米国のサラブレッド競馬界はルネッサンス(復興)の最前線に立っている。既存ファンの競馬への関わり方や、新たなファン獲得への効力が著しく変化するかもしれない。
大規模な競馬場改修が、現在ベルモントパークで進行中であり、チャーチルダウンズでは2014年から実施されている。ファンが新たな競馬体験に目覚める時代が訪れるかもしれない。これらの改修工事は、1992年にボルチモア・オリオールズの新球場カムデンヤーズが建設されたのを皮切りにメジャーリーグで見られた傾向を映し出している。飲食サービスの改善に重点を置いた革新的なプロジェクトは多様なホスピタリティやプレミアシートを提供し、全体的により良い体験を実現した。そしてその後30年にわたってメジャーリーグの球場全体に劇的な変化をもたらした。
グローバルな建築設計会社、ポピュラス(Populous)の競馬サービス部門のプリンシパル兼ディレクターであるトッド・グラーラ氏は8月1日のジョッキークラブ円卓会議(ニューヨーク州サラトガスプリングスで開催)でこう語った。「弊社は数十年にわたりメジャーリーグの球場やアリーナを設計してきましたが、競馬産業は同じ時期にサイマルキャストの賭事やゲーミングに関連する技術に多額の投資を行ってきました。そして、ゲーミングや固定オッズのスポーツ賭事を競馬場にうまく組み入れています。しかしこの30年~40年のあいだに開催場での体験を提供するという点では遅れをとってしまいました」。
ポピュラスは当時HOKスポーツという社名でカムデンヤーズを設計し、2006年に再オープンしたアスコット競馬場の大規模改修にも携わった。アスコットのあと、ポピュラスはチャーチルダウンズと協力して現在までに費用が4億ドル(約580億円)以上を超える施設のアップグレードを手掛け、ベルモントパークの設計も行っている。
グラーラ氏はこう述べる。「開催場での素晴らしい体験がファンを維持し、特に若いファンを獲得するのに不可欠であることを、他のスポーツはもっと早くから認識していました。伝統主義者は球場に行き、ひとつの座席にとどまって最後まで試合を観戦します。一方、体験主義者も座席を購入しますが、さまざまな観戦位置や飲食を物色するために場内を歩き回りたがり、購入した座席に二度と戻らないこともあります」。
「このような変化を理解しつつ、飲食、快適さ、最高級のホスピタリティ、ユニークな体験、主要ブランドとのパートナーシップ、テクノロジーに対して、多額の投資が必要です。バスケットボールのアリーナの平均寿命が20年だったころ、競馬場の平均寿命は60年を超えていました。弊社は世界的なスポーツやエンターテインメントの仕事から、人々は家にいたら得られない親密なつながりや体験を求め、それに割増料金を支払うことを知っています」。
2026年に再オープン予定のベルモントパークの改修工事により、およそ8,000席を備えた総面積27万5,000平方フィート(約2.6ha)の5階建てのグランドスタンドが誕生する。しかしこの空間にはさまざまなエリアがあり、レースやイベントに合わせて拡張できる柔軟な構成となっている。たとえば、グランドスタンドの地上階と仮設オーバーレイで、最大5万人のゲストを収容できる空間が敷地内に生まれる。
さまざまなクラブやダイニングスペース、プライベートスイートに加え、新しい設計では馬場内が"解放され"、直線沿いにスペースが確保されている。これによりNYRA(ニューヨーク競馬協会)には、三冠達成のかかった馬がいる場合など、レースの規模に合わせて施設を適応させる柔軟性がもたらされる。
すでに一冠目と三冠目の舞台の改修工事を請け負う中、ポピュラスは二冠目の舞台であるピムリコ競馬場の再開発にも注力している。
グラーラ氏は、「ピムリコ競馬場の将来についての協議に7年にわたって参加しています。現在は新たに発足したメリーランド・サラブレッド競馬場運営機構(Maryland Thoroughbred Racetrack Operating Authority)と協力して、今後に向けて最高の戦略を決定しています」と述べ、こう続けた。
「この数週間でその戦略をみつけました。ピムリコが独特である点は、馬場・競馬運営・観客施設を一新する全面的な再開発を行おうとしていることです。2025年プリークネスS(G1)のあと、敷地は完全に撤去されます」。
「おそらくベルモントと同じような解決策になるでしょう。つまり規模は縮小されるものの、プリークネスSなどビッグレースのために規模を拡大する柔軟性を持たせます。計画には、ストレスを和らげるための場外へのトレーニングセンター設置も含まれます。日常的な競馬施設の負担を軽減するためです。近日中に設計コンセプトを発表する予定です」。
さらにポピュラスはキーンランド競馬場とも過去最大の改修計画に取り組んでいる。場内の事務所をほかに移転させて、ホスピタリティエリアの拡張や、騎手用宿舎と装鞍馬房の新設のためのスペースを確保する。設計の重要なコンセプトは、「改修箇所がつねにキーンランドの一部だったかのように見せ、感じさせる」ことだ。グラーラ氏によると、これはキーンランドが着手しようとしている一連のホスピタリティ向上の最初のフェーズだという。
ほかにもウッドバイン、ガルフストリームパーク、カンタベリーパークがポピュラスに設計を依頼している。また、サウジアラビアのキディヤに新しい競馬場を建設するプロジェクトもあり、将来サウジカップ(G1)の新たな舞台となる予定だ。
グラーラ氏は「弊社にとって重要な時期です。手綱を握って競馬のルネッサンスを推進する必要があります。競馬を体験する方法を改めて考え、もっと多くの人を競馬に引き込むという願望やビジョンをもった人が業界にはたくさんいます」と締めくくった。
By Eric Mitchell
(1ドル=約145円)
[bloodhorse.com 2024年8月1日「Racetracks at the Forefront of 'Renaissance'」]