海外競馬情報 2024年10月21日 - No.10 - 5
遺伝子検査ツール「チェックメイト」は仔馬喪失リスクを低減(アイルランド)【生産】

 エクイノム社(Equinome)が発表した最新の遺伝子検査ツールは、牧場や馬主の負担を著しく軽減できるかもしれない。

 チェックメイト(Checkmate)はその名のとおり、検討中の交配を検査し、その場合のゲノム上の近親交配のリスクをチェックする。そのリスクが高いと、妊娠中期から後期の流産や、生まれた仔馬の競走での持久力の低さにつながる。

 エクイノム社は、生産者が交配相手を最終決定する以前に仔馬喪失のリスクを低減できる世界初の遺伝子検査ツールだと主張する。

 ゲノム上の近親交配とは個体における二重コピーDNAの量であり、血統表において重複する祖先の位置からは突き止められない。そのような情報から推測されるよりも、実際の近親交配の度合いは大幅に高かったり低かったりする。

 有名な祖先の近親交配は、望ましい特徴を仔馬に再現させる方法として長らく考えられてきた。しかし、サラブレッド集団が互いにとても密接な近親関係になっているため、その方法は負の特徴を倍加させる可能性を高める。

 最近発表された英国王立獣医科大学(RVC)が主導した研究は、ゲノム上の近親交配の高い度合いと流産や死産の関係性を示しており、生産者はこれに注意を払わなければならない。妊娠後期の仔馬の喪失は牝馬の健康に悪影響を及ぼし、牧場の収入を減少させる可能性があるからだ。

 また、ゲノム上の近親交配の高い度合いが競走での仔馬の持久力に顕著な影響を及ぼすことも示している。ユニバーシティ・カレッジ・ダブリン(UCD)とエクイノム社が主導し発表した研究は、ゲノム上の近親交配とサラブレッドが競走で活躍できる可能性のあいだに明確な関連性があることを明らかにしている。

 エクイノム社の最高科学責任者(CSO)エメリン・ヒル教授は、本紙(レーシングポスト紙)で「チェックメイト」を先行公開した

 ヒル教授はこう説明した。「牝馬所有者が送ってきた血液検体を使って、DNAプロファイルを作成します。それで生産者は弊社のデータベースに登録されている種牡馬と照合できます」。

 「最初の全体像が描かれたページがあり、そこには生産者が所有する繁殖牝馬に遺伝的に最も類似した種牡馬5頭と、最も異なる種牡馬5頭が示されています。またデータベース上のすべての種牡馬を、遺伝的類似性に基づいて繁殖牝馬の周りにプロットした図表もあります」。

 「生産者は一頭の繁殖牝馬のために最多で10頭の種牡馬を選んで、適合性をチェックすることができます。考慮すべきほかのファクターに基づき、彼らが前もって候補リストを作成していると、私たちは考えています。これはセリの購買前検査のような最終的な健康診断ですが、血統に役立つものです」。

 検討中の交配には以下のチェックメイト・ゲノム上近親交配予測スコア(Checkmate Genomic Inbreeding Prediction score)がつけられる。
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 ヒル教授はこう続けた。「2019年と2020年のウェザビーズ社繁殖牝馬報告書(Weatherbys Return of Mares)で複数の牧場の28頭の種牡馬の交配1,000件の事例研究も実施しました。そこで種牡馬と繁殖牝馬のDNAプロファイルを得ました」。

 「そしてチェックメイトを使って、それぞれの組合せのゲノム上の近親交配の度合いを予測しました。すると種付した繁殖牝馬の近親交配の度合いが低いほど、種牡馬一頭あたりが送り出す産駒数の増加につながることを発見しました」。

 「最も印象的だった発見は、種付した繁殖牝馬のチェックメイト近親交配予測スコアの平均値が高い場合、出産率は59%だったのに対し、低い場合は76%にまで跳ね上がったというものです」。

 「繁殖牝馬報告書では流産の事例はそれほど多くありませんが、近親交配予測スコアが非常に高い交配では流産の可能性が5.2倍高いことが分かりました」。

 「これらの数字はチェックメイトが種牡馬の持ち主にとって、繁殖牝馬の所有者にとってと同程度、もしくはそれ以上に貴重であることを示しています。なぜなら、種付料収入が失われるのを防げる可能性があるからです」。

 チェックメイトの試験的実施は魅力的な結果をもたらした。ヒル教授は独自のプログラムのためにゴーンウエストの牝馬を選択し、数頭の種牡馬候補を無作為に選び出し、筆者にも同じようにするよう勧めた。

 そこで2代父にゴーンウエストがいるイフラージを選んでみた。非常に高い近親交配予測スコアが算出されるか見るためだ。予想どおりの結果だったが、無作為に選んだ種牡馬の一頭も同様だった。その種牡馬の5代血統表にはゴーンウエストの牝馬と共通の祖先はいなかった。祖先の重複があるかないかは、実際に受け継がれる同一遺伝物質の量を示す信頼性の高い指標ではないのだ。

 チェックメイトには400頭ほどの種牡馬が登録されており、その中には現在欧州のトップ30のうち26頭が含まれている。牧場から血液検体を提出してもらえていない場合でも、エクイノム社は通常、それらの種牡馬のDNAプロファイルを作成できる。

 ヒル教授はこう続けた。「十分な頭数の産駒がいれば、その種牡馬のDNAプロファイルを99.9%正確に作成できます」。

 「スピード遺伝子検査を例に挙げると、ある一頭の種牡馬の産駒がすべてCT(中距離適性)かTT(長距離適性)である場合、その種牡馬がCC(短距離適性)かCTであるはずがなく、TTに違いないことが分かります。これは遺伝子マーカーすべてに共通して言えることで、数万もの遺伝子マーカーに実行できます。遺伝学者が推論と呼ぶプロセスです」。

 種牡馬管理者が全員、遺伝子検査を快く思っているわけではない。そのためチェックメイトのデータベースには、彼らが所有する新種牡馬のデータが登録されない。これは残念なことである。馬の能力について質的な判断を行うのではなく、さまざまな牝馬と交配した場合のゲノム上の近親交配のリスクを指摘するだけのプログラムとなる。

 反対派は自ら災いを招いている可能性がある。チェックメイトは健康に生まれる産駒を増加させるのだ。生産者がゲノム上の近親交配のリスクを減らす決定を下せば、種付料収入が増え、産駒がデビューする確率も上がるだろう。

 また、現代屈指の名牝エネイブルの近親交配について否定的に語られるのを聞いて驚く血統マニアも大勢いるだろう。エネイブルの父ナサニエルの2代父はサドラーズウェルズであり、母コンセントリックもサドラーズウェルズの娘である。それほど悪いものではないはずだと考えるのももっともなのかもしれない。

 ヒル教授はこう語った。「その血統背景は、エネイブルのゲノム上の近親交配の可能性を高めているのでしょうが、彼女がエリートであることに寄与している可能性は低いでしょう。おそらくエリートの遺伝子変異を受け継いでいるのでしょう。研究では、ゲノム上の近親交配と優秀な競走成績のあいだに関連性は見いだされていません」。

 「確実には言えませんが、エネイブルにゲノム上の近親交配があると仮定すると、健康に生まれて競馬場に辿り着くことで、彼女は事実上、形勢を逆転させたことになります」。

 「生きているサラブレッド集団の中では、近親交配の度合いに大きなばらつきがあります。その度合いが非常に高い馬もいます。近親交配によって、二重コピーの可能性は高まりますが、それがゲノムのどの部分で生じるか正確には分かりません」。

 「近親交配により、劣性突然変異が倍加する可能性が高まります。劣性突然変異は胎内にいる仔馬の生物学的適応力や生存能力に影響を及ぼす可能性があります。有害な突然変異をもつ遺伝子を特定できる段階にはまだ至っていませんが、現在できることは、それが生じる可能性を減少させることです」。

 チェックメイトの価格は、牝馬一頭あたり200ユーロ(約3万2,000円)であり一年間利用できる。サラブレッドを生産する観点において、とりわけ健全な仔馬の誕生に貢献する補助的サービスと見なすのであれば、悪くない価格である。

By Martin Stevens

(1ユーロ=約160円)

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