海外競馬情報 2024年08月21日 - No.8 - 3
サウジカップ、マキシマムセキュリティを正式に失格(サウジアラビア)【開催・運営】

 2020年サウジカップ[総賞金2,000万ドル(約29億円)]から4年以上が経過して、サウジアラビア・ジョッキークラブ(Jockey Club of Saudi Arabia:JCSA)の裁決委員会は1位入線馬マキシマムセキュリティを正式に失格とし、ミッドナイトビズーが優勝馬、そして1着賞金1,000万ドル(約14億5,000万円)の獲得馬であると宣言した。

 JCSAが冬に失格を勧告したことを受けての措置である。

 マキシマムセキュリティを当時管理していたジェイソン・サーヴィス調教師に掛けられた疑惑についての調査は5月にキングアブドゥルアジーズ競馬場(サウジアラビア・リヤド)で行われた。サウジカップ関係者によると、サーヴィス氏は本人または法廷代理人によるリモートでの出席を求められたが、そうしないことを選択した。

 サーヴィス氏は昨夏、禁固4年の判決をうけた。共謀して競走能力向上薬(PED)を製造し流通させ、変造され偽ラベルが貼付されたその薬物を管理馬に投与したとされている。2020年サウジカップ(2月29日)からまもない3月前半に起訴された20人以上のグループのひとりであり、その多くが長年にわたって複数の馬に違反行為を行っていた。

 JCSAは米国でサーヴィス氏が起訴されたことをうけ、調査が終了するまでマキシマムセキュリティの賞金は保留にすると、レースの2ヵ月後に発表していた。

 今回裁決委員会はサーヴィス氏に対する疑惑が立証されたと判断し制裁を科した。サウジカップに関しては、マキシマムセキュリティの失格を反映して着順を変更し、それに応じて賞金を再分配することが命じられた。この馬より後ろでゴールした馬はすべて着順がひとつ上がる。

 またサーヴィス氏は、サウジアラビアのレースへの永久出走停止処分を受けた。

 サウジカップ当時、マキシマムセキュリティは馬主のゲイリー&メアリー・ウエスト夫妻の名義で出走しており、クールモアも共同所有者だった。現在マキシマムセキュリティはクールモアのケンタッキーの拠点、アシュフォードスタッドで種牡馬として暮らしている。

 一方、ミッドナイトビズーは3歳シーズン途中からスティーヴ・アスムッセン調教師に手掛けられ、馬主はブルームレーシングステーブル(代表:ジェフ・ブルーム氏)、マダケットステーブル、アレンレーシング。彼らはサウジカップで2着賞金の350万ドル(約5億750万円)を受け取っていた。

 2020年ファシグ・ティプトン社11月セールで、チャック・アレン氏がパートナーたちからミッドナイトビズーを500万ドル(約7億2,500万円)で買い取っていた。そして直近では2022年キーンランド11月繁殖セールで、日本人馬主の吉田勝己氏がタピットの仔を受胎している状態のこの牝馬を購買した。

 サウジカップでマキシマムセキュリティからは陽性反応が出なかった。しかし昨夏、この馬をはじめサーヴィス氏が手掛けた馬に薬物が投与されていた証拠はメアリー・ケイ・ヴィスコチル連邦地裁判事が下した判決で明らかになった。

 ヴィスコチル判事は判決において、サーヴィス氏が処方箋なしで管理馬にクレンブテロールを投与し、競馬施行規程が禁じているSGF-1000と呼ばれる注射用配合薬を使用したと述べた。また、サーヴィス氏はより濃度の高いクレンブテロール(気管支拡張剤)をフロリダとニュージャージーを拠点とするホルヘ・ナヴァロ調教師から入手していたという。ナヴァロ氏はこの事件でサーヴィス氏と共同被告であり、2021年に禁止薬物使用で有罪判決を受け禁固5年を言い渡されている。

 ヴィスコチル判事が盗聴記録を引用したところによると、サーヴィス氏は調教助手に「ナヴァロから手に入れたクレンブテロールをマキシマムセキュリティにやりつづけなければならない」と伝えていた。

 ヴィスコチル判事は「それにあなたはマキシマムセキュリティのオーナーに嘘をつきましたね」と述べ、サーヴィス氏が2020年サウジカップの前に馬主のひとり、ゲイリー・ウエスト氏と交わしたEメールのやり取りを引用した。そのなかで馬主は失格のリスクになるようなものはマキシマムセキュリティにいっさい与えないでほしいと訴えていた。

 サーヴィス氏はそれに対し「念のために言っておきますが、マキシマムセキュリティに特殊な薬物を使用したことなどありません」と返信していた。

 ヴィスコチル判事はサーヴィス氏に「それどころか、違法なPEDを投与したのですね」と述べた。

 2022年12月、サーヴィス氏が有罪を認めたことをうけ、ウエスト氏は賞金の再分配を支持する声明を出した。

 サウジカップでマキシマムセキュリティの鞍上をつとめたルイス・サエス騎手は2019年ケンタッキーダービー(G1)でもこの馬に騎乗したが、走行妨害のため失格となっていた。22分にわたる審議を経て、カントリーハウスが1着に繰り上がった。これによりウエスト夫妻はすでに1着賞金186万ドル(約2億6,970万円)を失っていた。

 JCSAによるサウジカップの裁決書全文はオンラインで閲覧可能である。

https://www.jcsa.sa/globalassets/jcsa/images/media/20240731_Decision_and_Sanction-JCSA_v_Mr_Jason_Servis

 JCSAの報告書によれば、サーヴィス氏は2020年の1月から2月にかけて、管理馬の治療をジョセフ・ミグリアッチ博士に依頼していた。そして「2回の疑わしい投与」と「医療申告書での薬物投与と治療の著しい過少申告」を行っており、出走条件にも違反していたという。

 「裁決委員による裁判記録の検討は伝聞証拠によるものであり、それに対して異議をまったく唱えられなかったのではないか」というマキシマムセキュリティの関係者の懸念を、裁決委員は否定した。

 報告書にはこう記されている。「クールモアは米国の刑事訴訟にはサウジカップの前の6ヵ月間にマキシマムセキュリティにPEDが投与されたという具体的証拠はなく、サーヴィス氏がPEDを投与したという疑惑はないと主張している。裁決委員会はこの点については争わず、サーヴィス氏がサウジカップの出走条件に反して禁止薬物を投与した疑惑があるという事実を補強している」。

 これにはSGF-1000や違法なクレンブテロールの使用に関する主張が含まれている。SGF-1000はスタミナ・持久力・心拍数の低下を促進する血管拡張剤として宣伝されてきた。クレンブテロールはアナボリック・ステロイドと同様の効果をもたらすことから、規制が強化されている。

 8月2日正午現在、エクイベース社のデータ上ではまだ更新されてないが、失格と賞金の再配分によりマキシマムセキュリティとミッドナイトビズーの公式獲得賞金は劇的に変化し、産駒獲得賞金による種牡馬統計が一部調整されることになる。2019年エクリプス賞の最優秀3歳牡馬に選出されたマキシマムセキュリティの父はニューイヤーズデイ(社台スタリオンステーションで繋養)だ。2019年最優秀ダート牝馬に輝いたミッドナイトビズーの父はミッドナイトリュート(ヒルンデール・アット・ハラパで繋養)である。着順と獲得賞金の変更により、ミッドナイトリュートは2020年の総合種牡馬ランキングで2位に浮上する。

 ミッドナイトビズーはサウジカップ1着を手に入れたことで、通算成績22戦14勝、獲得賞金はおよそ1,400万ドル(約20億3,000万円)に膨れ上がる。一方、マキシマムセキュリティは通算成績14戦9勝、獲得賞金は240万ドル(約3億4,800万円)にまで縮小する。

 サウジの裁決委員が「過剰」と呼んだ鞭使用のためにミッドナイトビズーの鞍上マイク・スミス騎手に科された過怠金が今回の着順の変更で増加するかどうかについて、報告書は触れていなかった。彼には2020年に2着という着順をベースに過怠金20万ドル(約2,900万円)と9日間の騎乗停止処分を科されていた。

 通常ジョッキーは賞金の10%を受け取ることになっており、スミス騎手は当初の2着賞金350万ドル(約5億750万円)からの取り分の60%を没収された。その後、スミス騎手は本誌(ブラッドホース誌)に、「違反行為に対して制裁は重すぎます。過剰な騎乗をしたとは思っていません」と語っていた。

 JCSAのスポークスマンはマキシマムセキュリティの失格についてこう述べた。「JCSAは完全な懲戒プロセスを経て到達した結果に満足しています。疑惑は2020年サウジカップの着順を変えるほどのもので、裁決委員会は適切な調査をうけ決定を下しました。JCSAはその決定に従います」。

 そして、牝馬として初めてのサウジカップ優勝馬となったミッドナイトビズーの関係者を祝福し、JCSAはこれ以上の調査と失格についてのコメントを差し控えると付け加えた。

 ブルーム氏は失格と判定されるまで4年もかかったことに対して、「朝飯前でしたね」と皮肉を言った。

 そして、もう少し真剣にその感情を説明した。「適切な言葉を探しているのですが、満足感、興奮というのがぴったりでしょう。とにかくミッドナイトビズーのことを誇りに思います。驚異的なレースキャリアに刻印を押すようなものです。なんというやり方でしょう。世界最高賞金レースの王座からもっとも実績ある牡馬を引きずり落としたのですから。まさに予期せぬボーナスです。ミッドナイトビズーとはおとぎ話のような道のりを歩みました」。

 JCSAの報告書にはこう記されている。「さまざまな情報源からの大量の証拠をまとめるのに、かなり長時間を要することとなり、審問の開始が遅れた」。

 ブルーム氏は「4年以上かかると想像していましたかって?いいえ。でも、今となっては納得しているのですから、待った甲斐があったと言えますね」と付け加えた。

By Byron King

(1ドル=約145円)

(関連記事)海外競馬ニュース 2023年No.29「マキシマムセキュリティを管理したサーヴィス調教師に禁固4年の判決(アメリカ)

[bloodhorse.com 2024年8月2日「Maximum Security Disqualified From 2020 Saudi Cup」]