために購買し、その後レースで4勝してレーティング95を獲得したのです」。
「オビュッソンはその後とても内気になり、繁殖活動をしなくなりました。そこで獣医師でリングフォートスタッドの経営者であるデレク・ヴィーチ氏のもとに連れて行きました。すると出産予定日を57日過ぎてベラードの牡駒を生むことができたのです」。
「がっしりして大きい仔馬でした。遅く生まれるとそうなってしまうのです。彼は1歳のときに売られ、2歳のときにアラン・キング厩舎に預けられウェスタートン(Westerton)という馬名でデビューし、ノッティンガムで2着に入りRPR(レーシングポストレーティング)89を獲得しました」。
"期待"は生産界のすべての人を夢中にさせる麻薬である。ジェレットさんはオビュッソンが送り出した2歳牝駒プレゼンス(Presence 父ニューベイ)が競走馬として、そして将来的には牝系を存続させる繁殖牝馬として成功することを心から期待している。
ジェレットさんはオビュッソンが今年スペースブルースと交配することを報告し、こう語った。「私たちのもとにいる最後の1頭は、6月4日に生まれた2歳のニューベイ牝駒です。どこかに移籍するという予定はありません。まだ育成段階にあり、急がせるつもりはありません。ジェシー・ハリントン厩舎に預けるつもりですが、入厩させるのが早すぎても意味がありません」
「この馬をこのまま所有し続けて、ファミリー(牝系)を存続させたいと思っています。フィリッパも同じように熱心なので、私たちは彼女をどこにも行かせませんよ」。
By Kitty Trice
(1ドル=約135円、1ポンド=約165円)